はじまりの朝


 愛するひとが旅立つのは、決まって穏やかなグレーに包まれた朝。
 闇に纏った艶が、この瞬間、一気に削げ落ちる。
 あんなに幸せだった闇を、グレーの光が破壊する。
 朝の光は躍動感に充ちて、大好きなはずなのに、しばしの別れを刻む朝は、胸からのつかえが取れることはない。
 アンジェリークは深呼吸をしてから、傍らで安堵したように深く眠るアリオスに、触れるだけのキスを送った。

 大好き…。

 甘い魔法の呪文を呟いて、アンジェリークはベッドから静かに出た。
 趣味の良い木で出来たドレッサーから、アンジェリークは透明度の高い水晶を取り出す。
 これから厳しい使命に、命を賭けて飛び回るひとを、宇宙の神秘が護ってくれますように…。
 アンジェリークは想いを込めて水晶にキスをすると、愛おしむように撫でた。
 あのひとをお守り下さい…。
 たったひとつの願を、石に刻んでみせる。
 心が弾み、どうしようもないほどに高めてくれる空気が、アンジェリークの躰をほんのり豊かに包み込んでくれる。
 温かく、優しく、ぶっきらぼうで強い腕に、躰を包み込まれる。
 目を閉じれば、これほど幸せなことはないと思わずにはいられない温もりだ。
「早起きだな…、女王様は」
「いつも早起きよ。アリオスも早起きだものね。しょっちゅう、昼寝はしているみたいだけれど」
 くすくすと笑うと、アリオスはふざけるようにアンジェリークの華奢な躰を抱きしめてきた。
「俺を寝不足にするのは誰だよ? ん? お前しかいねぇじゃねぇかよ」
 甘く囁かれて、アンジェリークは拗ねるように眉を上げる。
「それはお互い様でしょ? アリオス。それどころか、私のほうが体力ないよ」
 満足げにわざと欠伸をしながら、アンジェリークはアリオスの手を握る。
「そこは慈愛の精神だろ? 女王陛下」
 アリオスにより近く躰を密着されて、アンジェリークの息は上がる。その甘い吐息を包み込むように、アリオスは首筋を思いきり吸い上げてきた。
「…あ…っ!」
 震えるぐらいに強く吸い上げられ、躰に力が入らない。アンジェリークが膝から下の力を失うと、アリオスは支えるように腕に力を込めてくれた。
「アリオス…」
「俺がいねぇ間の虫よけをしたまでだぜ? 効き目は今度帰ってくるまでだ」
「うん…有り難う。じゃあ、私からもプレゼントがあるよ」
「何だ」
 アンジェリークは先程から強く握り締めていた水晶を、掌からそっと差し出してくる。
「アリオスが無事に使命から帰ってこられるように…」
 掌の水晶は、光を吸い込んで、様々な色に変化を遂げている。
 アリオスはそれを眩しそうに眺めている。
「無事に帰ってきてね。待っているから」
「サンキュ」
 アンジェリークの掌から、アリオスの掌に水晶を手渡される。
 総てを護ってくれるような力を、アンジェリークは感じた。
 アリオスは水晶を眺めた後で、それにキスをする。
 アンジェリークが想いを込めてした場所と同じところに。
 胸がきゅんと締め付けられるぐらいに痛かった。
 きっと大丈夫。
 アリオスを護ってくれるだろう。
 使命のサポートをしてくれるに違いない
 アリオスはフッと静かに笑うと、水晶を光に翳す。するとプリズムが虹を見せてくせる。
「これを見ていたら、お前のにぱーってした笑顔を思い出すだろうな」
「もっと品よく笑うわよ!」
「そうか?」
「そうよ」
 アンジェリークがぷいっと顔を反らせると、アリオスはふざけるように笑う。
「サンキュな」
「使命、頑張ってきてね」
「ああ」
 アリオスは優しい抱擁をくれると、暫くじっとしている。
 緩やかに流れる愛情が心地良かった。
 笑顔で「いってらっしゃい」と、今朝も言う為に、アンジェリークは沢山の愛をアリオスから貰う。
 それが大好きなひとへの恩返しだから。



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