愛するひとが生まれた日というのは、どんな記念日よりも最強だ。 アンジェリークはそう思わずにはいられない。 今日は秋の落ち着いたを味わえるではあると同時に、良い夫婦の日だけれど、それよりも大切なひとが生まれたかけがえのない日なのだ。 アンジェリークは精一杯お祝いが出来るからと、ずっと楽しみにしていた。 こんなに楽しみにしている日は他にないと言っても良かった。 自分の誕生日よりも何よりも大切な日だからだ。 だからといって、アリオスがアンジェリークの誕生日を祝ってくれるようにサプライズなことは出来ないけれども、それでも気持ちだけは更にサプライズでいたかった。 香穂子はそれだけを思いながら、アンジェリークの為に細やかなバースデーパーティを企画していた。 余り派手なものは嫌がるアリオスだけれども、アンジェリークは素朴だけれども温かくて、楽しいお祝いにしてあげたかった。 女王でもその影でもなくなってから初めてのバースデーだから、ふたりきりのバースデーだから、温かい素朴なものにしたかった。 アリオスのバースデーの二週間前から、アンジェリークは準備を本格的に始めた。 先ずはバースデーケーキから。 長持ちがするオールドファッションなケーキならば、アリオスも食べてけれるだろう。 甘い生クリームたっぷりのものは、アリオスは食べないから、ブランデーたっぷりドライフルーツとナッツを使った、伝統的なケーキを作る。 先ずは二週間前にドライフルーツとナッツを、たっぷりのウォッカに漬けておくところから始まる。 その後、一週間後にはウォッカで漬けたドライフルーツとナッツを入れた、パウンドケーキを焼いて、更にはケーキにブランデーをたっぷりふりかけて、一週間寝かせるのだ。 時間はかかるが、作り方は至ってシンプルな伝統的なケーキ。 これならばアリオスも気に入ってくれるのではないかと、アンジェリークは思う。 ケーキを作った後、残りの料理はバースデー当日に作る。 メインはアリオスが大好きなラムシチューだ。 肉の下拵えは前日からしっかり行なって、臭みは取っておいた。 アンジェリークは、ここまで下拵えをしたところで、アリオスが気に入るようにと、料理をした。 地元で取れた野菜とシーフードのサラダ、焼きたてのパン、白身魚を使ったグリエ、そしてラムシチューに、パウンドケーキ。 料理はばっちり整い、プレゼントをセッティングした。 女王として働いていた頃は、こうしてゆっくりとお祝いをしてあげられるだけの余裕がなかったし、またアリオスもそうだった。 アリオスは宇宙の惑星を、守護聖や女王、そして補佐官の目が届かない、足りない部分を、エトワールと手分けをして巡回をしていたから、かなりの多忙を極めていた。 ふたりでまともに一日休めるのは、お正月、お互いのバースデー、そしてクリスマスだけだった。 だからこそ、こうしてしっかりとお祝いが出来ることを、アンジェリークは幸せに思っていた。 アンジェリークが準備に勤しんでいる間、アリオスは王立研究院に出向いて仕事をしている。 やはり、一般人になってま何だかしらの繋がりが消えないのだ。 だが、アンジェリークにとっては、たっぷりと準備をすることが出来るから、かえって助かった。 全ての準備が終わって、アリオスが帰って来るのが待遠しくなる。 ふたりきりのバースデー。 とっておきの時間であることは、間違なかった。 「ただいま、アンジェ」 アリオスが帰って来るなり、アンジェリークは直ぐに玄関に駆け出してゆく。 「おかえりなさい、アリオス!」 「クッ…! 相変わらず、お前は子犬みてぇだな」 アリオスは喉を鳴らしながら言うと、アンジェリークの頭を撫でた。 「ご飯、出来ているよ」 「ああ。サンキュ」 誕生日にもかかわらず、アリオスは全くといって良い程に変わらなかった。 いつもと同じだ。 アンジェリークは、バースデーディナー用にコーディネートとしたダイニングに、アリオスを連れて行く。 アリオスはダイニングに入ると、ほんのりと驚いたようだった。 「アリオス、お誕生日おめでとう」 アンジェリークが愛を込めてお祝いを言うと、アリオスは一瞬、驚いたようだった。 「サンキュ」 アリオスはほんのりと照れたように言うと、アンジェリークを抱き締めた。 「本当に有り難うな」 「…うん。お祝いはこれからよ、アリオス」 「ああ」 アリオスは名残惜しいとばかりにアンジェリークから抱擁を解くと、自分の席に腰掛けた。 「ご馳走だな。サンキュな」 「アリオスの好きなものを集めただけだよ」 「俺は嬉しいぜ」 アリオスが素直に喜んでくれるのが嬉しくて、アンジェリークは幸せに気分になる。 恐らくはアリオスよりも自分のほうが幸せなのではないかと、思わずにはいられなかった。 アリオスはどの料理も喜んで舌鼓を打ってくれた。 いつもクールなアリオスが、こうして反応してくれたのが、アンジェリークには何よりも嬉しかった。 特に丹精を込めて作ったラムシチューを相当気に入ってくれて嬉しかった。 これならば、作ったかいがあるというものだ。 本当にアリオスよりも、作った自分が幸せを沢山貰ったような気がした。 そしていよいよ、アリオスが好きなウォッカを使った芳醇なパウンドケーキを出す。甘さが控え目の生クリームをさり気なく添えているのもポイントだ。 地元で取れた茶葉でお茶を淹れた。 「なかなかだ。お前にしては、上手く出来たんじゃねぇかな」 「だって、アリオスのバースデーケーキだから頑張ったんだよ。生クリームたっぷりの生ケーキは、アリオスには似合わないから。“お誕生日おめでとう”って書いてあるチョコレートプレートは、柄じゃないでしょう?」 「確かにそうだけれどな」 これには苦笑いを浮かべながら、アリオスはケーキを食べる。 「アリオス、プレゼントがあるんだ。はい、誕生日おめでとう」 アンジェリークは、アリオスが好きな革で出来たジャケットを贈る。これが一番気に入って貰えると思ったから。 アリオスは箱を開けるなり、嬉しそうに静かに微笑んでくれた。 「サンキュな。着させて貰う」 「うん。こちらこそいつも有り難う、アリオス」 アンジェリークははにかんだ笑みを浮かべてアリオスを見た後、口を開いた。 「…もうひとつ…、プレゼントがあるんだ」 「もうひとつ?」 アリオスは、そんなにも気遣うなとばかりの視線を向けて来る。 「とっておきのプレゼントなの。私もアリオスからプレゼントを貰った気分だから」 アンジェリークは華やいだ幸せを滲ませると、アリオスの手を取った。 そのままアリオスの手をお腹に当てる。 「赤ちゃんが出来の」 アンジェリークがドキドキしながら呟くと、アリオスは嬉しそうにフッと微笑む。 「サンキュな。最高の誕生日プレゼントだ」 アリオスはアンジェリークを柔らかく抱き締める。 「アリオス、有り難う。最高のプレゼントよ」 アンジェリークもまた幸せであることを呟くと、有り難うをしっかりっ抱き返した。 「最高の誕生日だ」 アリオスはしみじみと呟くと、アンジェリークの唇に唇を重ねてくる。 ロマンティックなキスに、アンジェリークは最高の幸せを感じる。 ふたりにとっては最高に幸せ。
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