*ひまわり*


 向日葵が大好きな愛する彼女が帰省をしてしまった。

 大地は寂しくてしょうがない。

 メールや葉書のやり取りはするのだけれど、それだけでは足りないのだ。

 話がしたい。

 抱き締めたい。

 そんなことばかりを考えてしまう。

 アルバイトをしたり勉強をしたりと、かなでが帰省してからも忙しい時間を過ごしているというのに、物足りない。

 かなでが横浜にいる時でも、いつでも逢えるわけではない。

 なのに。

 帰省している。

 その事実が重くのしかかってくる。

 かなでが横浜よりも遠く離れているところにいるだけで、こんなにも寂しくなるのだ。

 逢いたい。

 逢いに行って抱き締めたい。

 そればかりを考えてしまう。

 かなでの実家の住所は解っている。

 最寄りの駅も。

 宿もあり手配出来ることも解っている。

 逢いに行きたい。

 かなでが生まれ育った場所で、その息吹を感じたい。

 大地は横浜駅の緑の窓口に向かう。

 今ならば時間もあり、かなでの故郷に小旅行も可能なはずだ。

 大地はかなでに逢いたくて逢いたくてしょうがなかった。

 自分がこんなにも情熱的だなんて、始めて知った。

 そこまで愛することが出来る相手に巡り逢えたことを、大地は嬉しく思う。

 大地は逸る気持ちを抑えることが出来ないまま、みどりの窓口に向かった。

 

