*十年愛*

知盛×望美


 十年。

 言葉にしても、振り返っても本当にあっという間だ。

 17の時に異世界の源平合戦に巻き込まれ、生まれた場所に帰ってきてから17からやり直した。

 あの経験がなかったら、知盛とは出会うことはなかった。あの戦いがなければ果たしてここまで知盛との絆が深かったのかと言われたら、否だろう。

 命を懸けて貫いた愛だからこそ、これからも離れないと確信することが出来るのだ。

 望美は、戻って来てからの10年間の写真をのんびりと見つめる。

 最初はかなり破天荒な男だと思っていたが、その陰にある意地悪な優しさに、望美はずっと支えられてきたのだ。

 大人の男なのに、何処か子供のようなところがあり、頼りになるのか解らないのに、頼りになる。

 そんな複雑で素敵なひとと出会わせてくれた源平の異世界。

 遠い昔にすら思えてしまう、世界。

 望美にとっても、知盛にとっても、忘れることが出来ない時間の流れだったのだから。

 

 知盛は相変わらず縁側でごろごろしている。

 こんなところは昔から全く変わっていないところだ。

 ぐうたらだからと言って、生活に支障が出たことはないし、望美と子供が幸せに生活が出来るには充分な糧は稼いでくれているので、全く問題はなかったりするのだ。

 ちゃんと働いてはくれているから、問題はない。

 休みの日はこうしてダラダラごろごろしていることが多いのは、事実ではあるのだが。

 望美は相変わらず縁側でごろごろと熊のように眠っている知盛と、その隣でこれまた同じ体勢でごろごろしている息子を、苦笑いをしながら見つめた。

「ごろごろばっかりしていると、本当に躰が腐っちゃうよ、ふたりとも! たまにはさ、海に出かけるとか、なんか出来ないの?」

 望美が呆れ返るように言うと、同じタイミングで知盛と息子が目を開けた。

「…面倒…臭い…」

「めんどーくちゃいっ」

 同じように言うことはないと、つい望美は思ってしまう。

 本当に息子はどこを取っても、知盛のコピーだ。

 ここまでよく似ている親子は珍しいのではないかと思う。

「ふたりとも、たまには海にでも散歩に行こうよ! 気持ちが良いからさ」

 知盛はいかにも面倒そうに望美を見る。

 だが問答無用だ。

「海は気持ちが良いから行くよ」

 望美が凛々しく言うと、息子がのそりと起き上がる。

 その後を知盛が続く。

 ふたりともまるで獅子の親子のようだ。

 その姿が可愛くて、つい笑ってしまう。

「母がそう言うならば仕方がない…」

「…お前が言うからしょうがないだろう…」

 ふたりはむくりと起きて、同じようなことを言うから、余計に可愛かった。

「じゃあ、海岸に遊びに行こうね」

「はい」

 息子はやはりまだまだ小さいせいか、直ぐに納得をしてくれた。

 手早く身支度だけさせると、望美は息子の手を引いて近場の海岸に向かう。

 それをやる気なさそうにタラタラぶらぶらと着いてくるのが知盛なのだ。

 これが幸せな家族の風景だ。

 少なくとも望美にとってはそうなのだ。

 親子三人で昼下がりの海岸に出るのは、最高の時間なのだ。

「母! 新しい貝」

「本当だね」

 息子とふたりで屈んで珍しい貝を見ていると、その様子を知盛が覗き込んできた。

「…新しい貝か…。持って帰ると良い…」

「父!」

 息子が知盛を見上げると、直ぐに抱き上げて肩車をする。

「父の肩車はやっぱり最高だ!」

 子供らしい一面に、望美はつい微笑んでしまう。

「…海は広くて綺麗だなあ…」

「ああ。遠い国と繋がっているそうだぞ」

「いつか皆で行こうよ!」

 息子は夢をたっぷりと持ったようなまなざしで、海を見つめている。

 頼もしくて自由な瞳だ。

 自由でマイペースな父親のそばにいるせいか、いつも制限なく夢を語る息子を、望美は誇らしく思った。

