*十年愛*

将臣×望美


 十年。

 言葉にしても、振り返っても本当にあっという間だ。

 17の時に異世界の源平合戦に巻き込まれ、生まれた場所に帰ってきてから17からやり直した。

 あの経験がなかったら、果たしてここまで将臣との絆が深かったのかと言われたら、否だろう。

 命を懸けて貫いた愛だからこそ、これからも離れないと確信することが出来るのだ。

 望美は、戻って来てからの10年間の写真をのんびりと見つめる。

 時空に行く前と行った後では、将臣の表情が明らかに違う。

 精悍さと強さ、そして何処か愁いを滲ませたものに変わっている。

 あれ程の想いをしたのだから、変化して当然だ。

 17歳なのに、明らかに大人の男に変化しているのだから。

 遠い昔にすら思えてしまう、源平の異世界。

 望美にとっても、将臣にとっても、忘れることが出来ない時間の流れだったのだから。

「ママ、膝のしぇて!」

 望美の脚に小さな息子が絡み付いてきた。

「はい、どうぞ」

 望美がちょこんと息子を膝に乗せると、嬉しそうに笑ってくる。その笑顔が可愛くて、望美もつられて笑顔になる。

「お父さんと遊んでいたんじゃないの?」

「パパならちゅかれたって寝てる」

「そう」

 恐らく将臣は縁側でごろんと横になっているのだろう。想像するだけで、ついくすりと笑ってしまう。

「お父さんは毎日、一生懸命にお仕事をしてくれているんだよ。だから疲れているんだね。多分」

「しょうなんだ」

「そうだよ。ママやあなたや、お腹の赤ちゃんの為に頑張ってくれているんだよ。だから、少しぐらい寝かせてあげようね。代わりにママが美味しいおやつを作るからね」

「…ママ、こげこげクッキーはやだよ…」

 息子の指摘に、流石に望美も押し黙ってしまう。

 先日、息子と一緒にクッキーを作ったのだが、オーブンの設定を間違えて、真っ黒焦げにしてしまった。

 料理は何とか出来るようになったが、お菓子作りは望美にはかなりハードルが高い。

「こ、今度は大丈夫だよっ。ちゃんとお勉強したし」

 望美が息子の鋭い指摘にたじろぎながら言うと、疑うようなまなざしで見つめられた。

「ホントにー?」

「ホントだってば。それに今日はぷるぷるプリンの素を使うからさ」

「ママより譲おじちゃんのプリンが食べちゃい」

 息子の素直過ぎる言葉に、望美は何も返せなかった。望美自身も、牛乳を入れて混ぜるだけのプリンよりも、美味しい譲のハチミツプリンのほうが好きなのだ。

「…楽しいから一緒に作ろうか」

「うん」

 望美は膝から息子を下ろすと、キッチンに立つ。

 買って来たプリンミックスを使って、簡単プリンを息子と一緒に作ることにした。

「ママ、ミルクを入れて混ぜるだけでしょ?」

「まあ、そうなんだけれどね」

 望美は苦笑いを浮かべながら、説明書通りに牛乳を計量カップに入れると、後はボールを準備する。

 入れて泡立て器で混ぜて、冷蔵庫で固めるだけだ。これだったら望美でも、何も見なくてもプリンが作ることが出来る。

 カラメルソースも溶いてつくるだけだから簡単だ。

 こんな簡単なおやつ作りでも、結局は息子は喜んで作っている。

 それが望美には幸せな可愛さに映った。

「でけたー!」

「うん、プリンが出来たね。固まったら食べようね」

「うん」

 型に入れて後は冷やし固めるだけで完成だ。

「おとうしゃんにプリンを作ったことを言ってくる」

「じゃあ一緒に行こうかな」

 望美は息子の手を引くと、将臣が居眠りをしている縁側へと向かった。

 ふたりで縁側に向かうと、将臣はのんびりと居眠りをしている。

 望美は寝顔の中に、小さな将臣を見出す。昔から変わらない

「このままだと、お父さんは風邪を引いてしまうかもしれないね。何か躰に掛けてあげようか」

「あいっ」

 息子は元気良く返事をすると、パタパタと掛けるものを取ってきてくれた。