 特に祖父母に元気な顔を見せたくて、かなでは帰省した。

 大好きな向日葵の季節で、心弾む。

 そのはずなのに、大地に逢いたくてしょうがない。

 大地と向日葵を一緒に見たくて堪らなくなる。

 ひとりで見るには、余りにも勿体ない風景のように思えた。

 かなでは麦藁帽子の出で立ちで、向日葵畑でじっと見つめる。

 大好きなひととこの明るい花をシェア出来たら良いのにと、思わずにはいられなかった。

 横浜にいても、毎日、逢えるわけじゃない。

 お互いに学校もあり、アルバイトもある。

 メールや電話でのやり取りが殆どだ。

 だが、同じ横浜にいるという幸せ感安心感がある。

 だが、今は違う。

 かなでは横浜から離れた故郷にいるのだ。

 大地に逢おうと走ってたどり着ける距離ではない。

 かなでは大地に逢いたくてしょうがなくて、携帯電話を手にしていた。

 メールでも、手紙でも、電話でも物足りない。

 だが声を聴かないよりはずっと良い。

 せめて、そばにいるように感じられるように声が聞きたかった。

 かなでは大地に電話を掛ける。

 呼び出し音を聞きながら待つのは、なんて苦しいのだろうかと思わずにはいられなかった。

「はい、ひなちゃん?」

 大地の甘い声が聞こえて、それだけで泣きそうになる。

 逢いたくてしょうがなくなる。

「大地先輩、こんにちは。かなでです」

「うん。どうかした?」

 まるですぐ隣りにいるかのように優しく語り掛けられて、かなでは逢いたくてたまらなくなってしまう。

 電話で声を聴くのは、逆効果だと思った。

「…どうした?」

 かなでが黙っているものだから、大地は心配そうに話し掛けてくる。

「大丈夫です。ただ、大地先輩の声が聞きたかっただけですから。綺麗な向日葵を見ていて、大地先輩と一緒に見られたら…、なんて考えていたら、逢いたくなって…」

 大地に依存していると思われてもしょうがないとは思いながらも、かなでは素直に自分の気持ちを伝えた。

「…俺も、ひなちゃんに逢いたいよ」

 大地の声が優しく響く。

 かなでの胸に甘い感情が湧き上がって、更に逢いたくなってしまう。

 全くの逆効果かもしれないと、かなでは思った。

 余計に逢いたい。

「…ひなちゃん?」

「一緒に向日葵を見たくて」

「…うん」

「ごめんなさい。わがままですね。あ、向日葵の写メを送りますね。それで一緒に見たことになりますから」

 かなではなるべく明るく言うようにする。

 寂しがっていると、大地を心配させたくはなかった。

「…ひなちゃん、有り難う。俺もひなちゃんと一緒に向日葵を見ながら、ひなちゃんが弾く、ヘンリー・マンシーニの“ひまわり”が聴きたいと思うよ」

「はい。私も弾きたいです。あ、今はヴァイオリンを持っていないですけれど、“ひまわり”は是非、演奏したいと思っていますから、聴いて下さいね」

「ああ…」

「ごめん、電車に乗るから一旦切るよ。夜には電話をするから」

「あ、はい。分りました。待っていますね」

 甘えるような電話を掛けてしまったから、大地を引き止めてしまった。

 かなでは反省すると、ここは静かに電話を切ることにした。

「では大地先輩、また後で」

「後で」

 大地はそう言うと電話を切ってしまった。

 何か急いでいたのだろう。そんな雰囲気がした。

 かなでは早速、向日葵畑の写真を携帯電話で撮ると、それを素早く大地に送った。

 これで同じ向日葵を見たことになる。

 それで満足だと思った。

 かなでは祖父のヴァイオリン工房に戻ると、さっそく映画のテーマである、美しくて物哀しい“ひまわり”を練習し始める。

 今夜、少しでも大地に良い音楽を聴かせたかった。

 

 大地はかなでの声を聴いて、逢いたくてしょうがなくなった。

 みどりの窓口で明日の朝のチケットを取ると、慌てて自宅に戻り、インターネットで宿を予約した。

 2泊ぐらいはしていきたい。

 それぐらいそばにいたかった。

 かなでを驚かせたくて、大地はメールをした。

 今夜の演奏会は勿体ないが中止。

 明日、改めて昼頃に向日葵畑からのヴァイオリンを聴きたいと、大地はメールを送った。

 これで準備は完了だ。

 大地は幸せでワクワクするような気持ちを抱く。

 遠足前の子供よりも興奮している始末だった。

 

 大地から夜の演奏会が中止だと聞かされて、かなではしょんぼりとしてしまった。

 明日、改めて約束をしたとは言え切ない。

 その切なさを跳ね返すように、ヴァイオリンを練習した。

 明日はもっと良いヴァイオリンを聴かせられるように。

 

 翌朝、大地はかなでの故郷に旅立った。

 昼前にはかなでの故郷に降り立った。

 もうすぐ逢える。

 かなでが大好きな向日葵畑も、事前に律に訊いておいたから、すぐ探すことが出来た。

 そして。

 ヴァイオリンを持って、麦藁帽子にワンピース姿のかなでの姿を見つけた。

 大地はにっこりと幸せな笑みを浮かべながら、かなでに電話をかける。

「ひなちゃん、俺だよ。大地だ」

「大地先輩!」

 かなでの弾んだ声に、思わずこのまま抱き締めたくなる。

「早速だけれど、ヘンリー・マンシーニの“ひまわり”を聴かせてくれないかな?」

「はいっ」

かなでは嬉しそうに返事をしてくれると、予め用意がしてあった簡易な椅子の上に携帯電話を置くと、ヴァイオリンを奏で始めた。

 夏のノスタルジックな陽射を浴びながら、向日葵畑で聴く、かなでのヴァイオリンはなんて素晴らしいのだろうか。

 しかも曲は“ひまわり”なのだ。

 大地は本当に嬉しい気持ちだった。

 澄んでいるのに温かい音色に、大地は心が癒される。

 こんなに爽やかでロマンティックなコンサートは他にはないのではないかと思った。

 携帯電話からと生の音色。

 比べても生のヴァイオリンの音色に敵うはずはない。

 かなでの演奏が終わる。

 その瞬間、大地は背後からかなでを思い切り抱き締めた。

「……!!!」

 かなではかなり驚いたようで、一瞬、息を飲む。

「ひなちゃん、素敵な演奏を有り難う…」

「…逢いに来てくれて有り難うございます…」

 かなでは今でもなきそうなぐらいに嬉しそうに呟いた。

 ロマンティックな向日葵畑の演奏会。

 甘いコンサートはまだ始まったばかり。



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