I Wish


「こっちに戻ってきて、一番やりたいことは何?」
 日だまりが優しい午後に、望美は率直にきいてみた。
「そりゃ決まってる。お前とヤルことだろ?」
 からかい半分、艶半分。将臣の意味深な視線が恥ずかしくてしょうがない。
 望美は素直に真っ赤になりながらも、眉間にシワを寄せてみる。
「…そ、そんなんじゃなくてっ!」
 動揺を隠そうとしても、隠すことなんて出来ない。望美があたふたと、まるで酸素を求める金魚のようにしていると、将臣は喉を鳴らして笑う。
「…近いうちな」
 幼子にするように髪をくしゃくしゃにされると、望美は童のように俯いた。
「解ってるよ…。だって私も将臣くんとならって、思っているし…」
 望美が精一杯搾り出した言葉を、将臣は包み込むような笑みをくれる。それが、切ないくらいに甘い。心を蕩かすほどの、極上な微笑みだ。
「とっておきのクリスマスプレゼントとだと思っておくぜ」
 望美はただ頷くことしか出来なかった。
「ねぇ、ねぇ、将臣くん。だったらこの他には何がしたい?」
 今、叶えられることならば、叶えてあげたい。望美は将臣の瞳を覗きこむように見つめながら、きらきらと微笑んだ。
「…そうだな…」
 将臣は少し考えるふりをする。ずっと考えていたことがあるぐらい、望美にも直ぐに理解することが出来た。
「教えて?」
「ひざ枕」
「…え?」
「ひざ枕をして、耳掃除をして欲しい」
 甘いデザートのようなリクエストに、望美は目を見開く。
 恥ずかしいけれども、叶えてあげたい優しいリクエスト。
 望美もまた考えるふりをして、昔から決まりきっていた台詞を呟く。
「…いいよ」
「有り難うな」
 将臣のぶっきらぼうだが、心が篭った言葉に、望美はそっと頷いた。
「じゃあさっそくやってもらうかな」
「えっ!? め、綿棒ないよ!」
「ちゃんと、静御前耳かきを長谷のみやげもん屋で買ってあるから、大丈夫だ」
 いったいいつ買ったのだろうかと思いながら、望美は将臣が見せてくれた耳かきをしげしげと見つめる。
「おら、膝を貸せ」
「うん!」
 将臣に言われた通りに、望美は体勢を整える。嬉しくも恥ずかしい瞬間である。
 ごろりと将臣が寝転がると、望美の膝に頭を枕に変身する。
「あー、最高だな」
 心を込めて言われてしまうと、小躍りするぐらいに嬉しくなる。望美は幸福の溢れたにんまりとした笑みを浮かべた。
 ドキドキしながら将臣の柔らかな髪に触れてみる。触れられることが、至極の幸せを感じる。
「将臣くんの髪は綺麗だね…」
「お前には負けるさ」
 将臣の手が、望美の髪に触れてくる。まるでベルベットの布に触れるような繊細な指先に、望美は息を詰まらせた。
 幸福が光の粒になって、ふたりに降り注いでくる。なんて幸福なのだろうかと、ふたりで何気ない平和な日常を噛み締める。
 日だまりに包まれていると、こんなに心が満たされるなんて、恋心とは真に不思議。
 耳にかかる将臣の髪を、指先でかきあげる。まじまじと将臣の耳なんて見たことはなかったが、改めて見ると 繊細な形をしていて綺麗だ。
 こんなに綺麗な形は他にもないと思う。
 つい耳たぶを見た。
 あのピアスをしていた痕はどこにもない。
 紅の色をしたものを彩った形跡はなくなっている。
「…ピアスの痕でも見ていたのか?」
「うん…。すっかりなくなっちゃったなあって…」
 望美は名残惜し気に呟くと、将臣の耳たぶに優しく触れた。
「名残惜しいか?」
「…ピアスの将臣くんもカッコ良くて素敵だったなあって、思っただけだよ」
「あの頃は、俺もお前よりは年上だったからな…」
 将臣は苦笑しながら言うと、望美の髪をくしゃりと撫でる。それがとても心地が良い気分になる。
「どんな将臣くんでも好きだよ」
 望美は耳たぶが熱くなるのを感じながら、ふと俯く。恋心が溢れて、恥ずかしくて仕方がなかったから。
「マジで?」
「マジだよ。信じられない?」
 わざと深刻そうに言うと、将臣は望美の顔を自分に近付けさせる。
「嘘。信じられる。俺もどんなお前でも好きだぜ」
「マジで?」
「ああ。ヤリてぇぐれぇにお前が好きだ」
 相変わらず隠し事をしない将臣に、望美は恥ずかしげに目を伏せる。こんなことを言うのは、恐らく将臣だけだ。
「だからクリスマスプレゼントになれよ」
 将臣のダイレクトな欲求に、望美は手を握ることで返事をした。
 プレゼントのことを考えると、今からドキドキしてしまい、望美は誤魔化すようにみみかきを将臣の耳の穴に当てる。
「今から耳かきをするね」
「傷つけるなよ」
「失礼ね」
 大好きなひとの耳朶に触れるなんて初めてだったから、望美は慎重に耳を掃除する。
 将臣は黙って気持ちよさそうに目を瞑っている。意識をこちらに預けてくれているのが嬉しい。
「将臣くん、態勢変えて? もう片方」
「ああ」
 将臣が軽く身じろぎをして今度は反対向きになる。より密着したような気がして、望美の胸は緊張のときめきに高まりを見せる。
 ゆったりとした時間の中で、将臣にこうしてゆったりと何かをしてあげるということが、何よりも幸せを育てる時間なのだと言うことを、改めて感じる。
 愛する人に何かをしてあげるというのは、何て幸せなことなのだろうか。
「将臣くん、終わったよ? 将臣くん?」
 何度か名前を呼んだが将臣の返事はない。
 その代わりにあるのは、すやすやと深い寝息だけ。
「…将臣くん?」
 すっかり深く眠ってしまった将臣の寝顔に、望美は幸せを見出し、思わず微笑んでしまう。
 こんなに無防備に眠る将臣を見たのは初めてだったからだ。
「…しょうがないな。ちょっとだけだよ?」
 望美は将臣の頬指先でなぞりながら、心の奥に、ほのぼのとした温かな灯りが点るのを感じた。
 この眠りが、将臣にとっては久方ぶりの安らいだ深い眠りであることに気付きながら、望美は祈る。
 どうか、神様、どうか。
 このまま素晴らしい光が注ぎ、今日のような時間をいつでも持てますように-----




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