*あらしの日*


 嵐の日はひとりでは不安だ。

 だが、誰かと過ごすと、とても素敵な時間を過ごすことが出来る。

 くすくすと笑いながら、幸せな時間を過ごすことが出来るのだから。

 春の嵐で、軒並み電車が止まっているとニュースでやっている。

 かなでは窓の外を見つめながら溜め息を吐いた。

 寮にいる時には、こんなにも切ない気持ちになったことはなかった。

 今暮らしている単身者のマンションよりも、窓はずっとクラシカルで、嵐にも弱かったというのに、仲間がいたから不安に思ったことなど一度もなかった。

 しかし、大学生になり、ひとりで暮らすようになってからというもの、嵐の日が心細くてしょうがなかった。

 一緒に過ごすひとがいたら、こんなにも怖いとは思わないだろうが、今はひとりだから不安度が増した。

 かなではわざとテレビの音を大きくして見ていた。

 不意に携帯電話が鳴り響き、かなでは慌てて出る。

 大地だ。

「ひなちゃん、大地だ」

「こんばんは!」

 大地が電話をかけて来てくれたのが嬉しくて、かなでは声を弾ませる。

「ひとりで心細いと思ってね。今、近くにいるんだが、そっちに行こうか?」

 大地に来て貰えたなら、こんなにも頼もしいことはない。

「お願いします」

「解った。色々と買い込んでからそっちに行くよ。待っていて」

「はい! 楽しみに待っていますね。有り難うございます」

「ああ。じゃあ後で」

「はい」

 かなでは電話を切ると、幸せな気分になれた。

 先ほどまで恐ろしさすら感じていた嵐も、かなでは笑顔で見つめることが出来た。

 ひとりの嵐はこの上なく嫌だけれども、ふたりの嵐はこの上なく楽しい。

 それは絆というスパイスが沢山ふりかけられているからだろう。

 外は寒くはないが、大地が来るまでにお茶を沸かしておこう。

 夕飯もまだだろうから、何か作ろう。

 先ほどまでは怖くて何もする気が起きなかったというのに、今は楽しいパーティの前のように、ついちょこまかと動いてしまう。

 やはり大地と一緒にいる嵐は、特別なものなのだ。

 かなでは手早く夕食を作る。

 夕食に食べるために作っていたカキフライを揚げたり、簡単肉じゃがを作ったりして、冷蔵庫にある食材で手早く調理をした。

 料理が出来る頃に、大地が部屋にやってきた。

「ひなちゃん、こんばんは」

「こんばんは、大地先輩」

 かなでは笑顔で大地を部屋に入れて、早速、嵐の夜の晩餐準備をした。

「どうぞ。余りおかずはないですけれど」

「有り難う、ひなちゃん」

 ふたりで狭い部屋でテーブルを囲んで夕食を取る。

 こうして一緒にいると、嵐なんて平気になってしまう。

「カキフライも肉じゃがも美味しいよ。君の手料理を食べられるのは、俺だけの特権だからね」

 大地は美味しそうに綺麗に食べてくれる。

 それが嬉しい。

 作ったかいがあるというものだ。

 かなでは思わずにっこりと笑ってしまった。

「有り難うございます」

 かなでが笑顔で返事をすると、大地は何故かくすりと笑う。

「ひなちゃん、ご飯粒が唇の横についているよ」

「…あ…」

 ご飯粒を着けるなんて小さな女の子みたいで恥ずかしい。

 かなでが真っ赤になっていると、大地は楽しそうに笑った。

「ひなちゃんは可愛いなあ。モモみたいで」

「子供じゃありません」

 かなでがわざと拗ねてみると、大地は「ごめん、ごめん」とおおらかに笑った。

 

 温かい食事の時間が終わった後、ふたりは寄り添いながら、ゆっくりとした時間を過ごす。

 ふたりで一緒だったら、テレビなんて必要ない。

 一緒に過ごしているだけで幸せなのだから。

「何だかこうしてふたりで嵐の夜を過ごしているとわくわくするね」

「確かにわくわくします。これがひとりだとわくわくしないのが不思議です」

「そうだね。誰かといると嵐なんてやっつけられるって思ってしまうからかな?」

 大地はおおらかに微笑みながら、かなでをさり気なく引き寄せた。

 グッと引き寄せられると、胸が甘いときめきで蕩けてくる。

 かなでは、大地に甘えるように寄り添いながら、つい微笑んだ。

「ねえ、ひなちゃん、毛布でもある? 嵐の日といえば、一枚の毛布をシェアしてくっつくのが定番だろう?」

「確かに」

 大地と一枚の毛布にくるまるなんて、なんて甘くて官能に満ちているんだろうか。

 かなでは毛布を出すと、自分と大地にかぶせた。

 毛布をシェアするというのは、かなり密着をしなければならない。

 かなでは心臓が飛び出てしまうのではないかと感じながら、大地に寄り添った。

「…後は、電気は消して、スタンドをつけるだけにして…マグカップにはコーヒーかな?」

 大地はウィンクをしながら、かなでに微笑みかけた。

「本当に遭難したみたいですね」

 かなでが笑うと、大地は甘い甘い笑みを浮かべた。

「ひなちゃんとなら、遭難しても構わないよ。それにふたりでこうしていたら、わくわくするからね」

「確かに」

 かなでは大地が好きなとっておきのコーヒーを用意して、照明を暗くしてのんびりと過ごす。

 いかにもの過ごし方をすると、不思議なぐらいにわくわくしてきた。

 嵐の音も、わくわくする気持ちを高めるBGMにしかならない。

「これだったら嵐でも平気です。楽しいぐらいです」

「これで怪談なんてしたら盛りあがるだろうけれど、今日は止めておこうかな」

 大地がそっと肩を抱き寄せてくる。

 甘い行為に、かなでは耳まで真っ赤にしてしまう。

 こうしていたら、本当に何も怖くなくなる。

 大地と一緒にいれば、何も怖いものなんてなくなる。

 そんな錯覚さえ魅せてくれる。

 くすくすと笑えるような楽しさが満ちていたのに、今やロマンティックな気分が心を占めて来る。

 ずっとこのまま甘い時間を過ごしたい。

 何も話さなくても、ふたりでこうして一緒にいるだけで幸せだった。

「…ひなちゃん」

 甘く掠れた声で囁かれたかと思うと、大地は唇を重ねてきた。

 春の嵐なんて吹き飛ばしてしまうようなキスに、かなではうっとりとしてしまう。

 何度も唇を重ねて、ふたりの瞳は潤んでくる。

 こうして一緒にいることが奇跡。

 一緒にいるだけで、幸せが溢れてくる。

 何度もキスを重ねているうちに、今度は情熱的な嵐に巻き込まれる。

 本物の嵐よりも激しくて、引き込まれずにはいられないものだ。

 大好きな大地にこうして抱き締められると、溺れずにはいられなかった。

 

 大地の腕に抱かれて、のんびりと眠る。

 なんて心地が好いのだろうかと、思わずにはいられない。

 かなでは嵐などすっかりと忘れて、眠りに落ちていた。

 

 かなでが腕の中で眠ったのを確認しながら、大地はくすりと微笑む。

 なんて可愛いのだろうかと、思わずにはいられない。

 かけがえのない可愛くてたまらない存在だ。

 かなでの温もりを感じながら、大地はしっかりと華奢な躰を抱き締める。

「…ひなちゃん、例え嵐が来ても、何が来ても、俺が君を守るから…」

 大地はキッパリと言い切ると、腕の中のかなでの髪を撫でる。

 嵐の後の甘い嵐。

 それは確実に、大地を幸せにしてくれた。



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