卒業


「ここまで来るのに、随分かかっちまったような気がするな」
「そうだね」
 早春の七里ヶ浜に、ふたりはしっかりと手を握りあって佇んでいた。
 制服姿でここに来るのは、今日で最後。
 今日は鎌倉高校の卒業式だ-----
 ふたりにとっては3年間ではない、長い、永い時間が流れた後の卒業式。
 一人前として認められる入り口に立ったことは、ふたりにとって意味は大きい。
 桜吹雪もない、優しい鉛色の海と春特有の躍動を感じる光の中で、同じ目線で遠くを眺める。
 胸に付いたリボンには「卒業おめでとう」という、時代遅れの文字が書かれ、くすぐったいぐらいに靡いている。
 入学した頃が、もう遥か昔のような気がする。
 この世界では僅か3年しか経ってはいないが、ふたりのなかでは、人生の中でもっとも忘れることが出来ないいくつもの季節が通り過ぎた。
 だからこそ、今、ここにいることが愛おしい。
「終わったね」
 望美は微笑みながら、将臣に躰を寄せる。
 逞しい躰を通して、安心できる温もりが感じられた。
 総てを預けられる-----これからもずっとそれは変わらないだろう。
「ああ。でも始まりだ」
「そうだね。うん、新しい始まりだよ」
 将臣は望美に向き直ると、望美の手を取る。
 望美が期待に瞳を輝かせると、将臣もまた甘く微笑む。長めの前髪から覗く瞳は、幸せとと愛おしさが輝いていた。
「受け取れ」
「返せって言っても返さないからね?」
 イタズラっぽく笑うと、将臣は眩しそうに目を細める。
 雲間から差し込む光が眩しかったのか、それとも…。
「返せって言ったら?」
 将臣は子供の頃と同じようにわざと意地悪なことを言いながら、その眼差しは笑っている。
「将臣君とは一生口聞かない」
「そいつは困るな」
 将臣は苦笑いを浮かべながら、望美の左手の薬指に、約束の指輪をすんなりとはめた。
 指輪がすっぽりと入り、望美は胸の奥に熱を感じて、涙を流す。
 哀しみではなく、嬉しい涙はこんなに熱いものだとは、思わなかった。
 将臣は困ったように笑うと、望美の涙を指先で拭う。
「好きだぜ? 一生…」
「うん…。私も」
 将臣の唇が近づき、望美は期待を込めて 目を閉じる。
 触れ慣れているはずなのに、将臣の唇にはいつもドキドキさせられる。
 心臓が飛び出して踊り出してしまいそうだ。
 唇が重なる。
 今までも同じ感覚は一度もないKISS。
 クリスマスも、3年生の夏休みに沖縄に行ったときも、そのほかでも…。もう何度も膚を重ねたというのに、KISSだけで、こんなにドキドキしてしまう。
 唇を重ねた瞬間、甘い気持ちが蜜や媚薬のように心に滲んだ。
 唇を重ねた後、将臣は望美の手を取る。
「江ノ電、一緒に乗ろうぜ? 鎌倉まで出て、市役所まで行こうぜ」
「うん。約束のもの出さないとね」
 望美は微笑むと、既に書き上がった婚姻届を制服のポケットから取り出した。
「-----行くか。江ノ電で新しい人生を出発だ。俺たちに相応しいだろ?」
「うん!」
 望美は将臣の腕に自分の腕を絡める。
 七里ヶ浜がヴァージンロードになり、ゆっくりと新しい世界を歩き出した------



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