*夏かんざし*


 大地と一緒に夏祭りの日、瑞島神社でアルバイトをすることになった。

 巫女の格好をするのは初めてだから、かなり緊張してしまう。

 ハルの祖母に巫女装束の着替えを手伝って貰う。

「小日向さん、学校を出たら、うちで巫女にならない?」

「え?」

 突然言われてしまい、かなでは目を丸くする。

「巫女装束がとても似合っているからね。是非、巫女に欲しいぐらいよ」

「有り難うございます」

 巫女姿を褒められて、嬉しくてしょうがない。

 心や躰が震えてしまうぐらいに。

 大地はこの姿を気に入ってくれるだろうか。

 気に入ってくれたら、こんなにも嬉しいことはないのに。

「きっと大地君もこの姿を気に入るでしょうね」

 ハルの祖母はにっこりと微笑んで目を細める。

 本当にそうなら良いのに。

 かなではほんのりと頬を染め上げながら、にっこりと笑った。

「そうだったら…嬉しいんですが…」

「大地君が女の子を連れてきてアルバイトをするのは初めてなのよ。毎年、ひとりでやっているから」

「…え…?」

 大地が連れてきた女の子は自分が初めて。

 耳の下が痛くなるぐらいに脈を刻む。

 まるで特別な女の子にでもなった気持ちになり、かなでは幸せで甘い気持ちになった。

 

 巫女装束に着替え終わり、御守りを取扱う社務所に向かう。

 既に大地が神主装束でスタンバイをしていた。

「ひなちゃん!」

 大地に熱いまなざしで見つめられて、何だかくすぐったい。

 上手く視線ん合わせることが出来なかった。

「…似合っているよ、巫女姿」

「有り難うございます」

 大地に褒められるのはとびきり嬉しいくせに、何だか恥ずかしくてたまらない。

 かなでははにかむように笑うと、大地をちらりと見た。

「じゃあ、御守りを沢山売りに行こうか」

「はい!」

 かなでは笑顔で返事をすると、御守りを売るコーナーに腰を下ろした。

 

 大地のところは相変わらず女性ばかり大盛況だ。

 学院の生徒はもちろんのこと、大学生、主婦、OLなど幅広い女性が群がっている。

 大地はフェミニストらしく、丁寧にかつ爽やかに接客をしている。

 そのせいかかなでの所には、あぶれてしまった男性陣がたまに来るぐらいだ。

 何だかつまらない。

 大地は接客に忙しくて、少しもこちらを見ようとはしてくれていない。

 それが痛い。

 満面の笑顔で、キラキラと輝きながら接客をする大地に、かなでは拗ねた想いを抱いていた。

 そんなにも眩しい笑顔を、他の女性に向けないで欲しい。

 そんなにも優しい態度で、彼女たちを接客しないで。

 私だけを見つめて欲しい。

 私だけが見つめていたい。

 どす黒い感情に支配されながら、かなでは益々苦い気分になっていった。

 

 今日のかなでは神聖で、本当に無垢な美しさを放っている。

 無垢で純潔を表現している巫女装束が、本当によく似合っている。

 かなでの内側からの美しくも前向きな気質を、より輝かせているように見えた。

 自分が触れてしまったら、かなでは汚れてしまうのではないかと思うぐらいに、ピュアな美しさを放っている。

 美しすぎて、綺麗すぎて、誰の目にも触れさせたくはない。

 かなでを独占したい。

 自分だけを見つめて欲しい。

 わがままなのは解ってはいるが、そう深く望まずにはいられなくなる。

 自分だけを見つめて欲しい。

 彼女だけを見つめていたい。

 大地はそればかりを考えてしまう。

 かなでを誰にも渡したくはない。

 かなで以外の女性なんて、誰も必要ないのにと、大地は思わずにはいられなかった。

 御守りを売るために持ち場につく。

 野郎どもが、かなでを眩しそうにあこがれるようなまなざしで見つめている。

 汚らわしいとすら思ってしまう。

 かなでを見つめて良いのは自分だけだ。

 誰にも見つめて欲しくない。

 大地は強い独占欲と、どす黒い嫉妬心を感じずにはいられなかった。

 かなでにちょっかいをかけるヤツを監視しなければならない。

 だが、次々とお馴染みさんも含めた女性客がやってきて、大地は接客に追われた。

 かなでと楽しくアルバイトをする希望も消えてしまった。

 ふとかなでを見ると、いつもとは違ってつまらなさそうな、不貞腐れたような表情をする。

 口を尖らせながら俯いた姿は、本当に愛らしかった。

 何処か女性客に対してジェラシーのようなものを滲ましている。

 嫉妬してくれていたら、こんなにも嬉しいことはないのにと、大地は思わずにはいられなかった。

 ちらりと見ると、かなでは一瞬驚いたように目を丸くする。

 嫉妬しているかなでのリアクションが可愛い。

 この後の自由時間が楽しみだと思った時だった。

「やぁ! 小日向さん!いや〜今年はついているなぁ。ステージの君も素敵だけれど、 巫女さんしている姿もなかなか」

 かなでに告白をした岡本が、デレデレとした表情を浮かべてやってくる。

 そんなまなざしでかなでを見るな。

 汚らわしい。

 大地は一気に嫉妬心と恋心がわき出てくるのを感じた。

大地はわざと割り込んで、交通安全の御守りを渡す。

「はい、お客様、ちょうど千円です」

「・・・は? なんだよ、榊。いきなり割り込むなよな。おまえ、女の子と話していたんじゃないのか?」

「ははっ、なんのことだ? それより、おまえはこれだろ?」

「・・・・・・・・交通安全?」

 岡本は苦虫を噛み潰したような顔になり、渋々ではあるがお金を払う。

 かなでには絶対に接客をさせない。

「岡本、夜道には気をつけろよ」

「・・・笑顔で言うな・・・。じゃあ、また話そうね、小日向さん」

 大地の言葉に、岡本は舌打ちをして立ち去った。

 かなでに変な虫を着ける気は更々なかった。

 暫く接客に勤しんだ後、大地たちはようやく交代時間を迎えた。

 これでかなでと一緒に夏祭りを楽しむことが出来る。

 大地はホッとしたと同時に笑顔で顔を綻ばせた。

 

