大地×かなで
十年。 言葉にしても、振り返っても本当にあっという間だ。 この十年間、かなでは孤独を感じたことがない。 田舎から都会に出てきてひとりで生ききた身ではあるが、愛するひとがいつもサポートをし続けてくれたから、寂しくはなかった。 辛い時も苦しい時も、いつもかなでのそばにいて、ベストなアドバイスをくれ、時には包み込んでくれた。 あのひとがいてくれたからこそ、かなでは夢を諦めずに、ヴァイオリニストとしての華々しい道を歩くことが出来るのだ。 それは心から感謝をしている。 感謝せずにはいられないぐらいだ。 いつも影になり、日向になりしてくれていたあのひとがいたから、かなでは堂々と明るい道を歩くことが出来るのだ。 十代で出会ってから十年。 人生の中の春の日々をいつも一緒に過ごしてくれた大切なひと。 青春の日々を一緒に謳歌したひと。 かなでにとっては、これからどれほど時間が経過をしても、この時間は掛け替えのないものとして残るだろう。 今日は久しぶりに、ふたりの休日が重なって、かなではうきうきとしていた。 十年もの甘い恋愛期間を過ごして、先日、愛する大地と結婚をした。 結婚式はかつての仲間や、切磋琢磨した人達もお祝いに駆け付けてくれて、賑やかで最高に幸せな時間を過ごしたのだ。 音楽から離れた仕事をしている仲間もいるが、誰もが何処かの部分で、音楽と関わりを持って生きている。 やはり誰もが音楽の素晴らしさを解っているからだろう。 それは思う。 かなでは幸せな仲間と愛するひとに囲まれて、想像以上に素晴らしい人生を過ごしている。 それを実現させてくれたのは、やはり愛する大地がいたからだろう。 外科医の大地と、ヴァイオリニストのかなで。 共に忙しくはあるが、なるべくすれ違いがないようにと、しっかりと努力しているのだ。 ふたりは共に休みであることをしっかりと満喫をしながら、抱き合って漂っている。 寝坊が許されるのが良かった。 かなでが今何時ぐらいかと時計を確認するために、躰を少しだけ起こす。 「かなで…、まだ起きなくても大丈夫だろう?」 「時間を確認しただけ…。流石に一日ダラダラ眠っているのには、勿体ないような気がするから」 「そうだけど、まだまだ時間はあるはずだよ」 大地は艶のある声で言うと、かなでを強く抱き締める。 「…え…っ」 「かなで、まだ7時なんだよ。そんな時間に起きるなんて、勿体ないだろう?」 「それはそうなんですけれど…。大地さんにご飯を作ってあげたいなあなんて思ったりもしていたんですよ」 かなでは大地の為に朝から美味しいご飯を作ってあげたいとも思う。 「まだ早いよ」 大地は苦笑いを浮かべながら言うと、更にかなでを抱き締めてきた。 「…君がどうしても起きたいというのなら…、起きていながらベッドからでないと方法があるんだけれどね…」 「え…?」 かなでが目をぱちくりとさせると、大地はそのままベッドの上で組み敷いてくる。 こうなると行き着く先はひとつだ。 大地の欲望に溺れるだけなのだ。 大地はかなでに熱いキスをすると、そのまま愛し始める。 新婚だからこそ出来る朝からの甘い行為なのかもしれない。 かなでは大地の大胆な朝の過ごし方の提案に、そのまま溺れるしかなかった。 気怠い幸せの中で、かなでは朝食を作る。 料理は大好きだから、大地に作ってあげられる日は張り切って一生懸命作る。 「どうぞ大地さん」 かなでが特製の朝食を出すと、大地は喜んで食べてくれる。 本当に嬉しい。 大地が美味しいと食べてくれるだけで、かなでは嬉しかった。 朝食中に、不意に気分が悪くなってしまい、かなでの朝食は進まなかった。 「かなで、どうしたんだ?」 「…うん…。