*横浜の休日*


 今、一番好きなこと。

 それは、大地と一緒に横浜の色々な場所を巡ること。

 横浜の色々な場所を手を繋いで回る。

 そんなデートのひとときが、今のところかなでには一番の幸せな時間だ。

 

 大地とのデートはいつもかなでらしく、クラシカルな女の子スタイル。

 肌には日焼け止めを塗っているぐらいだ。

 眉は整えてはいるが、きちんと描いてはいないし、唇はほんのりとさくら色になるリップクリームを塗っているだけだ。

 本当に最低限のことしかしていない。

 本格的にステージに上がる時は、きちんとメイクをするのだけれども、それ以上はしない。

 かなでにとって、メイクはまだまだステージの為にするもので、お洒落の為にするものではなかった。

 今日も日焼け止めとリップクリームだけなのだから。

 

 大地と待ち合わせ場所である、元町中華街駅に向かう。

 すると大地が、綺麗に化粧をした、同年代の女の子と話しているのが見えた。

 自分よりもかなり大人びて見える。

 それが何だか気に食わない。

 確かに、かなでは童顔であるから、大人びた美しさとは程遠い。

 綺麗にメイクをすれば、少しは大人びて見えるだろうか。

 そんなことを思ってしまう。

 日焼け止めとリップクリーム、そして眉を整えているだけ。

 本当にこれだけなのだ。

 かなでは自分がいかに化粧をせずにいるかということを、思い知らされた。

「ひなちゃん」

 かなでがとぼとぼと歩いていると、大地が笑顔でこちらに向かって走ってきてくれた。

 話していた女の子ではなく、自分だけを見つめてくれている。

 それはとても嬉しいと、かなでは思った。

 大地は、表面的には誰にでも優しく、フレンドリーだから、女の子と話し込んでいてもおかしくない。

 それだけ女の子に馴れているということが言えるのであるが。

 それぐらいのことで嫉妬していても躰が持たないから、かなでは嫉妬はしない。

 こうして一番大切にしてくれているのを、解っているからだ。

「お待たせしました、大地先輩」

「じゃあ行こうか」

 大地はしっかりとかなでの手を握り締めてくれる。

 その力強さについ微笑んでしまう。

 かなでが微笑むと、大地もまた微笑んでくれる。

 それが嬉しかった。

「公園で向日葵が咲いている。ひなちゃんが大好きな向日葵だよ。見に行こう」

「はい」

 横浜は本当に大好きだ。

 ロマンティックな香りがする街。

 新しさと古き良き時代が交錯した、かなでにとっては浪漫が溢れているように思える。

「ひなちゃん、向日葵が今、とても綺麗だって」

「嬉しいです。向日葵は大好きですから」

「うん。そう思った」

 大地とふたりでしっかりと手を繋ぎながら、真夏の象徴である向日葵を見て回る。

 大地とふたりきりならば、この暑さも流石に気にはならなかった。

 かなでが向日葵に夢中になっているのを、大地が見守ってくれている。

 特別なことなんてなくて良い。

 夜景の見えるロマンティックなレストランも、豪華な部屋もいらない。

 ロマンティックコメディーの映画だって、ふたりには必要ない。

 ただ一緒にいられたら良い。

 大好きな横浜の街を、しっかりと手を繋いで歩くだけでも嬉しい。

 それだけで、かなでは充分に幸せだった。

「向日葵を見ているだけで元気になりますよ!」

 かなでがはしゃぐように言うと、大地は目を細めた。

「ひなちゃん、俺は君を見つめているだけで、元気になるよ」

 恥ずかしいぐらいに甘くて幸せな言葉に、かなではつい真っ赤になってしまう。

 大地に言われることに意味があるのだ。

 かなでがはにかんだ幸せな笑みを送ると、大地に引き寄せられる。

「…ひなちゃん…」

 名前を柔らかく囁かれたかと思うと、唇が軽く重なる。

 陽向の香りがするキスだった。

 

