*恋花火*


 横浜も花火大会の季節になった。

 週末の三連休の初日に、港を舞台にした大規模な花火大会があるのだ。

 かなでも、大地と一緒に見に行く約束をしている。

 毎年楽しみにしている花火大会。

 今年は横浜で迎える。

 田舎にいた頃は、花火大会と言えば、友人たちとわいわい言いながらの参加していたから、服を着て行くことが多いのだが、今年は浴衣にした。

 大好きな向日葵の柄だ。

 やはり、大好きなひとには大和撫子ぶりを見せたいところでもある。

 かなでは、本格的に浴衣を着る。

 帯も兵児帯やワンタッチタイプのものではなくて、きちんと結んだ。

 浴衣の着付けは祖母に習ったので、簡単な帯ぐらいは結べる。

 髪は後れ毛が出る低度に纏める。短いなりのアレンジはあるものだ。

 花火大会の後に、大地と一緒に手を繋いで帰るのも嬉しいと思った。

 花火大会デートの計画を立てるだけで幸せな気分になれる。

 愛する大地と一緒に過ごすこてが出来るのだから。

 浴衣の準備にはかなり手間取ったが、何とか整い、かなでは大地との待ち合わせ場所に向かう。

 桐の下駄は軽くて、意外なくらいに履きやすかった。

 鼻緒の部分は痛かったけれども、気になるのは本当にそれぐらいだった。

 華やいだ気持ちで、ほんのりとドキドキしながら大地を待つと、颯爽とやってきた。

「ひなちゃん、お待たせ」

「大地先輩!」

 大地は流石だと思うぐらいに、見事に浴衣を着こなしている。

 爽やかな色香に、かなでは思わず見惚れてしまった。

 渋い茶の浴衣が本当に似合っている。

 大地は着物のモデルをしても、十分に通じるのではないかと思った。

「ひなちゃん、凄く似合っているよ。向日葵の柄がとてもね」

 大地にウィンクをされて、かなでは嬉しさとドキドキで、つい頬を赤らめてしまう。

 こんな気持ちにさせてくれるのは、大地だけなのだ。

「…大地先輩もとても素敵です」

 かなでが素直に見たままのことを言うと、大地は甘く微笑んでくれた。

「有り難う」

 大地はかなでの手をそっと取ると、しっかりと握り締めてくれる。

「…有り難う…」

「迷子にならないようにね。お互いに」

「はい」

 かなでもまた、大地の手をしっかりと握り締めて、離れないようにした。

 かなでは大地とふたりで、ゆっくりと花火大会に向かう。

 流石にかなりの人だ。

「凄いひとですね」

「うん。だけど、俺は地元の特権で良い席で見られるからね。ちゃんと、優待チケットを貰ったから」

「有り難うございます」

 流石は地元ではかなり顔が知れている大地なだけはあると、かなでは思わずにはいられなかった。

 屋台でたこ焼きやイカ焼き、焼きそばなどを買って、ふたりは席に着く。

「こうやって屋台の食べ物を食べながら見る花火は最高ですね」

「そうだね。俺もそう思っているよ」

「嬉しいです」

 かなでが笑顔で答えると、大地もまた笑顔になる。

 本当に良い笑顔だと、思わずにはいられない。

 かなでは、焼きそばよりも花火よりも、大地の笑顔こそが美味しいと思わずにはいられなかった。

「…ひなちゃん、始まるよ…」

「はい」

 焼きそばを食べるのに夢中になってしまい、かなでは慌てて夜空を見上げた。

「ひなちゃん、ついているよ」

大地がまるで妹を見るかのように、柔らかな笑顔をかなでに向けてくれる。

「えっ?」

 かなでが思わず顔を上げると、大地はしょうがないとばかりの顔をしながら、顔をちかづけてきた。

 キスするような近くに顔を近付けられたかと思うと、大地はかなでの唇の端についていた、焼きそばのかけらを自らの唇で取ってしまった。

「…あ…」

 余りにもの大胆な行動に、かなでは恥ずかしくて視線を伏せた。

「取り終わったよ、ひなちゃん。さあ、花火を見ようか」

「…はいっ」

