大地が買ってくれた想い出の香水。 デートの度に必ず着けていたら、とうとうなくなってしまった。 気に入っていた香りなだけあり、かなではしょんぼりとした気分だった。 大地が似合うと言ってくれた香り。 今度はどのような香水を買えば良いのか。 薔薇の香りが気に入っているので、そのような香りがあれば購入しようとは思っている。 デートは明後日だから、とりあえずの香水を買いに行かなければならない。 今まで使っていた香水は神戸で調合して貰ったものだったから、直ぐに買うというわけにはいかない。 結局は、近いものを探すしかないのだ。 とはいえ、調合しているものだからなかなかないのだ。 薔薇の爽やかな香り。 「これが近いかな? 少し使うには値段も魅力的だし…。香りも薔薇の花そのものの香りだから、これにしよう」 かなでが選んだのは、ソリッド・パフュームだった。 これならば価格も香りも満足することが出来る。 かなでは練り香水を買うと、それを耳朶に着けていくことになった。 今日は久しぶりに大地とデートだ。 だからこそ、かわいいと言われるように、きちんとお洒落をしたかった。 薔薇のソリッドパフュームを着けるのには緊張する。 ドキドキしながら、耳朶と手首に着けた。 大地が気に入ってくれるだろうか。 かなではそれだけを考えていた。 待ち合わせの場所に行くと、大地が既に待っていた。 「ひなちゃん」 「お待たせしました」 かなでが笑顔で大地のそばに向かうと、フッと笑った。 「久しぶりだね。デートをするのは」 「はい。楽しみにしていました」 「今日はのんびりと楽しもうか」 「はい」 大地はギュッと手を握り締めると、ふと息を呑んだ。 驚いたようだったが、その後、深刻そうな表情になった。 「どうしたんですか?」 「何でもないよ。行こうか」 「はい」 大地が一瞬表情を変えたのが気になったが、直ぐにいつもの甘い笑顔になったので、かなでは気にしないようにした。 かなでの香水の香りが微妙に違う。 ふたりで一緒に選んだ香水とは違う香りだ。 大地はふと暗い気分になった。 あの香水を着けなくなったのには、何か理由があるというのだろうか。 大地は不安になる。 香水を変えるのは、“心変わり”を意味すると聞いたことがある。 それが本当にそうなのか。 大地は不安でしょうがなかった。 かなでの香りは、よりナチュラルな薔薇の香りだ。 香水を変えた理由を訊きたいと思った。 だが、なかなか聞き出せずにいる。 大地は結局は、上手く訊くことが出来ない。 香水を変える。 それが心変わりだということを、大地は訊いたことがある。 もしそうだとしたらそれは余りにも切ない。 かなではとても魅力的な女の子だから、男達が放っておくはずがないことぐらいは、大地が一番よく解っている。 だからこそ不安になるのだ。 「…ひなちゃん、心境が変わったとかはないの?」 大地はさり気なく訊いたつもりだったが、かなでは驚いたのか素頓狂な表情をした。 「…え? 何も変わってないですけれど…」 「そうなんだ」 大地がさり気なく流そうとしたところで、かなでは何かに気付いたかのように息を呑んだ。 「香水を変えたことですか…? いつもの香水じゃなかったから…」 いきなり大地が知りたい理由を言ってくるものだから、驚いた。 「…香水を変えたのは、何か心境の変化でもあるのかと思って」 大地は曖昧な笑みを浮かべながらかなでを見る。 するとかなでは優しく明るい笑みを浮かべた。 「神戸で調合した香水ですが、もうなくなってしまったんです。それで、とりあえずと思って、ソリッドパフュームを買ったんですよ」 「そうだったんだ。確かにもうなくなってもおかしくはないか…」 大地は理解したとばかりに何度か頷くと、柔らかな甘い笑みになった。 「それでとりあえず香水を買おうと思って、薔薇のソリッドパフュームを買ったんです」 「なるほどね。だったら俺がひなちゃんにぴったりの香水をプレゼントするよ」 大地は柔らかく官能的な笑みを浮かべて呟いた。 「お願いします」 「ああ。じゃあ今日のデートは香水探しだね。早速、探しに行こうか」 「はい」 素敵で爽やかな薔薇の香りの香水を求めて、ふたりはデパートを梯子することにした。 かなでの香水選びは、ずっと自分がしたい。 大地はそう思いながら、デパートへと出掛ける。 一生、かなでには素敵な香りに包まれていて欲しいと思う。 それが自分が選んだ香りならなお素晴らしい。 「ひなちゃんは爽やかな香りが良いと思うけれど、以前よりも少し大人びた甘さも必要かもしれないね」 「そうですね。そのような香りを探しましょうか」 「うん」 ふたりはしっかりと手を繋いで、デパートの香水コーナーへと向かった。 ふたりで様々な香りを嗅ぐ。 「これだけあると、鼻が麻痺しそうだね」 「そうですね」 これにはかなでも同意する。 これだけのサンプルを一つずつ嗅ぐわけにはいかないから、大地は香水のコンシェルジュに、薔薇の香りがメインの香水を幾つかピックアップして貰った。 それでもかなりの数だ。 ふたりは紙に少量のフレグランスを着けて、色々と嗅ぎ比べた。 「…この香りは素敵かもしれないですね、ちょっとお茶の香りもして爽やかで素敵です」 「そうだね。余り色香が出るのはひなちゃんらしくはないしね…」 「そうですね…」 かなでは様々な香りを嗅ぎながら悩んでいる。 本当は艶のある香りも似合うようになっている。 だが、そんな香りを着けられたら、かなでが更に男達の視線を釘付けにする。 それだけは大地は避けたかった。 一番気に入った香りは、少しだけではあるが大人のテイストが入った香りだった。 だが大地はそれを気に入らないようだ。 まだまだ子供っぽいから似合わないと思っているのだろう。 大地の考えもわからなくはない。 何時まで経っても、小さな子供のようなのだから。 かなではふとしょんぼりとした。 かなでが急にしょんぼりとしてしまったからか、大地が心配そうに見つめてきた。 「ひなちゃん…」 大地に声を掛けられると、かなではハッとしていつもの笑顔を向けた。 「は、はいっ。こ、この香水が素敵だと思いましたが、私だとまだまだ早いですね…」 かなでは笑顔を浮かべながら、香水を候補から外そうとした。 大地が気に入らないのならば、この香水を選らぶことは出来ない。 大地もかなでも気に入る香水。 それが理想的だとかなでは思っていたから。 「だったら、これにしよう」 「え…?」 大地の言葉にかなでは驚いて目を丸くする。 「君が気に入っている香水が一番だ…」 「私にはまだまだ大人っぽくて似合わないんじゃ…」 かなでが戸惑うように言うと、大地は済まなさそうにフッと笑った。 「…似合っているよ。誰よりも…。俺もこの香水が好きだ。だけど、ひなちゃんがこれを着けたら、男達を引き寄せてしまうと思っただけだ」 大地は恥ずかしそうに、ほんのりと顔を赤らめる。 「この香水は、大地の前以外は着けないから…」 かなでは甘く小さな声で囁く。 「有り難う」 これはふたりの甘い約束。 かなでは笑顔で頷く。 ふたりだけの秘密の香り。 それは甘い恋心と同じ香り。 ふたりは秘密の香りに幸せを見出していた。 |