玄徳×花
この世界に根を下ろしてから、もう十年も経つなんて、花は信じられなかった。 ほんの最近のような気がしてならないからだ。 この世界の人間として暮らし始めてからの時間は、幸せに彩られた珠玉の時間だった。 何も解らない花を、愛するひとが導いてくれた時間でもあった。 愛するひとには本当に感謝をしている。 あのひとがいなければ、花は今、こうしていられないだろうから。 あのひとが愛してくれたことを唯一の光として、花は頑張ってきたのだ。 愛するひとの愛を盾に、そして自身の愛を剣にして、この世界を渡ってきたのだ。 今や花にとっては、生まれた世界以上にかけがえのない場所になっていた。 花は、時折行なう執務を終えて、中庭に出た。 すると子供たちが無邪気に遊んでいるのが見える。 花がこの世界に来た頃に遊んでいた子供達は、今や立派に成長をして、玄徳や国を支えたり、母親になったものもいる。 本当に懐かしい。 「あっ! お母様!」 花の姿を見つけて、子供達が駈けてくる。 玄徳と結ばれてから、花は四人の子供を産んだ。 一番上が八才で、これからどんどん生意気になってゆく時期だ。 流石に長男は花を見つけるなり、走ってこちらにやってきた。 しっかりとしているとはいえ、息子もまだまだ子供なのだ。 「お母様、仕事が終わったのですか?」 「そうだよ。皆と一緒に遊べるよ。これから」 後からよちよちとやって来る下の子供達は、花を見つけるなりくっついてきた。 「お母様、いっちょに遊ぼう!」 「うん、一緒に遊ぼうね」 花は子供の目線に立って、にっこりと微笑む。 今までなら屈んで目線を合わせていたが、お腹の中には五人目の子供がいることもあり、上手く屈むことが出来なくなっている。 子供達とこうして楽しい時間を持っていると、改めて、平和がやって来たのだと実感する。 花は子供達が遊ぶ様子を見守っていた。 ふいに温かな雰囲気を感じて、花は視線を上に置く。するとそこには玄徳が立っていた。 「仕事は一段落ついたようだな」 「はいっ! だから子供達と一緒に過ごそうかと」 「…俺じゃないのか…」 玄徳があからさまにがっかりするように言うものだから、花は苦笑いを浮かべるしかなかった。 玄徳はさり気なく花の手を握ってくる。 「玄徳さんとは、のんびり出来る時間がありますから…」 「確かにそうなんだが…」 玄徳はバツの悪い表情になる。それがまた可愛いと、花は思わずにはいられなかった。 「玄徳さん、私、とっても幸せですよ。愛するひとと結ばれて、そのひととかけがえのない子供達を得られたのですから」 花は玄徳の手をしっかりと握り締めながら、ほわほわとした幸せを噛み締める。 玄徳と過ごしている日々は、本当に幸せ過ぎて、十年というじかんを重ねていても、あっという間だった。 一人目を授かるまでは、君主の妻としてのプレッシャーをそれなりに感じていたのだが、今はそうじゃない。 花が、男子2名、女子2名を出産すると、蜀の誰もが、安泰だと喜んでくれた。 花としては、世継ぎを産むという、この時代の女性では一番の仕事を成し得たというよりは、愛するひととの子供を沢山得たかったという、ごく素直な気持ちなのだが。 「こうして子供達を見ていると、やっぱりのびのびと自由に育って欲しいなあって思います。本当に幸せですよ。素直に幸せに育ってくれていますから」 「そうだな。これもお前のお陰だな…。感謝している」 玄徳は花をしっかりと抱き寄せると、愛情を伝えてくれる。 「お腹の赤ちゃんも楽しみです。どんな良い子が生まれてくるのかなあって、いつも思っていますから」 「花…」 玄徳はそっとお腹の子供を撫でてくれる。父親の大きな愛情に気付いたのか、子供が嬉しそうにお腹を蹴った。 