鈍い青色でありながらも、春の空は清々しい。 昨日までは重い足取りだったひとたちが、はにかみながらも颯爽と歩き出す季節。 春はそんな時期だ。 春を象徴する、桜の花が咲き誇っている。 鈍色の光を通して輝く花は、切ないぐらいに美しい。 一瞬で咲いて、一気に散るからか、桜の花を見つめているだけで、胸がきゅんと締め付けられる。 まるで初恋のようだ。 昼間は透き通った桜色に見えるのに、夜は何故か白に見える。 それはまるで何かの喪に服しているとすら思えてしまう。 昼間の桜色は初々しい少女のようなのに、夜桜は艶やかな娼婦のように見える。 麗しき二面性。 夜と昼の顔が違うからこらこそ。惹かれてしまうのかもしれない。 桜がいよいよ盛りになり、子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚くも盛りの美しさを見せている。 菩提樹寮から見える桜も見事だけれども、今日は大地とお花見デートの約束をしていた。 年明けから、大地はかなり忙しくて、なかなかデートをすることが出来なかった。 大地も無事に進学が決まり、今は落ち着いている。 ようやくこぎ着けたデートなのだ。 大地には美味しいお弁当を食べて貰いたくて、かなでは朝から張り切ってお弁当を作る。 出汁焼き卵に、八幡巻き、銀鱈の西京焼き、鶏の照り焼きに、筑前煮の定番のおかずに、花見らしい海苔巻きと、可愛いおにぎり。甘いものは、桜餅を作った。 かなりのボリューム弁当であったから、かなでは朝から張り切って一生懸命作る。 ヴァイオリンと料理が、今のかなでには取り柄のものになっているから。 かなでは、可愛いキャラクターの御重にお弁当を詰めた後、出来る限り、自分も可愛くした上で、待ち合わせの場所に向かった。 待ち合わせは、元町公園の前。 横浜でも美しい桜が見られるということで有名な公園なのだ。 かなでは一生懸命荷物を持って、大地と約束をしている元町公園へと向かった。 桜が満開だというだけでつい、ウキウキとしてしまう。スキップすらしてしまいそうになる。 約束している元町公園に行くと、大地が既に待ってくれていた。 「ひなちゃん!」 かなでを見るなり、大地は直ぐに駆け寄ってくれる。 「重いだろう? 持つよ」 「有り難うございます」 大地にお弁当を持って貰うと、大切にされているのが実感出来て嬉しい。 「お弁当を作ってくれたんだね。有り難う」 「お花見だから、少し奮発しました」 「有り難う。とても楽しみだよ」 荷物を持ってはいないほうの手をしっかりと絡めてくれる。 かなでにはこれが嬉しい。 温かな春の陽射しを受けながら、手を繋いで花見に向かう。 それだけで春に相応しいウキウキとしたメロディが聞こえてくるような気がした。 「元町公園の桜も見事ですね! 目に美しいです!」 「そうだね」 元町公園の桜は、今や盛りの時期を迎えていた。 子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚げな満開の美しさだ。 ふたりは優しい光があたる場所にレジャーシートを敷くと、そこに腰を下ろして、お弁当も置いた。 「ひなちゃん、お弁当を食べ終わったら、横浜のとっておきの桜スポットを案内するから、楽しみにしていて」 「はい。有り難うございます、大地先輩。楽しみです!」 初めて迎える横浜の春で、どのようにロマンティックな花見が体験出来るのだろうか。 かなでは楽しみでしょうがない。 「お弁当を食べながら、桜をのんびりと眺めましょうか?」 「そうだね」 お弁当を広げて、ふたりはのんびりと食べる。 我ながら、今日はいつもよりもかなりお弁当が美味しいように、かなでには感じられる。 きっと美しい桜と、大好きな人がそばにいるからだろうと、かなでは思わずにはいられない。 「この出汁焼き卵は美味しいね。やっぱりひなちゃんは料理が旨いね」 「有り難うございます」 大好きなひとに褒められると、ほんのりと照れ臭いような気がする。 「こうして、ひなちゃんの作った美味しいお弁当を食べて、桜を見ていると良い気分になるのは確かだね」 大地が本当に幸せそうな表情を見せてくれるものだから、かなでもまた幸せな気分になる。 海苔巻きを食べている姿を見つめられて、かなでは恥ずかしくて堪らなくなった。 「ひなちゃん、唇の横に、お弁当が付いているよ」 大地は指先を伸ばすと、かなでの唇の横に付いていたご飯粒を取って、そのまま食べてしまう。 ドキドキするぐらいに官能的で、同時に恥ずかしい行為。 かなでは全身を真っ赤にさせながら、はにかむように大地を見た。 「君は本当に可愛いね」 大好きな大地に言われると、かなでは恥ずかしくて堪らなくなる。 こんなにもドキドキして恥ずかしいことは他にないと思ってしまう。 「美味しくて、君はとても可愛いよ」 大地にくすりと笑われてしまい、かなではただ俯くしかなかった。 「何だか、ひなちゃんとこうして寛いでいると、物凄く楽だなあって思うよ」 「そうですか…?」 「うん。とっても楽だって俺は思うけれどね。それだけひなちゃんが、俺をリラックスさせてくれているのかなって思うよ」 「有り難うございます」 かなではチラチラと、桜を見上げる大地を見つめる。 大地はうっとりとするぐらいに甘く整っている。 まるで外国の血を受け継いでいるひとのように、綺麗だ。 春の透き通る光と、桜がよく似合って、絵になるぐらいに綺麗だ。 桜よりもつい大地をじっと見つめてしまっていた。 「……どうしたの? 俺を見てた?」 大地に囁かれるだけで恥ずかしくて、飛び上がりたくなった。 「あ、あの……。大地先輩が、桜の精みたいに綺麗だなって思っていたんですよ……」 「俺には君のほうがずっと桜の精のようだと思うけれどね」 大地の言葉に、かなでは益々真っ赤になった。 「お腹がいっぱいだな。ご馳走さま。美味しかったよ」 大地はにっこりと笑うと、いきなりかなでの膝を枕にして寝転がる。 「……!!!」 余りに恥ずかしい展開にかなでは頭から湯気が出てしまうのではないかと自分でも思いながら、真っ赤なヒートポンプのようになってしまった。 眠っている大地に、桜の花びらが恋をしたように降りかかる。 キラキラとした宝石のようで、うっとりとしてしまうぐらいに綺麗だった。 つい柔らかな大地の髪を撫でてしまう」 優しい柔らかさに、かなではつい微笑んでしまう。 とても幸せな瞬間を、切り取ってこのまま保存したくなった。 お弁当のお礼にと、大地がとっておきだという桜並木に連れていってくれた。 既に夕暮れで、オレンジ色が本当に美しい。 綺麗でついうっとりとしてしまう。 「ここだよ、ひなちゃん」 「わあ!!」 港近くにある見事な桜のトンネルだ。 夕陽のオレンジが、桜の花に透き通って、本当に綺麗だった。 ついうっとりと見つめてしまう。 「綺麗だね……」 「はい」 ふたりで手を繋いで、桜のトンネルを潜り抜ける。 美しい春の奇跡。 かなでは大好きなひととしっかりと手を繋ぎながら、ただじっと麗しい桜の花びらを丁寧に見つめた。 こんなにロマンティックな気分に浸れるのは、なかなかない。 「大地先輩、有り難うございます。とても素敵な景色です」 「ひなちゃん、こっち向いて」 大地に顔を向けた瞬間に、唇を甘く奪われる。 オレンジと桜に彩られたキスは、甘い春の味がした。 |