 愛する掛け替えのないふたりを見つめる。

 本当に綺麗で素敵で素晴らしいふたりだ。

 ふたりは海岸を一緒に走ったりして、楽しんでいる。

 時には格闘技の真似事までしている。

 面倒見が悪そうなのに、本当はかなり面倒見が良い知盛に、望美はかなり感謝をしている。

 息子もかなり父親を信頼している。

 それがとても嬉しいと、望美は思わずにはいられなかった。

 見つめているだけで、望美は満たされた気分になった。

 知盛と一緒にいるようになってからもう十年。

 言葉で言えばとても簡単なことなのに、幸せで充実した時間だった。

 それを支えているのは、ハードな源平の異世界での時間であるのだが。

「母! 母は父より強いと聞いたぞ! 母が強かったから、父が着いてきたと」

 確かに。

 知盛を倒したのは否定出来ない。

 それで一緒に来てくれたことも。

 だが、今は、その強さはもうないというのに。

「…確かにあの時は強かったんだよ。…あの時はね…。だけど今は、父に負けてしまうよ」

「そうなのか!?」

 息子は驚いたような何処かがっかりしたような、複雑な表情をしている。

「…それは」

「安心しろ…。我が家では母が最強だ…。でないと…、こうして俺たちを…海に連れ出すことは…出来ないだろう…」

 知盛はいつものリズムで、淡々と感情なく呟く。全く知盛らしい。

「…確かに」

 息子も納得するかのように頷いている。

「…だが…、今は母との対決はダメだ…。解っているな…?」

「解ってる…。赤ちゃんでしょう?」

「…そうだ…。望美のお腹には…赤ん坊がいるからな…」

 知盛は静かに言うと、息子の頭をさり気なく撫でている。

 子煩悩なんて絶対になりそうにないタイプなのに、さり気なく子供には優しかったりもする。

 それが知盛の良いところだと思う。

「…さて…、…そろそろ…帰るか…」

「そうだね。充分に堪能したよ」

 知盛は息子を肩車して、家路に向かう。

 息子を真ん中にして皆で手を繋ぐのは、やはり柄には合わないからか、知盛はけっしてしようとはしない。

 望美が一歩先を歩いて、知盛と息子がやってくる。

 何となくうちらしいと、望美は思わずにはいられなかった。

 

 今日は海辺でたっぷりと遊んだせいか、息子は昼寝をしたにも拘らず、直ぐに眠りに落ちた。

 望美は、知盛とふたりの時間をのんびりと過ごす。

 知盛は相変わらず膝枕がお気に入りだ。

「十年経っても、知盛は膝枕が好きだね」

 望美がくすりと笑いながら呟くと、知盛は何処か微笑んでいるように見えた。

「…十年か…」

「そうだよ。もう十年も経ったんだよ。知盛がこの世界にやってきて」

「…そうか…」

 知盛は感慨深げに言うと、不意に起き上がり奥の和室へと向かう。

 何をしに行ったのだろうかと思って待っていると、長方形のジュエリーボックスを持ってきた。

 そのまま黙って望美にジュエリーボックスをぶっきらぼうに渡してくる。

「有り難う」

 思わぬプレゼントにびっくりしながら受け取ると、望美はボックスを開ける。

 そこには知盛の誕生石であるサファイアを中心に、周りをダイヤモンドで彩ったデザインのペンダントトップが入っていた。

 それを見るだけで、望美は感動して泣きそうになった。

「…有り難う…」

 知盛は照れ臭いのか、親父臭く望美に背中を向けるだけだ。

 その姿を見つめながら、望美はくすりと笑わずにはいられない。

 そのまま、かなり広い知盛の背中を包み込むように抱き締めた。

「有り難う、知盛。愛してる」

 望美の言葉に返事をするように、知盛は手をしっかりと握って、愛を送ってくれる。

 これからもよろしくを込めて。





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