*風邪引き*


 週末の大地とのデートを楽しみにしていたのに、そういうわけにはいかなくなった。

 風邪を引いてしまい、かなり躰が重い。

 このままでは大地に風邪を移してしまうから、予定をキャンセルすることにした。

 携帯電話にのろのろと手を伸ばして、かなでは大地に連絡をする。

「大地先輩、かなでです」

「凄い声だね。大丈夫? 風邪引いているの?」

「どうもそうみたいです…。楽しみにしていたデートなんですけれど…」

 かなでは自分からはキャンセルすることが言えない。

 何だか切なくて辛くなるから。

「…ひなちゃん…、デートはしょうがないね…。この状態だと、ヒトゴミには行かないほうが良いね…」

「…はい…。楽しみにしていたんですけれど…」

 かなでは言葉の端々に悔しさと切なさを滲ませながら呟いた。

 それが伝わったのか、大地は静かに微笑む息遣いを感じた。

「解ったよ。俺も君にあえなくなるのが辛いからね…。どうだろうか、俺が君の看病に行くっていうのは…」

「良いんですか?」

 大地に看病して貰えるなんて、そのへんの薬よりもずっとずっと効くかもしれない。

「どうかな」

「…看病して欲しい…デス…」

 かなでは素直に自分の気持ちを伝えると、熱があり顔が更に熱くなった。

「…うん。解ったよ。そちらに行くから待っていて。何か食べたいものとかはあるかな?」

「冷たいものが…」

「解った。口の中がひんやりしてさっぱりするものを買って来るよ」

「はい」

 かなでは、ホッとするのと同時に、躰から力が抜けてゆくような気がした。

「じゃあゆっくりと寝ていて。直ぐに行くから」

「有り難う。ごめんなさい」

「当たり前だ。お互い様だからね。ひなちゃんはもっと甘えてくれたって構わないんだからね」

 大地の優しくて蜂蜜のように甘い言葉が、かなでを蕩かせる。

 とてもスウィートで幸せな感情が込み上げてきた。

「じゃあ眠っていて。また、後で…」

「はい…」

 大地の電話が切れた後、かなではほわほわとした幸せな気分になる。

 熱があるから、いつもよりもふわふわとした気分にはなってはいるが、何だか幸せな気分だった。

 大地には合鍵を渡しているから、このまま眠っていても大丈夫だ。

 かなでは安堵の中で、うつらうつらと眠り始めた。

 

 大地は途中で冷たいフルーツゼリーと、リンゴやみかんといったフルーツ、そして風邪薬を買ってかなでの家に向かった。

 かなでは遠く親元を離れて一人暮らしをしているから、出来る限りの手助けはしてあげたかった。

 大地がかなでの家に到着すると、中はかなり静まり返っていた。

 シンミリとしている。

 何だかいつものような華やかさや温かさを感じられない。

 それは紛れもなく、かなでが寝込んでいるからに違いないだろう。

 大地はそっとかなでのそばに近付く。

 するとかなでが顔色が悪いままで眠っているのが解った。

 こうして顔を見ていると、かなではかなり風邪で苦しんでいるのが解る。

 ためらいがちにかなでの額に触れると、かなり熱かった。明らかにかなりの熱が出ている。

 大地はかなでを起こさないように気遣いながら、キッチンで氷枕を準備しそれを枕の下に敷き、冷たい水で漬けた手ぬぐいを固く絞って、かなでの額にあてがう。

 熱のせいでかなりの水分が失われているだろうから、大地はスポーツドリンクも用意をした。

 後はレトルトの粥を温める。

 栄養を少しでも取って貰いたくて、大地はレトルトの粥に、卵とネギを入れてアレンジをした。

 ここまで準備をした後、かなでのそばに行く。

 小さな手が心許無いと言っているかのように宙を彷徨っている。

 かなでの手をしっかりと握り締めてやると、大地はこまめに熱のチェックをした。

 かなでのそばにいて、今は少しでも寂しさや不安を消し去ってあげたかった。

 