「あっ!」 「お腹の赤ちゃんが蹴っ飛ばしましたよ。お父さんに撫でられて嬉しいって、言っていますよ」 「そうか。それは嬉しいな」 玄徳もまた、幸せそうに表情を綻ばせる。花も、そんな玄徳の顔を見ているだけで幸せだった。 「仕事を頼んで済まなかったな。孔明が視察中はお前を頼らなければならないから」 「大丈夫です。こうして玄徳さんの役に立てるのが嬉しいから」 「有り難うな」 玄徳は子供達の前でも、堂々と花を抱き寄せたりする。 子供達の母親としてではなく、ちゃんと女として見てくれているのが、花は嬉しい。 「あ! お父様だ!」 玄徳の姿を見つけるなり、子供達が嬉しそうにこちらへとやってくる。 それでも玄徳は花の手を放さずにじっとしていた。 「お父様、お仕事終わったの?」 長女が小首を傾げて、こちらにやってくる。 「ちょっと休憩だ。花が見えたから逢いたくなった」 玄徳は子供達の前にも拘らず、妻を愛していることを少しも隠さない。 子供たちも、両親が深く愛し合っているのを、嬉しく思っているようだった。 「じゃあしゅぐ帰るの?」 一番下の息子が寂しそうに舌足らずで言うと、玄徳は抱き上げた。 「仕事に戻るが、また夕餉は一緒に過ごそう」 「うん! 父様だいしゅきっ! 母様の作ったご飯は出る?」 「解ったよ。作るからね」 花が答えると、子供たちは大喜びで答える。花はそれが嬉しくて、つい作ってしまうのだ。 「確かに花が作った料理は珍しくて美味いからな」 「しょうなのっ!」 子供たちは楽しそうに無邪気な声を上げている。それが花には嬉しいことだった。 「じゃあ俺は仕事に戻るから」 玄徳が末っ子を下ろすと、少しだけ寂しそうな顔をした。 子供たちは玄徳を姿勢を質して見送る。 子供たちは全員、父親である玄徳を尊敬している。 理想的な親子関係だと、花は思わずにはいられなかった。 夕餉を楽しく過ごして、ようやく室で玄徳と花はふたりきりになる。 子供たちが出来ても、ふたりの時間を大切にしてくれる玄徳に、花は感謝していた。 玄徳とふたりで寄り添って、甘い時間を過ごす。 「花、本当にいつも有り難うな」 改めて玄徳に感謝をされると、くすぐったい。 花は玄徳にたっぷり甘えながら寄り掛かった。 「私こそ、沢山の有り難うございますを言わなければならないですよ。本当に玄徳さんには感謝しています」 花は心からの感謝を込めて玄徳に言う。すると愛するひとは、花の唇を深く奪った。 何度も唇を重ねているが、その度に愛されていることを実感する。 愛し愛されていると感じることが出来る。 花は玄徳にしっかりと抱き着きながら、何度もキスを重ねた。 お腹が邪魔で密着出来ないところもあるが、それはそれで幸せなことだと、花は思わずにはいられなかった。 ふたりでのんびりとしながらも手をお互いに離さない。 「十年なんだな、俺たち」 「そうですね。幸せな十年でとっても早かったですよ」 「俺もそう思っている。花、お前がいなかったら俺はこんなにも幸せにはなれなかった」 「私だってそうです。玄徳さんがいなかったら、こんなにも幸せにはなれなかったです」 花が感謝を込めて呟くと、玄徳は甘い笑みを浮かべてくれる。 「花、これを…」 玄徳が懐から取り出したものは、きらきらと光る天然石で作られたイヤリングだった。 「十年間の有り難うと、これからも宜しくを込めて」 「有り難う…」 玄徳の気遣いに花は泣きそうになる。 綺麗なイヤリングは一生の宝物になるだろう。 「有り難うございます」 「お前に似合うと思って。これからも宜しくな」 「はい」 ふたりはしっかりと抱き合うと、キスを交わす。 これからの幸せを思って。 |