*シュシュ*


 まだまだ暑い時期が続いている。

 かなではドット柄の可愛らしいシュシュで髪をひとつに纏めた。

 大地にプレゼントして貰ったものだから、とても気に入っている。

 高校生の頃に貰ったものだから、随分と使い込んである。

 それでもかなでにとっては大切なものだった。

 今日も大地とデートで、待ち合わせをする。

 やはり髪をシュシュで纏めた。

 高校生の頃からずっと恋をしている大好きなひとから、初めてプレゼントをして貰ったものだから。

 かなでにとっては大切な宝物だ。

 身に着けているとまるで一緒にいるような気分になれた。

 かなでは初夏らしいワンピースを身に着けて、大地との待ち合わせ場所に向かう。

 最近、お互いにかなり忙しくて逢う時間がなかなか取れなかった。

 メールや電話ではやり取りしてはいたが、それだけでは物足りなかった。

 メールでは顔も見られないし声も聴けない。

 電話だと顔が見られない。

 逢うのに比べると本当に物足りないのだ。

 ようやく今日、大地に逢える。

 それだけで嬉しくてしょうがなかった。

 待ち合わせ場所で待っていると、大地がいつものように爽やかに現れた。見つめるだけで、とても幸せだ。

「お待たせ」

 声が聴けて、顔が見られる。

 かなではそれだけで嬉しかった。

「大地先輩、そんなに待っていないから大丈夫」

 かなでは高校生の時と同じように、大地にはつい“先輩”と言ってしまう。

 直接の先輩でなくなってからかなり経つというのに。

 大地は少しだけ苦笑いをした。

「ひなちゃん、いい加減、その“先輩”をつけて俺の名前を呼ぶのは卒業しようか?」

 大地が優しい苦笑いを浮かべながらかなでを見つめている。

 確かに、恋人として付き合ってからかなり経つのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

 だが、どう呼んで良いのか分からない。

 一度、“先輩”の名称を卒業しようかと思ったこともあるのだが、上手くいかなかったのだ。

 それもあり、ずっと“先輩”と呼び続けている。

 それに他の呼び方をしてしまうと更にドキドキしてしまうのだ。

 大地を意識し過ぎてしまう。

「…どう呼べば良いのかが、よく分からなくて」

 かなでははにかみながら、正直に伝える。

 すると大地はフッと柔らかく微笑んでくれた。

 眩しくて温かな微笑みだ。

「…そうだね。簡単だよ。大地ってそのまま呼んでくれて構わないし」

 大地は何でもないことのようにさらりと言う。

 だが、かなでにはそれがなかなか難しいのだ。

「よ、呼び捨てですか…」

「うん。何か拙いかな?」

 大地は大丈夫でしょっとばかりに、不思議そうにかなでを見つめる。

「大地先輩を呼び捨てるなんて、恥ずかしいと言うか、ドキドキするというか」

 想像しただけでドキドキしてしまい、かなではしどろもどろになる。

 甘い緊張が全身を覆い尽くす。

 かなではカチカチになってしまっていた。

「…ひなちゃん、そんなにも緊張しなくても大丈夫だよ。軽い気持ちで呼べば良い。それで言いにくかったら、ちゃん付けとか、さん付けとか…。ちゃん付けは俺には全く似合わないだろうけれどね」