「あいっ!」

「有り難う」

 息子が持ってきてくれたのは、愛用のクマサンのタオルケットだった。

「有り難う」

 息子のタオルケットは、将臣の躰ではかなり小さいし、柄が不釣り合いだ。

 それでも、何となくマッチングしてしまうのが微笑ましい。

「お父さん、喜ぶよ」

「うれちい」

 息子が素直に父親を大切にしているのが、望美にと嬉しかった。

「もう少しだけ、お父さんを寝かせてあげようか」

「あい」

 望美は息子とふたりで愛する将臣の寝顔を見つめながら、つい笑顔になった。

 

 おやつの時間になると、先ほど作ったプリンが上手く固まっていた。

 美味しそうだ。

 望美が簡単な飾り付けをしていると、将臣が眠そうな顔をしてこちらに歩いてきた。

「とーしゃん! おやつだよっ! 僕がちゅくったの!」

「そいつは偉かったな。食べるのが楽しみだ」

 将臣は息子と同じ目線になって呟くと、にっこりと微笑んだ。

「望美、プリンは上手くいったのか?」

「牛乳と混ぜるだけだから」

「なるほどな。なら上手くいくか」

 将臣は頷くと同時に、何処かホッとしたような表情をした。

「あからさまだよね、将臣くん」

「俺は最大の被害者だからな」

「もうっ」

 将臣にからかうように言われて、望美はわざと頬を膨らませる。

 確かに将臣には、散々酷い目に合わせてしまったことは認めるところだ。

 将臣はフッと微笑むと、望美と息子を見た。

「さっきはタオルケットを有り難うな」

 将臣はさり気なく言うと、ふたりを一瞬だけではあるがふわりと抱き締める。

 こうして親子水入らずのちょっとしたスキンシップが大切なのが、幸せだった。

 家族揃って、プリンを食べる。

 インスタントではあるが、こうして親子で作ったプリンを食べるのが、望美には何よりも嬉しい。

 こうして親子三人半で水入らずだけで、幸せだった。

 

 おやつの後、息子は心地良さそうに、のんびりと昼寝をしてしまう。

 その寝顔を、将臣とふたりで覗いて見るのが、また幸せだ。

 今はこうして小さな幸せを沢山重ねてゆくことが幸せだということを、改めて知った。

 将臣とふたりで息子の寝顔を見つめていると、ふと手を握り締められる。

「有り難うな。いつも」

 将臣は望美をそっと抱き寄せると、何度も腕のラインを撫で付けてくる。

「将臣くんこそ、いつも有り難う」

 望美は愛する男性に凭れ掛かって微笑む。こうしているだけで、本当に幸せなのだ。

「俺たちもちゃんと付き合うようになってから十年が経つんだな…」

「そうだね。それまではただの幼馴染みだったからね」

「そうだな」

 将臣は、今度は子供に、クマサンのタオルケットを掛けてやる。

「お前はいつでも俺に掛け替えのないものをくれる…。それはいつも感謝している…。こいつも、お腹の子供も、そしてお前自身もな」

 将臣の愛が滲んだ言葉に、望美は笑顔を浮かべる。

「私も将臣くんに掛け替えのないものをいっぱい貰ったよ。この子も、お腹の赤ちゃんも…、そして将臣くんも…」

 望美は照れ臭い気分でありながらも、たっぷりの愛情を滲ませて呟く。

「望美、ほら」

 将臣にいきなり長方形のジュエリーボックスを渡されて、望美は驚いて目を見開く。

「これは…?」

「十周年」

 望美がジュエリーボックスを開けると、そこには将臣の誕生石であるルビーのペンダントトップが入っていた。

「今まで有り難う、そしてこれからも有り難うを込めて」

「…有り難う…」

 望美は嬉しくて瞳に涙をいっぱい溜めながら微笑むと、将臣を抱き締める。

「有り難う、これからもよろしくね」

 望美が抱き着いて言うと、将臣はとっておきのキスをくれた。





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