アリオス×コレット
アリオスと出会ってから、アンジェリークにとっての時間は、十年分流れた。 途中、女王としての執務を果たしていたから、実際にはもっと時間は経過している。 だが、ふたりで過ごした時間は、十年分だ。 十年。 言葉にすると短くて、振り返っても余りにも短い。 アンジェリークにとって、この十年間は、人生に於いて、最も重要な時間になった。それぐらいに密度が濃くて、波瀾万丈な時間。 だが何処を切り取っても、アンジェリークにとっては、掛け替えのない時間だった。 本当の意味でひとを愛することを知り、それを糧に生きていた幸せな時間だ。 アンジェリークは、前から歩いて来る愛する男性を見つけて、立ち止まる。 アンジェリークの人生で、何時も掛け替えのない幸せをくれるひとだ。 それは一生変わることはないだろう。 「ママーっ!」 アリオスによく似た息子が走ってくる。柔らかな木漏れ日に包まれて走って来る息子に、アンジェリークは優しい笑みを浮かべながら、腕を広げる。 「捕まえた」 アンジェリークが言うと、息子はキャッキャッと声を上げて、ジタバタとしている。 アリオスはゆっくりとその後を歩いてきて、追い付いた。 「ママを余り困らせるなよ」 「困らせないよー。ママ、大好きーっ!」 子供がギュッと抱き着いてくれるのが嬉しくて、アンジェリークもまた抱き返した。 「ママー、私もっ!」 アンジェリークに良く似たオカッパ頭の栗毛の娘が、アリオスの手から離れて勢いよく抱き着いてくる。 アンジェリークはにっこりと微笑むと、ふたりまとめてギュッと抱き締めた。 十年間の愛の軌跡と奇跡の賜物であるふたりの子供を抱き締めていると、アンジェリークは本当に心から幸せだと思った。 顔を上げると、アリオスが優しい笑顔を僅かに浮かべてこちらを見つめている。 出会った頃は寂しそうな表情を時折見せていたが、今はもうその面影すらも見当たらない。 少しずつ温かな笑顔を浮かべてくれるようになり、今は、こうしていつものように柔らかな笑顔を浮かべてくれるようになった。 アンジェリークは子供たちを抱き締めながらアリオスの顔を見ると、ぶっきらぼうな表情を浮かべる。 「何だよ?」 「なんでもないよ」 アンジェリークが少女の頃に戻ったような笑みを浮かべると、アリオスもまたニヤリとふたりでふざけていた頃と同じような笑みを浮かべる。 「ママー、今日はお外で美味しいご飯を食べるんでしょう? 楽しみだよ」 息子は嬉しそうに笑いながら、こちらを見ている。 今日はアリオスが外で夕食を食べようと言ってくれ、久しぶりに家族皆で向かうのだ。 王立研究院関連の仕事を引き受けているアリオスは、毎日多忙を極めている。 たまの休みに家族サービスをする為だろう。 アンジェリークとしてはそれはとても嬉しかった。 アリオスとふたりでのんびりとした美しい星に移り住んでから、アンジェリークはのんびりとした穏やかな時間を過ごしている。 たまに元女王として、研究などに協力をしていることはあるけれど、それ以外はあくまで一般人であり、子供たちの母親としての時間を謳歌している。 子供たちには、かつて自らが女王であったことを話してはいないし、これからも話すつもりはない。 アリオスとふたりだけの秘密だ。 「さてと、おまえら、ご飯を食べに行く準備で、一旦、うちに戻るぞ」 「うんっ! パパ、肩車!」 「しょうがねぇな、おまえは…」 アリオスは苦笑いを浮かべると、息子を肩車する。 娘はと言えば、アンジェリークに小さな手をそっと差し出してくれた。 「どうぞ、ママ。手を繋ごう?」 「うん、有り難う」 アンジェリークは娘の小さな、小さな手をギュッと握り締めると、そのまま立ち上がる。 