秋も深まり、かなでもようやく学院に慣れて来た。 大好きなひとと一緒に学校に通ったり、散歩に行ったり、デートをしたり。 かなではまさに青春を謳歌していると言っても過言ではない。 星奏学院に来て良かったと、心から言える時間を過ごしている。 本当に横浜まで出してくれた親には感謝をしていた。 お互いに気分転換にと、大地とかなでは石川町をのんびりとデートすることにする。 地元過ぎて今まではデートの場所に選んだことはなかった。 だが、地元再発見ということで、ふたりは秋をのんびりと楽しむデート先として選んだのだ。 かなでは秋らしいワンピースに、キャスケット帽の出で立ちで、菩提樹寮前で大地を待った。 優しい秋風に吹かれながら、大地を待つ。 暑い夏からロマンティックな秋へとシフトして、かなでもときめきが上がってきている。 「ひなちゃん」 声を掛けられてかなでが笑顔になると、大地が軽やかにこちらに向かって走ってきた。 「大地先輩」 かなでがその名前を呼ぶと、手を差し延べてギュッと握り締めてくれた。 握り締める力がほんのりと強くて、かなでをときめかせる。 「今日は地元で思い切り楽しもうか」 「楽しみです。近いのに余り行ったことがなかったので」 「うん。行こうか」 大地と手を繋いで歩いていく。 大好きなひとと手を繋ぐことは、なんて幸せで嬉しいことなのだろうか。 石川町の駅側の坂を下りていく。 横浜の秋の陽射しはときめくぐらいに麗しい。 「あら大地君、こんにちは」 「こんにちは」 大地の知り合いの女性によく声を掛けられる。 手を繋いだままだと拙いと思ったが、大地はそのまま手をしっかりと握り締めてくれた。 様 々な人々に声を掛けられる。流石に大地の地元なだけあり、様々な人々から挨拶を受けた。 大 地はそれでも手を離そうとはしなかった。 かなではそれが嬉しい反面、恥ずかしくもある。 「良いんですか? 手を繋いだままでも…」 「ひなちゃんは嫌?」 「…嫌じゃないですよ。大地先輩が色々なひとに冷やかされるのが嫌かなーなんて」 「むしろ見せびらかしたいのかもしれないね、俺は」 大地はくすりと笑うと、かなでの手をギュッと握り締めてくる。 「だって、ひなちゃんが俺と付き合っているってことを、みんなに示すことが出来るからね」 大地は蜂蜜のように甘い笑みを浮かべながら、かなでを見る。 そんなまなざしで見られたら、ドキドキとうっとりでおかしくなってしまいそうだ。 「…ひなちゃんはどうなのかな?」 「…私も手を繋いでいたいです…」 「うん」 ふたりは顔を見合わせると更にしっかりと手を握り締め合う。 こうしていると本当に恋人同士であることが実感出来て、かなでは嬉しかった。 ふたりで急な坂を下りていく。 山手から元町方面の坂はかなり急ではあるが、大地と手を繋ぎながら下っていると、気にならないどころかときめきを感じてしまう。 だから大地と手を繋いで坂を下るのが好きだ。 石川町に出ると、ふたりで様々な店を冷やかす。 石川町は最近注目をされつつあり、様々な新しい店があり楽しむことが出来る。 大地とふたりで、店を覗くだけでも楽しかった。 デートは大好きなひとと一緒にいる理由。 場所なんて本当はどこでも良いのだと、かなでは思う。 お店だって何処だって良い。 それが素敵なところだったら更に想い出に残ってときめくのかもしれないが、そばにいられたらそれで良かった。 「ひなちゃん、ガキの頃からよく行っている洋食屋さんがあるんだけれど、そこでお昼にしようか。オムライスが最高なんだ」 「はい! 楽しみです」 かなでも料理を作るから、美味しくて素朴な店は大好きだ。高級なところよりも、むしろ料理のヒントはギュッと詰まっているからだ。 かなではワクワクしながら大地とふたりで洋食屋に入った。 「あら、大地君! 恋人と一緒!」 気さくな店の女性が、微笑ましいとばかりにかなでたちを見つめている。 「うん。彼女にここを知って貰いたくて」 大地がさりげなくもあっさりとかなでを恋人だと言ってくれたのが、とても嬉しかった。 「ここは、きちんと俺が思う相手が出来たら連れて行きたいと思ってた。そう思えたのはひなちゃんが初めてだ」 「有り難う…」 大地がとっておきの店に連れていってくれたのは、かなでにとっては嬉しいことだった。 大地の本当に大切にしている店。 大地を作っている空気のようなものが感じられて、かなでは嬉しかった。 「オススメはやっぱりオムライスですか?」 「うん。ここのオムライスはマジで美味いんだよ」 「だったら、オムライスにします」 大地が大好きな味を、かなではもっと知りたいと思っていた。 何かを作る時のヒントになるかもしれないから。 オムライスが運ばれてきてびっくりする。 かなりのボリュームだ。 だが本当に美味しそうだった。 「美味しそう! 卵もとろとろだし!」 オムライスを見るだけで、かなでのテンションは一気に上がってしまう。 それぐらいによく出来ているオムライスだった。 いつか、大地にこんな立派なオムライスを作ってあげられたら。 そんなことを考えてかなではつい真っ赤になってしまう。 巨大なオムライスを作って、大地と子供とシェアが出来たら。 そこまで考えたところで、かなでは暴れ出したくなるぐらいに恥ずかしくなった。 「どうしたの、ひなちゃん」 「な、何でもないです…。ほ、本当に…」 かなでは誤魔化すように笑いながら、耳朶まで真っ赤にさせて俯いた。 「さ、食べようか」 「はい!」 コンソメスープやミニサラダもついていて、お得感がかなりある。 かなでは卵が実際にはどれぐらいにとろとろなのかスプーンで割ってみることにした。 「うわあ…! 凄いとろとろだ」 かなでが思わず声をあげているのを、大地は目を甘く細めて見ている。 卵と同じくらいにとろとろとしたまなざしに、かなでの方が溶けてしまいそうだ。 ふわふわの卵をひとすくいして食べてみる。 「大地先輩、本当に美味しいです! びっくりするぐらいに!」 「それは良かった。俺もこのオムライスのとろとろ卵を混ぜながらケチャップライスを食べるのが好きなんだよ」 「大地先輩がオススメするだけありますね…。うん、美味しい…。生クリームだとかちょっと蕩けるチーズとかを入れたら、同じように再現出来るかな…。ごはんもタマネギとチキンが絶妙だし…。近い感じで再現が出来たら…」 かなでは美味しさを楽しみながらも、研究熱心に分析する。 同じようなオムライスを作って、大地を喜ばせたいと、かなでは思った。 そう思うとやる気がむくむくと湧き上がってくる。 「本当に美味しいです。何だか永遠のベストセラーって感じで。優しい味…。ここのメニューを総て制覇したいです」 「ひなちゃん、君は本当に熱心だよね。ヴァイオリンが素晴らしくなかったら、料理研究家になるべきだったね」 大地はくすりと笑うと、かなでを真直ぐ見た。 「君が気に入ってくれて良かった」 「とても素敵なお店に連れていって下さって、有り難う」 「うん。次はひなちゃんの作ったオムライスが食べたいね」 「はい!」 大地が気に入ってくれるような、美味しい美味しいオムライスを作りたい。 それには恋の甘い調味料がアクセントを利かせてくれるだろうと、かなでは思った。 |