 ようやく交代。大地が他の女性に笑顔を振り撒くのを、見なくても済む。

 それが嬉しかった。

 着替えに向かうと、ハルの祖母に手招きをされた。

「小日向さん、ちょっと」

「はい」

 手招きをされた部屋に入ると、白地に柔らかな空色が美しい朝顔の浴衣が用意されていた。

「今日、頑張ってくれたお礼よ。浴衣は娘のものだから、良かったら着ていって。返すのはいつでも良いから」

 ハルの祖母の気遣いが嬉しくて、かなでは思わず笑顔になった。

「有り難うございます。では、お言葉に甘えて、浴衣を着させて頂きますね」

 かなでは嬉しくてダンスをしたくなる。ハルの祖母は目を細めて優しい笑みを浮かべてくれていた。

 流石は和装は着慣れているせいもあり、ハルの祖母は手早く着付けてくれた。

 浴衣を着ると、ロマンティックな気分になるのは、自分が日本人だからだろうとかなでは思う。

「よく似合っているわよ。大地君も喜ぶでしょうね」

 ふふっと、甘くからかうように笑われてしまい、かなでは恥ずかしくなった。

「大地君はね、誰にでも同じだけ優しく出来るんだけれど、きちんと自分の中で線を引いてけじめをつけているのよ。特に女性にはね…。その線を越えるようなことは今までは一度もなかったんだけれど…」

 ハルの祖母はそこまで言ったところでかなでを見る。

 そのまなざしは柔らかくてとても温かかった。

「あなたが初めてね。大地くんが引いた線を越えたのは…。大地くんが女性にいくら微笑んでも、それは線を越えていないもの。あなたへの微笑みは本当に気持ちが籠っている。こちらも見ていて、それは分かるよ」

「…おばさん…」

 胸の奥に向日葵が咲いたように甘くて清々しくて、キュンとなるような感情が満たされる。

 かなでは、切なくて甘い感情に、どうして良いかが分からなかった。

「では行ってらっしゃい」

「はい。有り難うございます」

 かなでは祖母に見送られて、大地が待つ境内へと向かった。

 

 かなでがなかなかこちらにやってこない。

 何かあったのだろうか。

 かなで相手だと、つい過保護になってしまう。

 かなでの姿が見えて、声を掛けようとしたときだった。

「ひなちゃん…」

 かなでが清楚な浴衣姿ではにかみながら近付いてくる。

「ハルくんのおばあさんが是非にと言って下さったので…」

 恥ずかしそうに笑う姿も清々しくて、このまま抱き締めたくなる。

「ひなちゃん、似合っているよ」

「有り難うございます」

 照れくさそうに言うかなでは本当に色っぽいと大地は思う。

「懐も温まったし、寂しい想いをさせたお詫びにエスコートするよ」

 大地は手を差し延べると、かなでのちいさな手を包み込む。

「行こうか」

「はい」

 かなでが離れないように。

 そして離したくはないから。

 大地はただかなでだけを見つめる。

 周りなんて目に入らなかった。

 

 浴衣姿で大地と夏祭りを楽しめるなんて、こんな素敵なご褒美は他にはないとかなでは思う。

 今までで一番の夏祭りだと思う。

「わあ!」

 かなでは、アクセサリーの屋台に目が奪われる。

 キラキラ輝いていてとても綺麗だ。

 特に白い花のかんざしが綺麗で、かなでは思わずじっと見つめた。

 かんざしは千五百円。

 アルバイトをした後だから、今なら買える。

 かなでが買おうとして手を伸ばした瞬間、大地がかんざしを手に取った。

「え…?」

「いつも笑顔で頑張っているひなちゃんにご褒美だよ」

「有り難う…」

 大地は、かなでの髪を耳に掛けると、花のかんざしをそっと髪に差してくれた。

 泣き出したくなるぐらいに、震えるぐらいに嬉しくて、かなでは大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら、真直ぐ大地を見つめた。

 嬉しすぎて、ときめきすぎて、胸いっぱいになる。

 大地はかなでの頬をそっと撫でてくれる。

 指先が頬に触れるだけで、キュンと音を立てて胸が震えた。

 

 かなでの横顔を見ていると、本当に可愛い。

 綺麗で可愛くて、理想的な女の子だ。

 大地はかなでさえ見つめていられたら幸せだと思った。

「綺麗だね…」

「有り難うございます」

 頬を紅く染めて俯き加減で呟く姿は、なんて官能的なのだろうか。

 大地は、かなでに恋することは一生止められないだろうと思った。

 ふたりで手を繋いで賑やかに夏祭り。

 下駄がカランコロンと鳴るのも風情がある。

 ふと、夜風が吹いてきた。

 いつの間にか秋の匂いがする。

 もうすぐ熱い夏も終わり、大地のかけがえのない夏もクライマックスを迎える。

「…ファイナル、頑張ろう…ひなちゃん」

「はい」

 ふたりは夏の終わりを感じながら、ゆっくりと歩調を合わせていった。



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