 大地は爽やかにかなでを諭してくる。

 かなでとしてもどうして良いのかが分からない。

 かなで自身も、そろそろ“先輩”と呼ぶのは、卒業しようかと思っていたのだから。

「…ど、努力シマス…」

「うん、有り難う。それにその呼び方をどうにかしないと、君が近々困ることになるだろうからね」

 大地は冷静な声でキッパリハッキリと言った。

「…私が…困る…?」

 呼び方ぐらいでは困らないからこそ、今までズルズルと“先輩”と呼んできた経緯があるというのに。

「まあ、そのうち分かるよ」

 大地は意味深に笑いながら、そこまで言ったところで、花の頭に手を伸ばした。

 このあたりはいつまでも後輩扱いなので、かなでも困ってしまうことがあるのだが。

「あ、ひなちゃん。懐かしいものをしているね」

 かなでの髪を纏めているシュシュを見つけて、大地は懐かしそうに瞳をスッと細める。

「一番のお気に入りですから」

 かなでが笑顔で言うと、大地は優しくて甘い笑みを浮かべた。

「大事に使ってくれているのが嬉しいよ。有り難う、ひなちゃん」

 大地は優しいまなざしで花を見つめて、懐かしいシュシュに触れる。

「だけど随分と前のものだから、かなりくたびれているね」

「そうですね」

 かなでと大地はお互いに顔を見合わせて、苦笑いをする。

 高校生の頃のものだから、かなりくたびれてはいる。

 だが、かなでにとっては、未だにナンバーワンのヘアアクセサリーなのだ。

「ひなちゃん、新しいのを買おうか。これを買った店で」

 大地はそう言うと、かなでの手をしっかりと握り締めてくれた。

「はい」

 ふたりはのんびりと歩きながら、シュシュを買ったヘアアクセサリーショップに向かう。

 当時はオープンしたばかりだったが、今は立派に古いお店のひとつになっている。

「まだあるんですね。何だか懐かしくて、嬉しいです」

「そうだね」

 ふたりで店に入り、様々なシュシュを見て回る。

「夏だし、これなんか爽やかじゃないかな」

「私もそれが良いと思ったんです」

 ふたりの意見が一致したのは、白とスカイブルーのストライプにスワロフスキーがついたシュシュ。

 爽やかで何処か大人びている、夏にはぴったりのものだ。

「じゃあこれにしようか」

「はい」

 大地はシュシュを持ってレジにいく。

 懐かしい高校生の頃を思い出してくすぐったかった。

 まだ付き合う前にプレゼントして貰ったものなのだ。

 余りにもの懐かしさに、かなでは甘酸っぱい笑みを浮かべていた。

「ひなちゃん、これに付け替えようか。このシュシュはもう保存しておこうか。いつか子供たちに大切なものだと自慢が出来るように」

 大地は何でもないことのようにさらりと言ったが、かなでは心臓が飛び上がるほどに驚く。

 子供たちに。

 それはさり気ないプロポーズ?

 そんなことを考えてしまいドキドキしてしまった。

 大地はかなでの髪にあったシュシュを器用に外す。

 髪を下ろすのは慣れているからと、かなり意味深に微笑んでいる。

 それはある意味官能的なのだろうが。

 かなでの髪からスルリとシュシュを外した後で、大地は髪を優しく撫で付ける。

 そのしぐさにまたドキドキしてしまう。

 大地はかなでをときめかせたり、ドキドキさせるのにかけては天才なのではないかと、いつも思ってしまう。

 大地はフッと官能的な微笑みをかなでだけに向けてくる。

「どうせ今夜、俺が外してしまうんだけれどね…」

「…もう」

 大地はかなでよりも器用に髪を纏めてしまう。

 そこは外科医なのだなあっと思ってしまうところだ。

「ひなちゃん、はい出来た」

「有り難う」

 かなではショウウィンドウで自分の姿を確認する。

 綺麗に髪が纏められていて、自分で言うのは何だが、先ほどよりも美しくなっている。

「…有り難う、大地先輩…」

「ひなちゃん、“先輩”は余計だよ」

「…あ…」

 つい口が“先輩”に慣れているから、かなではなかなか呼ぶことが出来ない。

「…大地…さん…」

 何とかさん付けしたが、違う呼び方に緊張してしまう。

「及第点かな。まあ、しょうがないか。これから慣れていけば良いんだから…」

「…はい…」

 これから少しずつ慣れていこう。

 慣れた頃にはきっと困ることはなくなるだろうから。



Top