いつも横浜にいて田舎に帰らないものだから、お正月ぐらいはと、かなでは田舎へと帰る。 田舎でのんびりとするのもなかなか良いものではあるのだが、やはり大好きなひとと逢えないのが切ないところだ。 かなでは携帯電話を握り締めて、お正月になった瞬間に、おめでとうコールをしようかと思っていた。 だが、ニュースを見ていると、おめでとうコールは大変繋がり難いということが伝えられている。 新年の最初には話をするのは、大好きなひとでありたいのに、なかなか上手くいかないものだ。 特に家族と他愛のない話をすることになれば、恋する乙女にはほんのりと切ない気分になる。 甘くない。 そんな雰囲気だ。 年末のクラシック特番を見ながら、かなではドキドキする。 クラシック特番といっても、あくまで公共放送で、民放でやっているジルベスターコンサートなんて、ネットすらされないのだ。 大地といち早く話がしたい。 そんなわがままな感情をつい持ってしまう自分がいるのだ。 本当に、切ない。 かといって横浜にも残れなかったので、しょうがないのだが。 家族から、二年参りの誘いも受けたのだが、大地に電話がしたくて、断ってしまった。 恋が罪であるという意味を、ようやく理解することが出来た。 かなでがひとり留守番ということになる。 たまにしか会えない家族なのに不義理をしてしまっただろうか。 そんなことをぼんやりと思いながら、かなでは膝を抱えた。 忙しいだろう大地に、電話ばかりして困らせてはいけないと思い、おめでとうコール以外は我慢しようと決めていたこともあり、余計に電話をしたくなる。 新年に変わる少し前から電話をしておけば、新年初めて話す相手が大地になるだろうか。 そんなことをかなではつい考えてしまっていた。 かなでが田舎に帰ってしまった。 大地の誕生日の翌日に、かなでは帰省してしまい、何だか手持ちぶさたな気分だ。 普段はこんなにも毎日逢っているわけではないのに、どうして冬のホリディシーズンを迎えると、こんなにも逢いたくなるのだろうか。 しかもかなでからは一切連絡がない。 それが大地には淋しくてしょうがなかった。 かなでに何度も電話をすれば、きっと迷惑をかけるだろうし、何よりも家族の団欒を邪魔してしまうことになる。 それは大地にとっては嫌なことだった。 だからこそこちらからは電話をしなかった。 とはいえ、物理的な距離が遠いのは解っているから、余計に声が聞きたいと思ってしまう。 本当に恋心というのは複雑で難しいものだと思う。 かなでに逢いたい。 そればかりを思ってしまう。 かなでの声が聞きたい。 故郷で何をしていると言うのだろうか。 想像するだけで、かなでへの想いがより深くなる。 大地は医学書を読むものの、全く身に入らない。 恋は病だと言うが、本当にその通りなのだということを、大地はひしひしと感じた。 今から高速を飛ばしてかなでの故郷まで行けば、何時ぐらいに到着が出来るのだろうか。 免許を持っていて大地はこんなに良かったと思ったことはなかった。 大学に入ってから直ぐに免許を取っておいて良かったと思う。 かなではギリギリ高校生だから、まだまだオールで大地と過ごすわけにはいかないのだ。 だからこそ帰ったのではあるが、それを理解しようと思ったところで、寂しいのはしょうがなかった。 大地はとりあえずはしっかりと防寒して車に乗り込む。 眠気は全く起こらなかった。 帰る途中で眠くなるかもしれないからと、その対策に温かなコーヒー、帰りの眠気覚ましにスーパー銭湯などで過ごすかもしれないからと、その準備だけを持って、かなでの故郷へと向かった。 かなでは家族と炬燵に入りながら、お節の残りを食べながら、のんびりとしていた。 「かなで、本当はボーイフレンドと一緒に過ごしたかったんじゃないの?」 母親に冗談めかして言われて、ドキリとしてしまう。 「いつもヴァイオリンにばかりかまけているから、お正月ぐらいは田舎に帰らないと思ったんだよ」 「確かにね…。大学も横浜の大学にそのまま行くことになったものね」 「うん。ヴァイオリンをもっと勉強したいから。成績が良ければ、色々とチャンスがあるから」 「まあ、田舎の学校よりは当然、チャンスはあるからねえ」 母親はしみじみと言った後、かなでを笑顔で見た。 「それにあのイケメンのボーイフレンドがいるからじゃないの?」 図星を指摘されて、かなでは恥ずかしくて、つい真っ赤になってしまう。 「そ、それもあるけど」 「お母さんはかなでのボーイフレンドは気に入っているわよ。医学部だし爽やかだし、礼儀正しいし、イケメンだし。将来安泰で誠実でカッコいいなんて男、何処を探してもなかなか見つからないからね」 母親の言葉を聞いていると、かなでは恥ずかしくなってきた。 「…お母さん、もうっ」 「何恥ずかしがっているのよ。お母さんはもう一度逢いたいなあって、思っているんだけれどなあ。彼は良いわよ、彼は」 母親がこうして認めてくれているのは嬉しいが、逆に恥ずかしくなってなってしまった。 「あ、誰か来たのかな。車のヘッドライトが光っているよ」 「親戚かしらね」 「見てくるよ」 かなではこれ以上母親と一緒にいると、色々と根掘り葉掘り訊かれてしまうような気がしたから、とりあえず車を見に行くふりをして逃げた。 「もうすぐ十一時なのにこんな遅くに誰なのかな…」 半纏を着て、かなでは玄関をそっと開けた。 「…え…」 見ると、目の前にあるのは、見慣れた大地の車ではないか。 ちょうど車から降りてくる人影が見える。 「大地先輩…」 やはりかなでが大好きな大地が、車からゆっくりと降りてくる。 その姿に、かなでは思わず立ち尽くす。 「ひなちゃん!」 大地もかなでが玄関から出てきたタイミングに驚いているようだった。 「君に、新年の挨拶を一番にしたかったんだ…」 「…私も大地先輩に一番に挨拶をしたかったんです…」 ふたりは寒さが極まる中、心だけが温まるのを感じながら、ただはにかんだ笑顔で見つめあった。 「かなで、年越しそばはどうするの? どなたか親戚のひと…まあ!」 母親がキッチンからやってきて、玄関先の大地の姿を見つけるなり驚いた。 「まあ! いつもかなでがお世話になっています! かなで、ほら、中に入って貰って! 年越しそばもあるから!」 「う、うん」 母親の勢いに押されて、かなでは大地を部屋の中に招待する。 「どうぞ中に入って下さい」 母親は客間を直ぐに用意してくれ、暖房と炬燵のスイッチを入れてくれる。 「食べるものを直ぐに用意するわね。ふたりで話をしたいでしょうから、ここを使ってね」 母親は、かなでがずっと大地と新年最初に話をしたいと思っていたことを知っていたせいか、ふたりきりの環境を作ってくれたのだ。 「おかまいなく」 大地は言ったものの、かなでの母親は直ぐに年越しそばを準備してくれた。 ようやく落ち着いて、大地は苦笑いを浮かべた。 「ごめん、新年最初にひなちゃんと話がしたくて、こうして来てしまった」 「私も新年最初に大地先輩と話がしたかったんです」 お互いの心がしっかりと重なる。 年越しそばを食べ終わると、新しい年を迎える瞬間になる。 「ひなちゃん、あけましておめでとう。今年もよろしく」 「大地先輩、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」 静かな夜が新しい年になる。 ふたりは唇を軽く重ねると、新年初めてのキスを交わした。 |