えこひいきなんて今まではしたことがなかったというのに、大地は最近よくやるようになってしまった。 原因はたったひとつ。 小日向かなでだ。 あの笑顔を見たいがために、ついえこひいきをしてしまう。 ランチタイムに、甘いアイスクリームを持ってきた。 中元での頂きものなのだ。 父親に、家では食べないからと、持たせて貰ったのだ。 クーラーボックスを持って、学院へと向かう。 目下、学院に定期的に通っているのは、全国大会に出るアンサンブルメンバーだけなのだ。 アイスクリームは数がないから、ちょうど良いというのは、大地の言い訳。 本当は、あの愛らしい笑顔が見たいからこそ、アイスクリームを持って来たのだ。 唇の周りに少しだけ着けるアイスを思って、大地はドキリとした。 「おやじだな…俺…」 リアルにかなでの唇を想像してしまい、大地は自分に苦笑した。 学院に行くと、やはり一番乗りでかなでが来ていた。 ひとりでヴァイオリンを練習している。 全く頭が下がるぐらいに熱い。 今年の夏はかなり暑いが、それよりもかなでのヴァイオリンへの情熱は熱いと思った。 ヴァイオリンへの情熱は、誰にも負けてはいないだろう。 かなでのヴァイオリンに情熱が注がれる度に、その技術や解釈は向上していくのだろう。 「…全く…。ヴァイオリンしか見えていない感じだね…」 大地は苦笑いを浮かべながら、かなでがヴァイオリンを奏でる姿を見守る。 かなでがいつか、ヴァイオリンへの情熱と同じものを恋に向けたとしたら、どうなるのだろうか。 そんな癪な男は何処にいるのだろうか。 大地はそんなことを考える。 ヴァイオリンと同じようにかなでに愛されたら、それ以上のことはないのではないかと、大地は思った。 かなでに愛されたのが自分だったら…。 そこまで考えたところで大地はハッと我にかえった。 えこひいきどころか、それ以上の感情を持っている。 誰かがかなでの情熱的な愛情を享受するなんて、考えたくもないことだった。 かなでは一生懸命にコンクールの演奏曲を弾いている。 聴く度に確実に上手くなっている。 こんなに上手くなるスピードが早いヴァイオリニストを大地は見た事はなかった。 たしかに基礎はかなりしっかりとしている。 だが、それ以上のものがあるのではないかと、思わずにはいられないほどのスピードなのだ。 大地の姿に気付いたのか、かなではヴァイオリンを弾くのを止めて、笑顔で振り返った。 「大地先輩、おはようございます」 「おはよう、ひなちゃん。早いね」 「少しでも練習をしておきたいなあって思って」 かなでは相変わらず向日葵のよいに清々しい笑顔を浮かべている。 「もうすぐファイナルだからね」 「はい。しっかり頑張るだけです。悔いを残さないように」 「そうだね」 かなでは思い切り身体を伸ばすと、これからもっと頑張るとばかりに元気に身体を動かした。 かなでを見つめているだけで、眩しい。 こうして真直ぐ努力をしている姿を見るのが、大地は嬉しかった。 普通、ファーストヴァイオリンに反対されたら、かなり敵意をむき出しにしても構わないのに、かなではいつものようにのんびりとしている。 だが、きちんとやらなければならないこと以上のことをやっている。 これがかなでの凄いところだと、大地は思わずにはいられない。 足りない部分を自覚してきちんと補う。 本当のところは、なかなか出来ることではない。 なのに素直に受け入れて、頑張っているところがかなでの凄さだった。 大地はかなでの存在がとても眩しくなる。 反発したくなるはずなのに、それを素直に受け入れて、それ以上の結果を出そうとする。 こんな女の子は見たことがないと大地は思った。 大地はかなでを見つめながら、甘くて幸せで、何処か引き締まった気分になる。 自分も頑張らなければならない。 かなでがこんなにも頑張っているのだから。 大地の真剣な視線に気付いたのか、かなではほんのりとはにかんだ表情を浮かべていた。 「お、みんな、早いな」 響也が眠たそうに部室に入ってくる。 折角、かなでと見つめあっていたのに残念だと思いながら、大地は苦笑いをまた浮かべていた。 「皆さん、やはり気合いが入っていますね」 生真面目なハルがいつも通りの几帳面な時間でやってきた。律もその後に続く。 アンサンブルメンバーがいつもよりもかなり早く集まったということは、それだけだれもがファイナルに向けて気合いが入っているというところなのだろう。 大地は、これならば、優勝が出来るかもしれないと思う。 かなでがいれば、優勝は本当に夢ではないと思う。 既に手を伸ばせば、届くところまで夢がやってきているのだ。 本当に後少しなのだ。 後少しだけ手を伸ばすことが出来たのならば、夢を叶えることが可能なのだ。 夢を叶えたい。 いいや、叶えたいのではなくて、叶えられるレベルなのだ。 夢が本当に直ぐそこにあるのだ。 それを夢見させてくれるのは、かなでしかいない。 大地は熱いまなざしをかなでに向けずにはいられない。 「じゃあ練習を始めようか」 「はい」 律の号令で、アンサンブル演奏に集中する。 かなでのヴァイオリンの音色を支えられたら良い。 本当にそれだけで良い。 かなでの音色を支えるように、寄り添うように、大地はヴィオラを奏でる。 アンサンブル以外でも、こうしてかなでに寄り添い、支えられたら良いのにと、大地は思わずにはいられなかった。 午前中はかなりみっちりと練習をした。 本当にクタクタになるほどにだ。 そのせいか、お腹がとても空いた。 かなではと言えば、相変わらず美味しそうなお弁当を作ってきている。 夏場だからか、スタミナがつくようなものばかりだった。 かなり美味しそうなメニューだ。 夏野菜を使った肉じゃが、豚の生姜焼き、疲労がきちんと取れるメニューになっている。 ヴァイオリンに才能がなければ、栄養士になれば成功するだろうと、大地が思ってしまうほどだ。 きちんと痛まない対策もされていて、保冷バッグに入れられているのは流石だというところだろうか。 「ひなちゃん、後でデザートがあるけれど食べる?」 「え!? デザートですか!」 デザートの話をすると、まるでモモが、ミルキーガムを待っているかのような表情をする。 本当に可愛い。 アイスクリームよりも甘い表情だ。 「頂きものだけれどね」 「大地、オレにはないのか?」 響也は少しばかり興奮気味だ。 「あるよ。ただし選ぶ権利はひなちゃんだよ」 「ったく、オレはオマケかよ」 その通りだと思いながら、大地は含み笑いをした。 かなでがクーラーボックスを覗いて、嬉しそうに声を上げる。 「わあ! これ高級アイスクリームだあ。えっと、やっぱりストロベリー」 かなでは嬉しそうにアイスクリームを手に取ると、これまたミルキーガムを咥えて喜ぶモモと同じように興奮しながら食べる。 本当に可愛い。 お約束にも、やはり唇の横にアイスを着けている。 「ひなちゃん、唇の横にアイス」 「あっ!?」 恥ずかしそうにするかなでがジタバタする姿が可愛くて、大地は思わず目を細める。 これは特権。 この顔を見たいから、また大地はえこひいきを繰り返す。 とっておきの甘い表情を見つめるために。 |