急に食欲がなくなってしまって…。さっきまでは元気だったのに…」 どうしてなのか原因がよく分からなくて、かなではしょんぼりとしてしまっていた。 「かなで、熱はあるのか?」 「大丈夫だと思うんですけれど…」 かなでが曖昧に答えると、大地はほんのりと怒った怒っていた。 「かなで、熱っぽいぐらいだからと侮ってはだめだ」 大地は厳しく言うと、大きな掌を伸ばして、かなでの額に宛てた。 「熱はないと思うんだけれど…」 かなではそう言いながらも、大地の大きな掌を額に当てられるとうっとりとするぐらいに気持ちが良いと思ってしまう。 つい猫のように目を細めると、大地が尽かさずそれを見つけた。 「熱っぽいよ、やっぱり。俺は君と違って、素人じゃないから分かるんだ」 大地は心配してくれる余りに、半ばかなでを怒るように言う。 「じゃあ、解熱剤でも飲んだ方が良いのかな…」 「解熱剤は止めておいたほうが良い。今はね」 「どうして?」 「どうしてもだよ。それに解熱剤が必要な程の熱じゃないからね」 さらりと大地は言った後、かなでを抱き締めてくれた。 「余り無理をするんじゃないよ、本当に」 大地の優しさに、かなでは素直に甘えて抱き着いた。 「気持ち悪いとかはない?」 「ちょっとだけ。随分と楽になりました」 かなでが笑顔になると、大地はほんの少しだけ安堵をしたのか、溜め息を吐いた。だが表情は、まだまだ心配げだ。 かなでは大地に心配させたくはなくて、微笑んだ。 「大丈夫。ご飯を食べましょうか」 「ああ」 大地が心配するのをよそに、かなではアッケラカンと食事を始めた。 大地も再び食事を始めて、また温かな朝食の時間となるハズだった。 しかし、かなでは再び気分が悪くなってしまい、溜め息混じりになる。 折角、ふたり揃って取ることが出来た休日なのに、気分が悪くなるなんて切な過ぎる。 「かなで、やっぱり、気分が悪いんじゃないか!?」 専門外だとはいえ、大地はやはり医者だ。 かなでの不調などお見通しなのだ。 かなでは気持ちが悪くなってしまい、そのまま洗面所に駆け込む。 かなでは食べたもの総てを戻してしまった。 直ぐに大地が来てくれて、かなでの背中を何度も擦ってくれる。優しいリズムにかなでは安心して目を閉じた。 「かなで、やっぱり、君は…」 「え…?」 何か重要なことを言われるのではないだろうかと、かなでは内心ビクビクしてしまう。 だが、大地は爽やかな笑顔になった。 「妊娠しているんじゃないのかな?」 「妊娠!?」 大地の言葉に、かなでは目を見開く。 確かに身に覚えはある。 それに妊娠している目安でもある、お月様も来ていない。 「…そうかもしれない…」 かなでの一言に、大地は思い切り抱き締めてくる。 ギュッと力強く抱き締められて、かなでは嬉しさをひしひしと感じた。 「出会って十年、付き合って十年…。何だか最高の十年目になるね…。結婚して、子供が出来るなんてね」 「はい」 「かなで、待っていて」 大地はリビングの奥から、長方形のジュエリーボックスを持ってきた。 「どうぞ、十年目のお祝いだよ。これからのどうぞよろしくも込めているよ」 「有り難う…」 これからのどうぞよろしくを、かなでは受け取ると、ジュエリーボックスを開けてみる。 「わあ!」 すると、大地の誕生石であるラピスラズリのペンダントトップが入っていた。 「君がこの先も幸運でありますように」 「有り難う」 かなでは瞳に涙をいっぱいにしながら、何とか微笑む。 すると大地は抱き締めてくれて甘い言葉を囁いてくれる。 「愛してる」 「私も愛してる」 ふたりはしっかりと抱き合うと、お互いの十年のそして未来の愛情を確かめあった。 |