レオナード×エンジュ
レオナードと出会ってから、エンジュにとっての時間は、十年分流れた。 途中、エンジュはエトワールとして、レオナードは守護聖としての執務を果たしていたから、実際にはもっと時間は経過している。 だが、ふたりで過ごした時間は、十年分だ。 十年。 言葉にすると短くて、振り返っても余りにも短い。 エンジュにとって、この十年間は、人生に於いて、最も重要で素晴らしい時間になった。それぐらいに密度が濃くて、波瀾万丈な時間。 だが何処を切り取っても、エンジュにとっては、掛け替えのない時間だった。 本当の意味でひとを愛することを知り、それを糧に生きていた幸せな時間だ。 エンジュは、前から歩いて来る愛する男性を見つけて、立ち止まる。 エンジュの人生で、何時も掛け替えのない幸せをくれるひとだ。 それは一生変わることはないだろう。 「母ちゃんー!」 賑やかな声で手を振るのは、レオナードとの息子だ。 ふたりは金太郎飴みたいによく似ている。しかも息子の性格は驚くほど危なっかしいがオトコマエな堂々としたところもある。 全く、この父親にこの息子だと、エンジュは思わずにはいられなかった。 息子は父親のレオナードに肩車をされて、本当に嬉しそうにキャッキャッと声を上げている。 「父ちゃん、バンジー!」 「了解っ! とっときのをやってやるからなァ」 「うんっ!」 息子は期待に満ちて返事をしている。 レオナードは、息子を肩から下ろすと、そのまま脇をしっかり支えて、回転させる。 それを息子は面白がって騒いでいる。 「レオナード、馬鹿になるよっ」 「馬鹿にはならねぇよ、なあ?」 レオナードが息子を味方につけるかのように問い掛けると、息子は頷いた。 「あったりめーだよ。父ちゃんと母ちゃんの子供だからね」 エッヘンとばかりに悪びれず言う息子を、エンジュは怒るに怒れない。 「…もう…しょいがないなあ」 苦笑いを浮かべるしかないではないか。 エンジュが呆れるように笑っていると、ふたりがやってきた。 「母ちゃんの躰の為に、父ちゃんがとっときのをサンドウィッチと美味しいミルクでお昼にしてくれるって!」 「それは楽しみだ」 「俺様も手伝うよ」 息子胸を張って堂々と言い、素直過ぎる笑顔を浮かべた。 見つめているだけで、ついほっこりとしてしまい。 「言葉遣いは父ちゃんの真似をしなくても良いんだよ」 「良いって、これがコイツらしいんだからなァ」 レオナードにとってはうれしいことかもしれないか、母親のエンジュにとっては、少々頭の痛い問題でもあるのだ。 他人様の前でこの言葉遣いは少々困る。 といっても、それが自分たちの息子らしいとも思うのだ。 「じゃあお家に帰ろうか」 「うんっ!」 息子を真中にして、手を繋いで帰宅をする。 ずっと夢見ていた温かで、とても楽しい家庭を築けている。 これはレオナードにとっても夢であったから、エンジュにとっては嬉しいことだった。 親子三人で自宅に戻る。 レオナードとエンジュは王立研究院の嘱託職員として働いているし、年金もあるので充分に暮らしていけるのだが、レオナードの趣味と実益を兼ねた、アットホームなカフェを開いている。 毎日オープンしているわけではないが、サンドウィッチとコーヒーの美味しさが評判になって、かなり繁盛している。 今日は完全休養日で、家族皆でのんびりと過ごしている。 とても心地が良い休日なのだ。 家でレオナードと息子のとっておきの料理が始まる。 その様子を見ていると、エンジュはとても嬉しかった。 本当に家族団欒。 こんなに温かい家庭を築けるなんて、なんて幸せなのだろうか。 レオナードに教えられながら、息子は一生懸命、父親の手伝いをしている。 ふたりの様子は、親子の強い絆を見ているようで、とても微笑ましかった。 父親と息子だけの固い絆を見せられたように思えた。 「エンジュ! とっときのミルクととっときのミックスサンドだ」 「有り難う」 親子の最高傑作だと思うと、エンジュは嬉しくて、つい微笑んでしまう。 「母ちゃん、俺様も手伝ったよ!」 「有り難う」 エンジュは息子に笑顔を向けると、優しく頭を撫でてやった。 「赤ちゃんにも良いだろうからねー」 「そうだね。有り難う」 エンジュはお腹にいる二人目の子供をそっと撫で付ける。 本当にどんどん幸せになってゆく。 聖地を出てからもうかなりの時間が経過してしまった。 それからでも沢山の幸せを手に入れている。 エンジュは、ふたりが出会ってからの掛け替えのない時間を思いながら、サンドウィッチを頬張る。「やっぱりとっときのサンドウィッチは最高だね」 「だろう? これ以上のもんはないわなァ」 「そうだね。レオナードと皆で作ってくれたから、とても美味しいんだよ」 エンジュは笑顔でサンドウィッチを食べる。 母親が喜んでいるのを解っているからか、お腹の子は、ふたりの子供らしく、激しくお腹を蹴っ飛ばして喜んでいる。 そのリズムがとても幸せだった。 幸せに休日が終わりをむかえ、レオナードとエンジュはふたりきりでのんびりとした時間を過ごす。 明日からはまた忙しい日々が始まるのだ。 それもまた楽しいのではあるが。 「おい、あいつは寝たぜェ」 「有り難う。今日はたっぷりと遊んで大活躍だったからね。今夜はゆっくりと休んで貰わないとね」 「そうだなァ」 レオナードはエンジュのそばに来ると、お腹ごと抱き締めてきた。 エンジュのお腹が出てきてからの、レオナードの日課なのだ。 こうして子供としっかりと向き合えるのは、レオナードだからだ。 こうしてふたりきりでいると温かな落ち着いた時間を過ごせるのだ。 「…なァ、エンジュ…。お前が俺を守護聖にスカウトしてくれて、守護聖の任務が解かれてから十年経つんだなァ。早いな」 「そうだね」 エンジュは落ち着いた声で言うと、とても甘酸っぱい気分になる。 創世の守護聖は、それだけで知からがかなり必要になるせいか、通常な守護聖よりも短い期間の者が多い。 勿論、レオナードも例外ではなかった。 そのせいもあり、ふたりが下界で生活をするのもそんなに遅くはならなかった。 だが既に下界の時間はかなり経過をしてしまっていて、エンジュは感慨深いものを感じた。 この世界に暮らし始めて、もうすぐ十年。 ひとと同じリズムで年を取るようになったのだ。 「エンジュ、ちょっとこのままでいてろよな」 「うん、解った」 レオナードに言われて、エンジュは訳が解らないまま、待つ。 するとレオナードは、長方形のジュエリーボックスを持って戻ってきた。 「やる」 いきなりぶっきらぼうに差し出されて、エンジュは思わず目を見開く。 「十周年だろ」 「有り難う」 レオナードらしい反応に、エンジュはくすりと笑いながら、ジュエリーボックスを開けてみる。 するとそこにはルビーにダイヤモンドがあしらわれたペンダントトップが入っていた。 ルビーはレオナードの誕生石だ。 「有り難う…」 エンジュは思い切りレオナードを抱き締める。嬉しくて涙が出てしまう。 「…これからもずっと一緒にいような。愛しているぜェ、エンジュ」 照れ臭そうなレオナードの声が響く。 「勿論だよ。愛してるよ、レオナード」 エンジュは愛するひとを抱き締めながら、最高の幸せを感じていた。 |