*恋するひまわり*


 副部長は雑用が多い。

 特に部長がカリスマ性を持っているとだ。

 だが、律を支えるのは悪くないと思っているし、冷静に部全体を把握するのも嫌いじゃない。

 部長がカリスマと実力が伴った人物だからこそ、自分のような副部長がいるのだと。

 とはいえ、まるで中間管理職のように細々とした雑用が多い。

 部活動が終わった後の、戸締まりがそうだ。

「残りは第一音楽室だけか…」

 大地が第一音楽室に向かうと、そこからヴァイオリンの音色が聞こえた。

 差し込む夕陽と同じように落ち着いた優しさがある澄んだ音色。

 大地には誰のものか直ぐに解った。

 また最後まで練習している。

「…全く熱心だね…。真直ぐ素直だからこそ、出来るのだろうね…」

 大地は音楽室のドアをそっと開ける。

 声を掛けようと、口を開いた時だった。

 かなでの姿が目に入ってくるなり、大地は息を飲む。

 なんて美しいのだろうか。

 柔らかな黄金色の夕陽に照らされながら、かなでは目を閉じてヴァイオリンを弾いていた。

 目を閉じて、無心で、ヴァイオリンだけに集中している。

 大地が音楽室に入って来たことなど、全く気付いてはいないようだった。

 無心に目を閉じヴァイオリンを奏でるかなでが、一瞬、音楽を司る女神に見えた。

 夕陽のスポットライトを浴びて、清らかに輝いている。

 こんなにも綺麗な女の子を見たことはないと、大地は思った。

 暫く見つめていたい。

 大地は自分のやるべきことをすっかり忘れてしまったままで、ただ、ただ、かなでを見つめていた。

 こんなに綺麗な姿は初めてだ。

 ヴァイオリンを奏で終わると、かなでは夢から覚めたようなうっとりとした瞳を開けた。

「あ、榊先輩っ!?」

 大地の存在にようやく気付いて、かなでは慌てて頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ! もうすぐ、学校が閉まってしまいますね!?」