 恥ずかしくてかなでは堪らなくて、大地をまともに見ることが出来なかった。

 夜空に視線を向けて、見事な花火を見つめる。

 漆黒の空に咲く星花火は、なんて美しいのかもだろうか。

 綺麗過ぎて、かなではただ真直ぐ見つめた。

「…ひなちゃん」

 大地に声を掛けられて、手を握られる。

「こんなに花火に夢中になっている君を見つめると、妬けてしまうね」

「え…?」

 かなでが一瞬、大地を見上げると、フッと甘い笑みを浮かべられる。

 大地が笑みを浮かべた瞬間、花火が夜空に舞い上がり、それがスポットライトになって、ふたりを照らしている。

 本当に綺麗で、妖艶で、かなではついうっとりと見つめてしまった。

 いつか肝試しに行った時の、あのドキドキしてしまうような美しさがある。

 花火よりも大地から目が離せなくて、かなでは真直ぐ見つめた。

 頬が熱くなる。

 全身も。

 かなでは恥ずかしくて、つい俯いてしまう。

 すると、大地に肩を抱かれて引き寄せられた。

「…あ…」

「そんなに色っぽい顔はしないの。ひなちゃんをこのまま抱き締めて壊したくなる」

 情熱的な言葉を囁かれて、かなでは喉がからからになるのに。全身が潤うのを感じた。

 大地は再び花火を見始める。

 かなでもドキドキしながら花火を見た。

 夜空の花火よりも何よりもロマンティックなものがそばにある。

 大地がそばにいる限りは、ロマンティックは枯れないだろうと、かなではつくづく思った。

 それぐらいに、沢山のロマンティックが溢れている。

 大地のそばにいれば、ロマンティックが枯れることなんてないだろうと、かなでは思わずにはいられなかった。

 

 大地のそばにいられたら、どんなシチュエーションでもロマンティックを感じられるのだということを、かなでは改めて思った。

 花火と大好きなひとがくれたロマンティック。

 これがあれば、また、素晴らしいヴァイオリンを奏でることが出来るのではないかと、かなでは思わずにはいられなかった。

 いよいよラストのナイアガラが打ち上げられる。

 圧巻なまでの見事な花火だ。

 かなでは大地に総てを預けるように寄り添いながら、素晴らしい夜空のショーを堪能したのは、言うまでもなかった。

 ナイアガラが終わると、花火大会終了なアナウンスが流れる。

 これで美しくも儚い夏のショーはお終いだ。

「…終わってしまいましたね…」

「…終わったね…」

 夜空を見上げるながら、かなでは寂しくて切なくて胸が締め付けられそうになる。

 それはまるで、子供の頃に遊園地に行った後の、切ないがっかり感に似ていた。

 何処かノスタルジックな気分になった。

「…帰ろうか…。ここからなら、歩いて帰れるからね。これが地元民の特典かな?」

「そうですね…」

 かなでは静かに頷くと、そっと立ち上がった。

 ふたりでしっかりと手を繋いだままで歩き出す。

 花火の後で、こうして夜道をのんびりと手を繋いで帰る。

 これもまた醍醐味だと、かなでは思わずにはいられなかった。

 夜空を見上げると、今度は綺麗な星が見える。

「今夜は晴れて良かったね」

「はい」

 ふたりはただ手を繋いで歩いているだけで、幸せだと思った。

 途中のコンビニでアイスコーヒーを購入し、ふたりは飲みながら、本当にゆっくりとしたリズムで歩いてゆく。

「今日の花火大会、とても良かった。来年も、再来年も、ずっと一緒に見に行こう」

 来年も再来年もずっと…。

 かなでもずっとそうしたくて、柔らかく頷いた。

「じゃあ、約束をしようか」

「はい」

 大地は立ち止まると、かなでの頬を両手で柔らかく包み込む。

 そのまま顔が近付いてきて、ロマンティックなキスが唇に下りて来る。

 かなではキスに酔い痴れながら、約束は必ず叶えられると確信していた。



Top