夏の終わりはげだるくて、何処か切ない想いを抱かずにはいられなくなる。 勿論、かなでもそう感じる。 高校生最後のコンクールは、星奏学院の二連覇で幕を下ろした。 かなでは、響也とデッドヒートを繰り広げて、ヴァイオリン部門で個人優勝も成し遂げた。 響也と切磋琢磨出来たからに他ならない。 誰よりも仲間に感謝をしていた。 これでかなでたちもクラブを引退し、受験体勢にに入る。 かなでは学院の大学にそのまま進学をするため、内部推薦に向けての勉強が始まった。 教科の部分は大地が見てくれる。 内部進学だから、このままでも大丈夫だろうとは言われてはいるが、それでも気は抜けなかった。 かなでは今日も勉強の為に図書館に向かう。 コンクールが終わった後の夏休みは後僅か。 田舎に二日だけ帰って、後は受験勉強に明け暮れる。 学校も3年生だけは早く始まるから余計だ。 今日は大地が勉強を見てくれる予定だ。 医学部でかなり忙しい大地であるが、かなでの勉強はきちんと見てくれる。 それは本当に有り難かった。 図書館に向かって歩いていると、背後からクラクションが鳴る。 「…ひなちゃん!」 大地の声が聞こえて、かなでは振り返る。 すると車がゆっくりと停止した。 「大地先輩!」 「免許が取れたんだ。ドライブに行かないか」 「ドライブですか?」 かなではほんのりとときめくのを感じながら大地を見た。 ドライブが出来るなんて嬉しい。 しかも大好きな人とならば尚更だ。 「良いんですか!?」 些か興奮気味に言うと、大地は唇に笑みを浮かべた。 「それなりに練習してから君を乗せようと思ってね。どうかな?」 「はい! それは勿論、嬉しいです!」 「うん。だったら、乗って」 「はい!」 大地とドライブが出来るなんて夢のようだとかなでは思う。 大好きな人とドライブ。 それはかなでがずっと憧れていたことだった。 車に乗り込むと、ぎこちなくシートベルトを締める。 いつもならすんなりとシートベルトを締められるけれど、大好きなひとの前ではなかなか上手くいかなかった。 「さあ、行こうか。夏の終わりの海にでも行く? もう波が高くなっているから、人は少ないからね。みんな、残暑はプールだから」 「そうですね」 大地はサングラスを掛けてステアリングを握っている。 横から見ていてもとても素敵で、かなではうっりと見惚れてしまっていた。 なんて素敵なのだろうかと、何度も見つめてしまわずにはいられない。 大地はまだ初心者だとは到底思えないぐらいのハンドル捌きをする。 本当に上手くて、かなでは見とれてしまっていた。 高校生で始めたヴィオラもそこそこのレベルだったから、元々、かなり器用なのだろう。 しかも外科医を目指しているのだから余計だろう。 その器用さに感心するばかりだ。 「大地先輩、運転、かなりお上手ですよね」 「そうかな? 有り難う」 「器用だからかなあって思って見ていました」 「有り難う。ひなちゃんを安心して乗せられているかな?」 大地の問いに、かなではもちろんとばかりに笑顔で頷いた。 「はい、安心していますよ」 「うん。嬉しいよ、ひなちゃん」 大地は口角を僅かに上げる。 喜んでくれているのが、かなでには嬉しかった。 「大地先輩とドライブをするのが嬉しかったんですよ」 「ああ。それは良かった。俺も最初にドライブをする女の子はひなちゃんが良かったから。ひなちゃんとドライブが出来て、とても嬉しいよ」 大地を見たり、景色を見たりと、ドライブはかなり忙しいものになった。 かなでは幸せでしょうがなかった。 「受験勉強ばかりじゃつまらないだろう? やはり、気分転換は必要だと思うからね」 「有り難うございます。最高の気分転換です。といっても、受験が上手くいったら、私はみんなよりもかなり短い受験生生活になるんですけれどね」 「確かにそうだね。ひなちゃんの場合は、内部特別推薦枠だからね」 「はい」 学院の大学の音楽学部は、日本でも有数の教育プログラムで知られている。 留学並の教育が受けることが出来ると、かなり評判になっている。 かなでにとっては魅力的なものだった。 しかも、大地のそばにいられるのも、嬉しくてたまらない。 様々な要因から、学院大学の音楽学部がベストだった。 ただ、全国からも目指す者が多く、内部であったとしてもふるいにかけられるのは事実だ。 かなではその中で、特別推薦枠を受けることが出来た。 特別推薦枠は、音楽科や普通科で特に優秀と認められた内部進学希望者に与えられる枠で、選ばれるのは毎年少数だ。 殆ど、落ちることはないと聞いてはいるが、かなではそれでも不安で勉強をしている。 だからたまには息抜き。 大地とドライブなんて、最高の息抜きだ。 車は海に向かって走っている。 横浜は、海に近いのが素敵だと思う。 海が見られない場所で育ったかなでには、憧れの場所と言っても良かった。 かなではうきうきとした気分で、ドライブを楽しむ。 こんなにも素敵なドライブはなかった。 カーステレオにから流れる爽快なクラシックと快適なドライブ。 かなではこのまま踊り出してしまいそうだった。 「ひなちゃん、海が見えてきたよ」 「はい!」 窓の外には太陽の光を浴びた海が見える。 爽やかな色ではなくて、既に深みのある碧に変わりつつある海の色は、既に秋が近いことを知らせてくれているようだ。 波も高くて、ひともまばらになっている。 夏が終わる。 そう実感させる海の色だった。 「車を置いて、散歩でもしようか」 「はい」 大地は浜辺近くの駐車場に車を停めてくれると、そのまま手をギュッと握り締めてくれた。 「行こうか」 「はい」 初めてのドライブの場所は、初秋の海岸。 ロマンティックでたまらない。 どうしてこんなにも素敵なんだろうかと、つい思ってしまう。 大地に手を引かれて、波打ち際を歩いた。 波が寄せる度に、ふたりは子供のように無邪気に笑った。 こうして砂浜を歩いているだけで、なんて素敵なのだろうかと、かなでは思う。 ファーストドライブデートは、深く心に残るだろう。 特別、何かをしているわけではないけれども、それでもロマンティックだ。 こんなにも暑いのに、何処か気怠さを感じさせる風を受けながら、もう秋が近いのだと思った。 「…秋が近いんですね…」 「そうだね」 大地は頷くと、静かに立ち止まる。 「ひなちゃん、俺の方を向いて」 大地に促されて、かなでは目を合わせた。 大地はかなでの頬を優しく両手で包み込むと、真直ぐ見つめた。 そのまま唇が重なる。 まるで夏を懐かしむような陽向の香りがしたキス。 かなではまだワンピースの夏の装いで、大地も夏らしいカジュアルなスタイルだ、 だが、風もキスも夏を懐かしむ味がして、秋の訪れすらを幹事させていた。 ドライブデートのファーストキスは、甘くてほんのりと切ない味がした。 だが、それは決して不快ではなかった。 キスの後、大地はフッと眩しそうに笑みを浮かべる。 「ファーストドライブの記念のキスだよ」 「一生、忘れません…」 「俺も」 大地はフッと笑うと、かなでを抱き寄せる。 「これからもずっと助手席はひなちゃんだけのものだよ」 「有り難うございます」 とっておきの助手席。 かなではそれを手にして、甘い幸せを覚えた。 |