 余り向日葵に夢中になっていると熱中症にでもなってしまうから、ふたりはランチがてらにパンケーキを食べに行った。

 元町では有名なパンケーキ屋さんで、大地に連れて行って貰ってから、かなでのお気に入りになった。

 ふたりでのんびりとパンケーキを食べる。

「パンケーキはやっぱり美味しいです」

「ひなちゃん、この後は何処に行きたい? みなとみらいあたりをぶらぶらとする?」

「それも良いですね」

 ちらりと大地を見つめる視線を沢山感じて、かなでは周りを見る。

 美しく化粧をした綺麗なひとが、大地を見つめている。

 大地はまさに理想的だ。

 筋肉がしっかりついているが細身で、なのに誰かを守ることが出来るようながっしりさもある。

 しかも、顔も甘く整っていて、極め付きのフェミニストだ。

 見つめられないわけはないし、モテない訳がないのだ。

 その誰もが綺麗に化粧をしている。

 かなでも化粧をしなければならないのだろうかと、思わずにはいられなかった。

「ひなちゃん、どうしたの?」

「何でもないです」

 かなではごまかすように言うと、大地を見た。

「みなとみらいで買いたいものがあるから、一緒に行って下さっても良いですか?」

「うん、良いよ」

「有り難う」

 かなでは笑顔で大地を見た。

 せめてふだん使いのルージュは一本ぐらいは持っておかなければならないだろう。

 大地の好きな色を、訊いてみようと、かなでは思った。

 

 パンケーキを食べ終わった後で、かなでと大地はみなとみらいに向かった。

 電車を降りて、長い長いエスカレーターに乗って、のんびりとショッピングモールへと向かう。

「ひなちゃん、洋服でも欲しいの?」

「ううん。お化粧品、口紅が欲しくて」

「口紅?」

「そろそろ普段も本格的な化粧をしなければならないと思って」

 かなでが言うと、大地はじっと顔を見つめてくる。

「…ひなちゃんは、今のままでも充分に可愛いよ」

 大地は生真面目に呟くと、かなでの手を更に握り締めてくる。

「有り難う」

 かなでは、大地がこのままでも可愛いと言ってくれたのが嬉しくて、つい笑顔を浮かべた。

 

 ショッピングモールの中にある、化粧品を豊富に取り揃えたドラッグストアへと向かう。

 リキッドルージュとリップグロスが一緒になったタイプを見つけて、かなではそこから選ぶことにした。

 華やいだ雰囲気が感じが良い。

 紅いルージュではあるが、顔色が良くなる綺麗な色で派手過ぎない。

 かなではこの色が気に入って、試しにつけさせて貰った。

 華やいだ雰囲気になり、何よりも顔色がとても良くなるのが良い。

 かなでは迷わずに、このルージュに決めた。

「大地先輩、有り難う。お陰で良いルージュが見つかりました」

「…うん…」

 大地は、かなでがルージュを選んでいる時から、何処か煮え切らないような態度だ。

 気に入らないのだろうか。

 そんな不安を覚えた時だった。

「…え…」

 いきなり大地が唇を重ねてくる。

 まるでかなでのルージュをオフするかのように。

 ひとが見ているかもしれないのに、大地はキスをしてルージュを拭ってしまった。

 かなでが驚いて目を丸くしていると、大地は手をしっかりと握り締めながら言う。

「…ひなちゃんは、ルージュを塗ると大人の綺麗な女子に見えるよ。それは認める。だけど、他の男には余り見せたくない魅力だから…、俺の前ではルージュなんて塗らなくて良い。君はそのままで充分に可愛いくて綺麗だから…」

 大地は珍しくぶっきらぼうに呟く。

 それが妙に可愛い。

 かなでは微笑むと、大地に囁きかける。

「…大地先輩。こうしてルージュを塗るのは大地先輩の為だけですから」

 かなでの言葉に、大地が微笑んで抱き締めたのは言うまでもなかった。



Top