恋の甘え


「望美、有川くんって変わったよね」
 友人がしみじみ言うものだから、望美も強く頷いた。
 良い意味で大人びた将臣が変わった本当の理由は、説明することは出来ないけれども。
 苛酷な四年間を過ごし、平家な将として、達観した考え方にならざるんえなかったのだから。
 大人の頼りがいのある雰囲気を身につけた将臣は、とにかくモテる。憧れる女の子は数多だ。
「ホントに大人びたよねぇ。他の男子が小さな子供に見えちゃうぐらいに」
 過ごした時間の長さと、経験値が違うと心の中で思いながら、望美は「そうだね」と何気なく呟く。
「将臣くんただでさえモテたのに、今はもっとモテてるよ。凄いね」
 胸の奥が焦れるような嫉妬を感じながら、望美はなるべく感情を抑えるように努力する。
「確かにモテてるけれど、みんな見ているだけなんだよねぇ。以前はさ、告白して玉砕するコが多かったんだけれどね。まぁ…、みんなの気持ちも解るか。あの有川くんを見たら」
 何だか解った風に言い、腕を組んで何度も頷いている。
「どうして?」
 望美は顔を覗きこむように言うと、友人は驚いたように目を見張った。
「望美っ! あんた気付いてないのっ!?」
「何が?」
 友人はがっくりと肩を落とすと、呆れ果てたように溜め息をついた。
「当事者は気付かないか…」
「何を?」
 望美は友人が何を言っているかわからずに、ただキョトンとする。
「まぁ、いいや…。望美にもっと恋に敏感になれって言うほうが、無理あるし…」
「何よお…」
 友人の諦め顔が気に入らなくて、望美は不服そうに頬を膨らませた。
「あ、有川くん! タイミングが良いって言うか、あなたたち約束してたんでしょ?」
「約束はしていないけれど、逢ったら自然と一緒に帰るって感じだし…」
 望美は華やいで温かな気分で、顔を紅に染めると、将臣から目を離せなくなる。
 幼なじみから恋人へとステップアップをしたが、見るたびに素敵だと思わずにはいられなくなる。
 本当に一皮も二皮もむけた将臣は、カッコイイと素直に思う。
 誰にも渡したくないから、余計に他の女の子の視線が気になってしまう。自分でもコントロール出来ない、どす黒い感情をついつい抱えていた。
「……やっぱり、有川くんはカッコイイよね。だけど、みんな思っているよ。彼はあくまで”鑑賞用”だって。有川くんがあんた以外の女の子に振り向くなんて、どう考えても無理だよ」
 友人はあたりまえ過ぎて笑えるなんて言いながら、望美の背中を軽く押してくれる。
 優しい柔らかな力だ。
「そうかな…」
 自分よりも可愛いコは沢山いるし、また今まで将臣はそういうコたちと付き合って来たことも知っている。だからこそ、少しばかり自信を喪失する。つい弱気になってしまうのだ。
「何言ってるのよ。あんたを見る視線がさ、今までとは違うんだよ。今までは、何となく優しい視線だったけれど、それは幼なじみを見守る視線だったもの。それがさ、優しさは優しさでも、深い意味深いものが含まれていて、それでいて熱くて…。もう望美しかいないって感じなんだよね。ミラクル光線っていうか…」
 心が温かくなる。
 今までも、ずっと将臣が好きで、その視線にドキドキしていたけれども、今はもっとドキドキする。
 きっとそれは、お互いの恋心が炎のように高まった証拠だから。
「ほらいっといで。じゃないと、私が有川くんに怨まれちゃうよ」
「うん。有り難う!」
 望美は友人に軽く礼を述べると、将臣に向かって一目散に走っていく。
「将臣くん!」
 慌てて駆けていくものだから、望美は将臣の目の前で、お約束にもけつまずいてしまう。
「きゃん!」
「ったく、どこまでお約束なやつなんだよ、お前…」
 将臣は溜め息をつきながら、望美を怪我から救ってくれる。
「大丈夫だよ。これからはお約束のパターンでも、ちゃんと将臣くんがいてくれるから、大丈夫、大丈夫!」
「ったく、お気楽なやつだぜ」
 呆れている風に見えても、将臣の視線は甘さの含んだ、温かなもの。それが心地良い。
「行くぞ」
「うん!」
 ごく自然に隣あって、学校から出ていく。将臣の隣にいるだけで、そこはかとない幸福を感じる。
 廊下を歩いていると、様々な視線を感じる。痛いようなくすぐったいような視線に気を取られていると、突然、腕を取られた。
「おい! よそ見をすると、またこけるぞ!」
「ごめんっ!」
 将臣にしっかりと指と指を絡められ、これ以上望美がよそ見をしないように監視をさせられる。
「こうしていたら、こけねぇだろ?」
 照れの入った台詞に、望美はくすくすと笑う。
「そうだね。将臣くん、やっぱり変わったかな?」
「変わらずをえなかっただろ」
 将臣は落ち着きのある深い声で呟く。その言葉裏には、肉体的に時間の流れを否定されてしまった苦しさがあった。
「将臣くんは…、大人になって…、逞しくなって…、私に甘くなったよ」
 望美は言葉をひとつずつ噛み締めながら間隔を空けて話し、最後は甘く笑った。
「甘くなったか? 離れていた時間のせいかもしれねぇな。自分ではそんな気はしねぇんだけれどな」
 将臣は困ったように言うと、苦笑いする。
「凄く甘くなったよ。優しさがとろとろに溶け出すかも」
「そんなに俺は優しくなかったか?」
「優しかったよ。前からもね。だけどもっともっと優しくなったよ」
 望美は駅前の信号を渡ると、弾むように、海岸へと続く階段を降りていく。
「それとちょっと、心配性になったかな?」
 望美は将臣よりも一歩先を行きながら、大好きな人に向かって振り返った。
「そりゃそうだろ。もうお前を離したくねぇんだからな。当然だ」
 将臣は望美に手を伸ばすと、自分の腕の中に閉じこめてしまう。
 その強さ、温もりが望美の心を幸せにしてくれる。
 甘えるように背中に手を伸ばして、望美はその温もりを躰全体で捕まえる。
「これからもずっと甘えさせて?」
 将臣だけに見せる甘えを見せると、望美は幸せに目を閉じた。



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