新横浜まで行った帰りに、かなでは可愛いケーキを見つけた。 小さなウェディングケーキだ。 見ているだけで幸せになれる。 普通のケーキよりもほんの少し高いだけだから、買って行こうかと思う。ミニチュアのウェディングケーキだなんて、とてもロマンティックだ。 大地とフォークで入刀のシーンを思い浮かべて、思わずにんまりと笑った。 ただ大地が余り甘い物は得意ではないところが気になる部分ではあるのだが。 大地と一緒にいつか本物ウェディングケーキを入刀出来たら。 などと妄想に近い想像をしながら、かなではかなりニヤニヤしていた。 結局、ケーキを二つ買って、横浜線に乗り込んだ。 ちょっとした幸せな気分が味わえるのが嬉しい。 かなでは、のんびりとケーキを食べながら、コーヒーを頂こうと思った。 みなとみらい線の駅に向かうと、偶然にも大地を見掛けた。 何やら綺麗な女の人と熱心に話をしている。 大地は誰にでも優しくて、当たり障りがないせいか、かなり女性には人気がある。 しかも、あの容姿ときている。 女子が放っておく筈はない。 だからこそ、医学部の女生徒が彼にかなりの割合で近付いているのを知っている。 かなでは恋人であるが、大地と同じ大学ではないので、その存在が余り知られてはいなかった。 それゆえだろう。 いつもアプローチをする女子が多いのは。 大地はあしらうのも上手くて、かなでだけをきちんと大切にしてくれている。 だからしょうがないと思っているし、大地を信頼してはいる。 だが、実際に、女子が絡んでいるシーンを見ると、かなでは普通ではいられなかった。 ヤキモチを妬く余りに、拗ねてしまう。 大地は本当に大切な恋人だから、余計にそう思ってしまうのだ。 もっと大人になりたいと思うのだが、なかなかそうはなれない。 それがかなり悔しかった。 かなでは唇を噛み締めて、大地と女友達を見つめた後、違う車両に乗ることにきめた。 大地にはなるべく見つかりたくはなかった。 大地に嫉妬をしているなんて知られたくはなかったから。 かなではひとりこっそりと端の席に腰掛けて、俯いていた。 大地と彼女のことが気になる余りに、じっと見つめてしまいそうになるから。 ならば俯いていたほうがずっと賢いと思う。 かなではわざと下を向く。 それにみなとみらい線は短いから、直ぐに目的地である元町にも到着する。 かなではじっとしていた。 「あ! かなでちゃん!」 明るい声が聞こえたかと思ったら、新がいた。 「…新くん」 「どうしたのかなあ、かなでちゃん! ずっと俯いているから、何かあったんじゃないかって思ったよ!」 「何でもないよ。有り難う、新くん」 かなでは新に心配させないようにと、笑顔になる。 「俯いているのは似合わないよ、かなでちゃんには」 「うん、そうだね」 かなでが思い直して笑顔になった時だった。 「…ひなちゃん、同じ電車だったんだ」 明るい声に何処か苛立ちを感じて、かなでは新の向こうを見た。 大地がいる。 先ほどまで一緒にいた女子とは、もう離れてしまったようだった。 「ひなちゃん、俺はこれから時間があるから、この間のデートの続きをしようか」 大地はちらりと牽制するように新を見た後で、かなでに笑顔をくれた。 とても素晴らしくも眩しい笑顔だ。 「つまんないなあ。大地先輩が一緒かあ。俺は退散するよ。かなでちゃん、またね」 新は相変わらず明るいトーンで言うと、気遣ってか車両を変えてしまった。 「やれやれ…」 大地はホッとしたとばかりに溜め息を吐くと、かなでの横に腰掛けた。 「ひなちゃん、時間があるなら、これからふたりで過ごせないかな?」 大地はとっておきの甘い微笑みをくれる。 かなではつい笑顔で頷いた。 「はい。だけどケーキをアパートに置いてこないとダメですけれど」 かなでは、新横浜で買ったプチウェディングケーキの入った箱を掲げる。 「じゃあひなちゃんの家に先に行こうか」 「はい」 大地と久しぶりに一緒の時間が過ごせる。 かなではそれだけで嬉しかった。 ふたりで手を繋いで、かなでのアパートまで向かう。 小さな単身用のアパートで、セキュリティがしっかりとしているのが特長だった。 「ひなちゃん、俺がみなとみらい線に乗っているのに気付いていた?」 「…え、あ、あの…。気付いてました…。他のひとと一緒だったから」 かなでは遠慮がちに言うと、大地を真直ぐ見た。 「声を掛けてくれれば良かった」 「そうしたかったんですが、何だかもやもやして、余り面白くないし…」 かなではつい本音を言ってしまう。 すると大地はくすりと笑った。 「ひなちゃん、可愛いね。俺たちは似た者同士なのかもしれないね」 大地はそう言うと、かなでの手をギュッと握り締めてくれた。 「俺はひなちゃんが一番だから」 大地の言葉はストレートに甘くて、かなでをうっとりさせるには充分な魔力を持っている。 それが嘘偽りがないということが、かなでには解っているからこその威力なのかもしれないが。 「はい。私も大地先輩が一番です」 かなでは素直に言うと、大地は更に強く手を握り締める。 「本当に新じゃないけれど、君を道路のど真ん中で抱き締めてしまいそうになるよ」 大地は苦笑いを浮かべると、かなでを優しく見つめた。 今朝きちんと掃除をしておいて良かったと思いながら、かなでは大地を部屋に招いた。 ふたりでのんびりと過ごす部屋だ。 「ケーキがふたつあるんですが、いかがですか? コーヒーも淹れますよ」 「有り難う」 かなでの家には本格的なコーヒーメーカーがある。ビンゴの景品で貰ったものだが、とても重宝している。 ケーキを出すのがほんの少しだけドキドキする。 この小さなウェディングケーキを見たら、大地はどう思うだろうか。 ほんの少しだけ気にしてしまう。 かなではコーヒーを淹れて、ケーキを準備した。 小さなダイニングテーブルに、コーヒータイムの準備をする。 これで甘いふたりの時間のセッティングはおしまいだ。 「どうぞ」 ちょっとはにかんだ気持ちになりながら、かなではケーキを差し出す。 すると大地は一瞬驚いたが、直ぐに笑顔になった。 「…小さなウェディングケーキだ…」 「はい。可愛くて」 かなでがつい幸せな笑みを綻ばせると、大地はフッと意味深に笑った。 「そうだね。ひなちゃんと同じぐらいに」 大地は照れることなく言うと、フォークを手に取った。 「ひなちゃん、俺に手を重ねて貰っても良いかな?」 「はい」 言われた通りにかなでは手を重ねる。 すると、大地はプチウェディングケーキにゆっくりと入刀し始めた。 まるで結婚式だ。 かなでは嬉しいドキドキに、頬を薔薇色に染め上げる。 「はい。リハーサル完了。もうひとつもやろうか」 「はい」 かなでは胸がときめき過ぎて痛くなるぐらいに感じながら、ゆっくりとリハーサルを繰り返した。 「これでリハーサルはおしまいだ。本番もバッチリということだね」 大地は爽やかさと艶やかさが混じりあったとても魅力的な笑みを浮かべる。 その笑みに溶けてしまいそうだ。 「じゃあ食べようか。いただきます」 「いただきます…」 プチウェディングケーキを一口食べる。 今日のケーキは、いつもにも増して、甘くて幸せな味がして、総ての切ない感情が洗い流された。 幸せなケーキの魔法。 いつかこうなると良い。 本番を夢見て、かなでは笑顔になった。 |