 かなではあたふたとヴァイオリンの後片付けをしている。

 いつものかなでの姿に、大地は穏やかな気持ちになり、フッと笑顔を浮かべた。

「ひなちゃんが最後だよ。帰る支度をして。戸締まりをするから」

「はいっ」

 かなでは慌てて片付けて音楽室を出た。

 大地はかなでが教室から出たことを確認してから、戸締まりをする。

「ひなちゃん、今日の練習は終わりだ。一緒に帰ろう」

「はいっ、有り難うございます」

 かなでは、まるで昇りたての太陽のように輝かしい笑顔を大地に向けてくれる。

 なんて可愛いのだろうかと思った。

 ふたりで部室に荷物を置きに行き、鍵を職員室に返しにいく。

「じゃあ行こうか」

「はい」

 眩しいぐらいの光を浴びながら、ふたりは肩を並べてのんびりと歩いていく。

「ひなちゃん、毎日、練習よく頑張るね」

「ヴァイオリンをもっと上手くなりたいんです。もっと素敵なヴァイオリンの音色を奏でたいんです。それに、全国大会には是非、優勝したいですから!」

 かなでは太陽に向かって明るい笑顔でしっかりと言った。

 その横顔が輝いていてドキリとする。

 真剣に目標に向かっていく女性は、なんて綺麗で輝いているのだろうかと思った。

 自分も同じものを目指しているのが、とても嬉しくて堪らない。

「そうだね。全国大会優勝に向けて頑張ろう!」

 ずっと温めてきた目標が、更に宝石のようにキラキラと輝いている。

 何よりも素晴らしい目標だと、大地は更に思える。

 今まではあくまでも夢だなんてシビアに思っていたこともあったが、決してそうではないということを、かなでに教えて貰った。

 かなでと一緒ならばきっと叶えられる。

 かなでなら夢を現実に出来る。

 その真直ぐな瞳を見るだけで、そう信じられる。

 かなでの瞳を見つめているだけで、胸が熱くなった。

「大地先輩、私、学院に来て良かった!」

 かなでの声は弾んでいて、未来まで輝いているような気分になった。

 宝石よりも美しく輝いているかなでを見ているだけで、心が苦しくなるほどに甘くて幸せな想いが滲んできた。

 華奢な躰で、心許無いのに、何処からその力が出るのだろうか。

 そのまま抱き締めたら折れてしまいそうなのに。

 そこまで考えたところで、大地はハッとする。

 抱き締めたい----

 そんなことを女の子に対して思ったことはないのに。

「頑張りましょう、大地先輩」

 かなではキラキラと輝いた状態で、大地を真直ぐ見つめてくる。

 大地を信頼してくれている。

 まなざしでそれが感じられる。

 その清々しい美しさに、大地はドキリとさせられた。

「あ、そうだね。頑張ろう、ひなちゃん」

「はいっ!」

 かなでとふたりで肩を並べて歩いていると、それだけで楽しくて幸せだ。

 このままずっと歩いていたくなる。

「あ! 向日葵ですよ! 綺麗」

 かなでは民家から見える向日葵を指差して、嬉しそうに笑う。

 向日葵を見つめて笑うかなでを見るだけで、胸が甘くなる。

「向日葵、大好きなの?」

「はい、大好きです。田舎には向日葵畑があって、とても綺麗なんですよ。だから待ち受けも向日葵なんです」

 かなでは自慢するように携帯電話の待受画像を見せてくれた。

「綺麗だね」

「はい!」

 かなでは笑顔で頷くと、目の前の向日葵をうっとりと見つめる。

「向日葵はいつも太陽だけを見つめていて、明るいところが大好きなんです。泣かなくていつも笑っているみたいだから、大好きなんです」

 向日葵を眺めるかなでは、まるで恋をしているかのようだ。

「花になるなら、向日葵になりたいです」

「ひなちゃんにあっているよ」

「有り難うございます」

 向日葵を見つめるかなでを見ていると、その恋するようなまなざしを少しでも自分に向けてくれたら良いのにと、思わずにはいられない。

「向日葵は太陽に恋をしているから、キラキラ輝いているのかもしれないですね」

「ずっと太陽だけを見つめている花だからね」

「はい!」

 かなでは向日葵をうっとりと堪能した後で、大地に向き直る。

「行きましょうか」

「そうだね」

 ふたりはまた歩き出す。

「大地先輩と向日葵をゆっくり見られたから、明日から頑張れます。有り難うございます」

 真直ぐ目標に向かって走っていく女性というのは、なんて美しいのだろうと思わずにはいられない。

 向日葵以上に輝いているかなでを見ていると、大地は魂から揺さぶられる。

 かなでがこれから見せてくれる夢物語を、最後まで見たくなる。

 全国大会優勝だけではなく、それ以上のものを見せてくれるのではないかと、思わずにはいられなかった。

 見逃さずに見つめていたい。

 太陽よりも輝いている向日葵をずっと見つめていたい。

 ならば、かなでの太陽になりたい。

 かなでの太陽になって、ずっと光を照らしてやりたい。

 大地は、かなでの横顔を見つめながら強く思った。

「大地先輩、いつも有り難うございます。先輩が最初に私を信じて下さったから、こうしていられます。だから、私、頑張ります」

「君に力があるからだよ。精一杯サポートするから、一緒に頑張ろう」

「はい! 頑張ります!」

 かなでの真直ぐな“頑張ります”は、世界一だと思う。

 眩しい真夏の空のように輝いて綺麗な瞳は、大地の心を捕らえて離さない。

 菩提樹寮に到着すると、大地は名残惜しい気分なった。

「ひなちゃん、さっきの向日葵の待受画像、俺にも貰えないかな」

「はい。大地先輩、携帯電話を出して下さい」

「うん」

「とっておきの。赤外線通信しましょう」

「解った」

 ふたりでお互いの携帯電話を向けて赤外線通信を行なう。

「有り難う、俺も待受画像にするよ」

「はい!」

 ふたりは笑顔で別れる。

 また明日。

 

 向日葵の花言葉は、“あなただけを見つめている。”

 その言葉の意味を気付くことが出来るまで、後少し。



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