優しい空の蒼は、目が染みるぐらいに美しくて、アンジェリークは思わず見上げる。 「ママ、どうしたの?」 アンジェリークが空を見上げながらしみじみと言うと、娘も同じように顔を上げて空を見上げる。 「本当だあ…」 娘と一緒に見る空は、また格別に青い。眼に染みるぐらいに美しかった。 「そんなに空は綺麗なの?僕も見ようーと!」 息子はより空に近い位置で、麗しい空を見上げる。 ふたりの子供たちと青空を見ていると、かつてアリオスとふたりで見た青空を思い出した。 「お父さんと一緒に見た青空は、とても綺麗だったなあ…。ふたりで叢で寝転がって見たんだ」 アンジェリークがしみじみと呟くと、子供達は興味津津に見つめてきた。 「やろうよ! 家族皆でっ!」 「やろう! やろうっ!」 ふたりの子供達が囃立てるように言うものだから、アンジェリークもアリオスも顔を見合わせる。 お互いに柔らかい笑みをフッと浮かべた。 「じゃあ行くぞ」 アリオスはクールに言うと、家族の先頭を切って歩いてゆく。 アンジェリークと娘はその後をおたおたと着いて行った。 親子四人で、家の庭の芝生に大の字になって寝転がる。 子供達はイレギュラーなことが楽しいらしく、楽しそうに笑っていた。 「ホント、気持ちが良いよ!」 「ねーっ!」 こうして親子四人で、のんびりとした時間を過ごせるのが、アンジェリークにとっては何よりも幸せなことだ。 見つめているだけで嬉しい。 アンジェリークは幸せ過ぎて、そのままうつらうつらと居眠りをしてしまう。 気持ちが良くてまるで揺籠の中にいるような気分だった。 「ママ、寝ちゃった…?」 娘がアンジェリークの顔をそっと覗き込んで様子を見るものだから、アリオスは静かに制止する。 「お母さんを眠らせてやれ」 「うん、解った」 「疲れているんだろうな」 アリオスは感謝を滲ませながら呟くと、アンジェリークの小さな手をそっと握り締める。 出会ってから十年。 色々な意味で、アンジェリークはアリオスを救ってくれ、癒してくれた。 これ以上の相手はいないと思うぐらいに、愛することを教えてくれた。 アリオスは感謝をしてもしきれないと思いながら、アンジェリークの手をしっかりと握った。 たまの外食も、雰囲気が違っていてまた良かった。 温かな食事を家族揃ってわいわいやるのもまた良い。 アンジェリークは家族揃った食卓の楽しさを、ずっとアリオスに教えたかった。今や気に入ってくれて、出来る限り、一緒に食事を取るようにしてくれている。それがアンジェリークには嬉しいことだった。 「お外のご飯もたまには良いけれど、やっぱりママが作ってくれたご飯が一番だよ」 息子は嬉しいことを言ってくれて、泣きそうになる。娘もそれに続いてくれて、アンジェリークは嬉しかった。 子供達も眠りに落ちて、アリオスとふたりきりになる。 「おい」 アリオスはぶっきらぼうに言うと、長方形のジュエリーボックスを差し出してきた。 恥ずかしそうにしているアリオスから、アンジェリークは笑顔で受け取る。 「有り難う…」 そっと開けてみると、そこには、アンジェリークの瞳と同じ色をした宝石がついたペンダントが入っている。 「…今日で出会ってから十年だからな…」 アリオスはクールな不器用さを滲ませながら呟く。 アンジェリークは嬉しくて胸がいっぱいになり、そのまま顔がぐちゃぐちゃになるぐらいに号泣してしまう。 「…有り難う、アリオス」 アンジェリークが泣き笑いの表情を浮かべながら言うと、アリオスはギュッと手を握り締めてくれる。 「十年間、有り難うと言うよりは、これからも宜しくを込めてだ」 「有り難う…」 「こちらこそな」 ふたりはお互いに笑みを浮かべると、唇を重ね合う。 十年有り難う。 そしてこれからも宜しくを込めて。 |