*幸せの時間*


 大地の赤ちゃんを身籠もっていると解った時から、かなではのんびりとしたペースの仕事に切り替えた。

 専門こそ違えど、医者という職業柄か、大地はかなりかなでを心配している。

 そのせいか、相当の過保護になってしまっているのだ。

 心配し過ぎている大地の為にも、かなではかなりペースを落として仕事をしようと決めた。

 これは子どもの為にということでもあるのだ。

 ヴァイオリニストという職業柄、まるで胎教のようにモーツァルトばかりをつい弾いてしまっている。

 胎教CDも出すことになっていて、こちらの企画もとても楽しみにしていた。

 妊婦になって、仕事をセーブしていることもあるが、仕事を大切にしておこうと思っていた。

 

 今日は、大地も休みが取れて、ふたりで一緒に必要な物を買いにいく。

 かなでの為に、大地は本当に気遣ってくれていて、かなり有り難い。

 今日は主に子どもの物の買い出しだ。

 大地を見ていると、本当に子煩悩になるだろうと、感じずにはいられなかった。

「かなで、大丈夫?」

「大丈夫。病気じゃないから」

「うん」

 大地はかなでが躓かないようにと、かなり気遣ってくれている。

 車でベビー用具が沢山置いている大型店に向かった。

 中に入ると、目移りするぐらいのベビーグッズが置いてあり、かなでは目をキラキラと輝かせながら、店を見て回る。

 小さな衣服を見たり、玩具を見るだけでかなでのテンションはいやがおうでも上がった。

「大地さん、これ! 可愛いですよ! 赤ちゃんにぴったりかも!」

 かなでが笑顔を浮かべて、大地に靴下を見せると、フッと甘い笑みを浮かべて、かなでを見つめてくれる。

 大地さん。

 結婚してから一番苦労をしたのは、やはり夫である大地の呼び方だった。

 ずっと“大地先輩”と呼び続けていたから、そのくせがなかなか抜けなかった。

 だが、大地は夫になったのだから、妻らしく呼びたいし、呼ばなければならないと、かなで自身はかなり頑張った呼び方だった。

「かなで、確かにこの靴下も可愛いし、買えば良いんだけれど、俺が見たいのは、赤ちゃんのものではなくて、君のものだよ」

「え……?」

 かなでは大地の言葉に思わず驚いて目を丸くしてしまう。

「私の……?」

「うん。君の物は色々と必要だろう? だって、これからお腹はどんどん大きくなって行くんだからね」

 大地はフッといつも以上に甘美な笑みを浮かべてくれる。

 それが蕩けるぐらいで、かなではついうっとりとしてしまった。

「有り難う……」

「赤ちゃんも大事なんだけれど、それ以上に君が大事だということを忘れないでくれ」

 高校生の頃と同じように、大地はかなでの髪をくしゃりと乱してくる。とっておきに甘い行為に、かなではほんのりと頬を赤らめた。

「お腹がもっと大きくなってきたら、ゆったりとしたマタニティウェアが必要になってくるだろう? それに、ヒールのない靴や、躰を冷やさないようにするランジェリーやタイツ、機能的なランジェリーだって必要だからね」

 大地はまるで、母親読本を読んだのかと思ってしまうぐらいにかなり詳しい。

 かなでが子どもに気を取られてしまい、気が回らなかったところまで、しっかりとフォローしてくれている。

 これはかなり有り難いと、かなでは思わずにはいられなかった。

「私が抜けている分、しっかりとフォローして下さって、有り難うございます」

「君は赤ちゃんに夢中になっているからね。そして、俺は君に夢中になっている。だから、バランスとしてはかなり良いんじゃないのかな」

 大地のさらりと甘い言葉に、かなでは嬉しくて、ついニヤけてしまった。

「そうですね。バランスが取れていますね。だけど大地さん、妊婦について色々と詳しいですね」

 かなでが感心するように言うと、大地は苦笑いを浮かべた。

「それはそうだろう? 俺は医者だから、色々と情報収集は可能だし、それに、君が無事に出産を迎えられるように、色々と心を砕くことが、俺がやるべき一番のことだっていうことは、よく解っているつもりではいるからね」

「有り難うございます」

「それに母親から色々と訊いたからね。必要なことは」

「なるほど」

 かなでも、大地の母親には、一番身近ということでよく色々と訊いてはいるが、大地のようによりきめ細かくは訊いてはいなかった。

「母さんが笑っていたよ。俺たちはベストな組み合わせだって」

「どうして?」

「俺は妊婦についてばかり訊いて、お前は子どもと父親が大切なことばかりを訊いてくるって。ふたりの知識を合わせたら、母さんの育児書が出来るって、笑っていた」

 何だか自分達らしくて、かなではつい笑顔になってしまう。

「私たちらしい」

「そうだな。ほら、先ずは君が必要なものを買いに行くよ」

「はい」

 大地はしっかりとかなでの手を握り締めてくれると、そのまま、マタニティウェア売り場へと向かった。

 

 マタニティウェア売り場は、様々な種類がある上に、かなりデザインも揃っていて、かなでは目移りしていた。

「これは大人可愛いで素敵だし……、これはシックな雰囲気が素敵! 何だかマタニティウェアがこんなにお洒落なのかと思うと、つい目移りしてしまいますね」

 普通にブティックで洋服を選ぶように、かなでは選ぶ。

「大地さん、このシックな感じのと、この大人可愛いのはどちらが良いと思いますか?」

「……どちらも買ったら良いんじゃないかな。このシックなものは、仕事絡みの出掛ける時に使えるんじゃないか? そして、この大人可愛いってほうは、俺と出掛ける時に着て欲しいと思うデザインかな」

 どちらも買えば良いという大地に、かなでは二着とも買うことにする。

 長い目で見ても、使えると思うからだ。

 かなでは賑やかなほうが大好きだから、やはり、一人っ子で終わるつもりはなかったからだ。

「二着でも少ないぐらいだと俺は思っているけれどね。子どもを一人っ子にする気なんて、俺にはサラサラないからね」

「私もです」

 このあたりは、ふたりして、ピッタリと一致する。

 かねてから賑やかな家族にしたいと、お互いに思っていたからだ。

「先ずは手始めにこれから買っておこうか。後、母さんから訊いた、妊婦の当座の必要な物のメモだよ。君が必要だと思う物も足して買おうか」

「はい」

 大地から、大先輩がチョイスをしてくれたリストを見せて貰って、かなではまだまだ足りない物が多いことに気付いた。

 色々とリストを元に買い足しながら、かなでは温かな気持ちになった。

 なんて愛されているのだろうかと、感じずにはいられない。

 かなでは、旦那様にこんなにも愛されて、幸せでしょうがないと思っていた。

 

 買い物が終わり、荷物を車に詰め込む。

「大地さん、有り難う。これでかなり安心して、過ごせます」

「当座はね。出産間近になったら、また買いに来なければならないからね」

「はい」

 大地はかなでの手をギュッと握り締めると、甘い笑みを浮かべてくれる。

「本当に幸せです。私もお腹の赤ちゃんも。最高の家族が着いてくれているんですから」

「そう言って貰えると、俺はかなり嬉しいよ。これからも、かなで、お互いの絆をしっかりと強くしていこう」

「はい」

 車に乗り込むと、お互いにどちらからともなく、甘く唇を重ねる。

 温かな愛に溢れた中、産まれてくる子どもも自分自身も幸せだと、かなでは思わずにはいられなかった。



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