*ワルツの伝説*


 学院祭のステージが終わり、かなではホッとしていた。

 かなでたちオーケストラ部にとっては、全国大会優勝の凱旋公演であり、律や大地と一緒に行なうラストステージでもあった。

 だからこそ気合いの入り方はかなりのもので、学院祭のラストの演目にもなった。

 外部からもかなりの観客がやってきて、学院祭は大いに盛り上がった。

「ひなちゃん、有り難う。無事にステージを務めることが出来た。君のお陰だ。感謝している」

「こちらこそ有り難うございます。大地先輩と一緒に演奏が出来たことがとても嬉しかったです」

「俺もだよ。有り難う」

 かなでは笑顔で応えると、大地に頭を深々と下げた。

 

 ステージ出演が終わると、華々しかった学院祭も終わる。

 今年は特に楽しかった。

 高校の文化祭が、こんなにも楽しくて賑やかなのも初めての経験だった。

 特に大地と一緒に、様々な模擬店を回ったのも楽しかった。

 大地と食べたたこ焼きが美味しかったと思いながら、かなではくすぐったい気分になった。

 とても楽しかったと思いながら、かなでが帰るための片付けをしている時だった。

「ひな、後夜祭があるんだけれど、参加する?」

「後夜祭!?」

 オーケストラ部の友人に言われて、かなでは目を丸くした。

とても楽しそうだから是非とも参加してみたい。

「ホントに!?」

「うん。しかもロマンティックだよー。後夜祭ではワルツを踊るんだ。後夜祭でワルツを踊ったカップルは、いつまでも幸せでいられるんだって!」

 かなではロマンティックな気分で胸が満たされる。

 何処の学校にもよくある伝説かもしれないが、恋をしているかなでには、とても素敵な伝説のように思える。

「ワルツか…。ロマンティック…」

 かなでがうっとりと呟くと、友人がからかうように笑う。

「榊先輩と参加したら?」

 友人に言われて、かなではドキドキしてきた。

 大地とダンスをすればさぞかしロマンティックなことだろう。

 夢見心地の時間が過ごせるのには違いない。

 だが、かなではワルツなんて踊ることが出来ない。

「…ワルツなんて踊れないし…」

「大丈夫だって! ああいうものは雰囲気なんだから!」

 友人はカラッとした態度で言ってくれる。

「そうかな」

「そうだよ」

 友人の明るい勢いに押されて、かなではその気になってくる。

「うん。大地先輩に訊いてみるよ」

「ひな、男性から申し込むものだよ」

「…そ、そうなんだ…」

 恋人同士だけれども、申し込みを待つとなると、かなでは不安になる。

 申し込まれなかったらどうしようか。

 そればかりを考えてしまう。

「ひな、ドレスある?」

「寮に帰れば…」

「だったら直ぐに着替えおいでよ。髪には何も着けたらダメだよ。コサージュをプレゼントされるのが習わしなんだ」

「う、うん」

 大地は本当にコサージュを用意してくれているだろうか。

 かなでは益々不安になった。

「大丈夫だよ! 先ずはドレスに着替えておいで!」

 友人に力強く大丈夫だと言われると安心するのが不思議だ。

 その気になってきたと、かなでは思う。

「有り難う! じゃあ着替えて来る!」

「いってらっしゃい!」

 学院から寮までは、歩いても五分ほどだ。

 ドレスを着替えて来るぐらいなら、三十分もかからない。

 だったら充分に間に合う。

 かなでは寮の自室に戻ると、直ぐにドレスに着替えた。

 ヒールもドレスも、総て円城寺姉弟に貰ったものだし、大地にも既に披露している。

 だがドレスはこれしか持っていないのでしょうがない。

 かなではドレスに着替えて、バッグだけを替えると、学院に戻った。

 

「ひな! 来た、来た」

 友人たちも既に着替えていた。皆、華やいでいてとても可愛い。

 友人のひとりが、かなでの唇をじっと見つめて来た。

「ひな、リップも塗らないの?」

「薬用リップなら塗っているよ?」

「違うよ。せめて色付くリップぐらいは塗りなよ。ひなはお肌が綺麗だから、ファンデーションを塗る必要はないけれど、マスカラとリップぐらいはしたら? 折角、大好きな先輩とワルツを踊るんだからさ」

「う、うん…」

 友人が素早くピンクのリップグロスを塗ってくれ、その後にビューラーで睫毛を上げて、マスカラを塗ってくれる。

「これだけでも随分と変わったよ! うん! 大地先輩も更に可愛いって連発してくれるのに、間違いはないよ」

「あ、有り難う」

 本当にそうだったら、こんなにも嬉しいことはないのに。

 それよりも以前に、大地がかなでをワルツに誘ってくれるのかという問題がある。

 大地のことだから、ワルツを誘ってくれるのならば、事前に言ってくれている筈なのだが。

 かなではふと不安になり、思わず落ち込んでしまった。

「皆は既に約束をしているの?」

 かなでが恐る恐る訊いてみると、友人たちは遠慮がちに頷いた。

 ならば誘われないかもしれない。

 かなでは益々暗い気分になってしまった。

 こんなことぐらいで大地を嫌いになるなんてことは有り得ないけれども、やはり切なくて寂しいのは事実だ。

 かなでは友人の手前である以上は、何とか笑っていられるように努力した。

 学院のエントランス前には、既に沢山の女の子たちがいる。

 かなり広いエントランスを開放して、ワルツ会場にしているのだ。

 次々に女の子がエスコートされて、中に入っていく。

 かなではあぶれ者になったような気分だった。

 大好きなコーンスナックのピーナツにでもなったような気分だった。

 諦めようか。

 そう思った時だった。

「小日向さん!」

 声を掛けられて顔を上げると、そこにはかつて告白をしてくれた岡本がいた。

「小日向さん! ひょっとしてワルツのお相手がいないの? だったら俺と…」

 岡本がそこまで言った時だった。

「岡本、ひなちゃんにちょっかいを出すな。ひなちゃんは俺のパートナーだ」

 大地の凜とした大人びた声が聞こえて、かなでは思わず目を凝らした。

 そこにはピシリとスーツで決めた大地がいる。

 大地は身長が高いせいか、本当にスーツが似合っている。

 素敵過ぎてドキドキしてしまい、かなでは思わず頬を紅潮させた。

「ひなちゃん、ワルツのパートナーになって下さいますか?」

 大地はまるで騎士のように跪くと、かなでに薄いグリーンが綺麗なコサージュを捧げてくれた。

 本当に夢見ているようだ。

 かなでは感動する余りに泣き笑いの表情をしながら、コサージュを受け取った。

「喜んで」

 大地は嬉しそうな笑みを送ると、かなでに手を差し出す。

「コサージュを着けさせてくれないか?」

 大地の申し出に、かなでは快く受ける。

 すると大地は器用に髪にコサージュを着けてくれた。

「有り難う…」

「じゃあ行こうか」

「はい」

 かなでは大地にエスコートされて、ワルツの会場に入る。

「君の友達に協力して貰ったんだよ」

 大地はウィンクをしながら微笑む。

 友情にかなではつい感激してしまった。

「さあ、ワルツを踊ろう」

「はい!」

 かなでは大地に手を取って貰いながら、とっておきのワルツを踊る。

 ロマンティックで素晴らしくて、いつまでも踊っていたいと、かなでは思った。

 ワルツを踊ったカップルが必ず結ばれる。

 このジンクスはきっとリアルだ。

 かなでは強く思う。

「ひなちゃん、俺たちも伝説に加わりたいね」

「はい!」

 かなでは笑顔で頷くと、ワルツに酔い痴れていた。



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