 風邪で寝込んでいると、いつも寂しくて不安になる。

 なのに今日は全くそんな感じはない。

 それどころかゆったりと安堵した気持ちになる。

 誰かに見守られている。

 かなではそんな気分になっていた。

 だからだろうか。

 いつも熱を出している時よりもスムーズに目を開けることが出来た。

「…あ…。大地先輩…」

 目を開けると直ぐに、一番逢いたかったひとの、穏やかで優しい顔がある。

 とても素敵な顔だ。

「大丈夫かな? ひなちゃん」

 ひんやりとした手のひらが熱い頬にあてがわれて、かなではホッと溜め息を吐いた。

 大地の大きな手のひらが冷たくてちょうど良い。

 かなでは思わず、その手に自分の手を重ね合わせた。

「気持ちが良いです…。大地先輩…」

「…うん…。かなり熱があるみたいだね…。ひなちゃん、気をつけないと…」

「はい…」

 大地が心配そうに顔を覗き込んでくれている。

 心配してくれるひとがこんなにも身近にいることが、今のかなでには幸せだった。

「ひなちゃん、少し食べて薬を飲もうか。栄養をきちんとつけて、薬を飲んで、眠れば、良くなるからね」

「はい…」

 大地の優しさや心遣いが胸にジンと染みて、かなでは泣きそうなくらいに幸せな気分になる。

「…風邪って飲んだら直ぐに治る薬って出来ないんでしょうか」

「出来たらノーベル賞ものだよ」

 大地は苦笑いを浮かべながら言うと、かなでの手の甲を擦ってくれる。

 大好きなひとに看病されるなんて、最高に幸せだ。

 直ぐに治ってしまったら、その幸せがなくなってしまう。

「やっぱり…、風邪の特効薬やいらないですね…?」

「どうして?」

「だって…、看病される幸せがなくなってしまうんですから…」

 かなでの言葉に、大地もまた笑顔で同意をした。

「それはそうだね。確かに看病をするほうは、ずっと看病をしたいと思っているからね」

「そうですよね」

 ふたりは風邪の特効薬が出来ないのは、きっと研究者自体が、研究をしたくないからかもしれないなんて、つい考えてしまう。

 看病は愛を確かめ合う行為でもあるからだ。

「ひなちゃん、栄養満点のお粥を作ったから食べようか。作ったって言っても、本当はレトルトの粥をアレンジしただけなんだけれどね。後は、冷たいゼリーがあるから、これを食べようか」

「はい…」

 いつも以上に甘やかせてくれるのが嬉しくて、かなではつい笑みになった。

 大地はかいがいしく、まるでかなでを子供のように扱う。

 お粥は冷ましてから、かなでに「あーん」と蓮華を口に持ってきてくれる。

 かなり恥ずかしいのだけれど、それでもやっぱり幸せで。

 普通は風邪を引いてしまうと、憂鬱で堪らないのだが、今日に限っては、もっと風邪を引いていたいと思うぐらいに幸せだ。

 お粥を食べた後はゼリーを食べられた。

 殆ど何も食べられなかったのに、こうして食べられるようになったのが、かなでには嬉しい。

 これも大地の魔法だ。

「さてと。ご飯を食べたら、今度はしっかりと風邪薬を飲んで貰わなければならないね」

「…そ、ですね」

 大地は即効性が期待出来る液体の風邪薬を差し出してくれ、かなではそれを飲んだ。

「これで大丈夫だよ。明日の朝にはケロッとしているよ」

 大地は笑顔で保証をすると、かなでの食べた後片付けを始める。

 もう帰ってしまうのだろうか。

 大地が片付けを終える頃には、かなでは切なくて堪らなくなっていた。

「大地先輩…帰るの?」

 かなでが思い切り手を握り締めると、大地はギュッと抱き締めてくれた。

「行かないよ。そばにいる。君が治るまで」

 大地の優しい言葉にかなでは笑顔になる。

 やはり、特効薬は大地だった。




Top