*節分*


 節分と言えば、やはり恵方巻き。

 かなでは大好きなひとに、願いが叶う恵方巻きを、心を込めて作りたいと思う。

 豆撒きも楽しいけれども、料理に目覚めてからは、恵方巻きを作るのが楽しみになった。

 余り馴染みのない風習ではあったが、料理に興味が出始めた頃に知って、今や一端の恵方巻き研究家になってしまっている。

 大地には美味しい恵方巻きを食べて元気になって貰いたい。

 かなではそれだけを思って、節分の献立を考えた。

 

 節分の当日、かなでは大地を小さなアパートに招いた。

 ふたりで節分パーティをするのだ。

 朝から張り切って料理を作る。

 本当は、恵方巻きは買っても良かったのだが、やはり愛するひとには、手料理を作ってもてなしたいという思いが勝ってしまったのだ。

 それゆえに、朝から張り切っているのだ。

 恵方巻きは、海老にかんぴょうの煮たものや、キュウリ、穴子、卵などを入れて巻いてゆく。

 大地が一年間健康で素晴らしい年であるようにと、かなでは祈りを込めて作った。

 太巻き丸ごとと、食べ易い大きさに切ったものを用意する。

 茶碗蒸しは、恵方巻きで余った食材を上手に活用して作る。

 酢の物は、定番のキュウリ、ワカメ、蛸を使ったものを用意。

 吸い物は蛤にした。

 勿論、福豆の準備も忘れてはいない。

 美味しく、節分の食卓を彩りたかった。

 食事をぬかりなく作る。

 大地が美味しいと言ってくれるのを想像するだけで、かなでは嬉しくて堪らなくなる。

 大地が幸せな一年が送ることが出来るようにと、心を込めて料理をした。

 

 料理の準備も完了し、後は、大地がやってくるのを待つだけだ。

 待っているだけで、不思議と踊り出してしまうぐらいに、ワクワクしてしまう。

 かなでは大地がやってくるのを待つ。

 家でアットホームな節分を迎えたいからと、かなでは大地を部屋に誘ったが、少し大胆だったかもしれないとすら思いながら、大地を待った。

 だが、なかなかやってこない。

 早くオートロックを解除出来たら良いのにと、オートロックばかりを見てしまう。

 なかなか来ない。

 大地は医学生であるから、なかなかハードな学生生活を送っているのは解ってはいる。

 だから、スケジュールが上手くいかない部分はしょうがないと思っている。

 それにかなでも、学生ヴァイオリニストの駆け出しだから、大地に逆に迷惑をかけている部分もあるのだから、お互い様なのだ。

 しかし。

 こうしてイベントが絡んでしまうと、どうしてもわがままな期待が膨れ上がってしまう。

 何がなんでも早く帰ってきて欲しいだなんて、そんなことすら考えてしまう。

「大地先輩…早くきてくれないかなあ…」

 そんなことをついポツリと呟いてしまう。

 福豆におまけとして付いていた鬼の面を被ったりして、時間を紛らわせてしまう。

 こんなことをしていても、時間はなかなか過ぎるわけはなかったりする。

「遅いな…。遅い、遅い、遅いっ!」

 まるでイモムシのように、かなではゴロゴロと何度も部屋を転がって往復をしてしまう。

 忙しいことぐらいは、解っているけれども。

 ただ、たまのイベントの時は、早く来て欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。

 かなではつい溜め息を吐いた。

 早く来て欲しい。

 膝を抱えながら、子供のようにお面をして待った。

 すると、インターフォンが鳴り響く。

 かなでは慌てて、インターフォンに出た。

「はいっ」

「ひなちゃん、遅くなったね」

「はいっ!」

 かなでは慌ててオートロックを解除して、大地がやってくるのを待つ。

 わくわくする余りに、ステップを刻みそうになった。

 足音が聞こえて、改めてインターフォンが鳴る。

 かなでがドアを勢いよく開けると、そこには大地がびっくりしたように立っていた。

「…ひなちゃん…だよね?」

「はい。いらっしゃい、大地先輩」

 大地はかなでの顔を見るなり、突然、吹き出した。

「え? 大地先輩!?」

 どうして大地が吹き出したのかが分からなくて、かなではきょとんとしてしまった。

「ひなちゃん、鬼の面を着けたままだよ」

「あ、えっ!?」

 先ほどまで着けて遊んでいた鬼の面が、まさに着けっ放しだとは、思ってもみなかった。

 かなでは恥ずかしくて真っ赤になって、そのままお面を外す事が出来なくなってしまう。

「どうぞ、中に入って下さい」

 かなでが、鬼の面を外さないままで踵を返すと、部屋の中に入ってゆく。

「ひなちゃん、どうして鬼の面を外さないの?」

 大地は不思議そうに呟く。

「だって…恥ずかしいから」

 かなでが声を尻つぼみにしながら言うと、大地は手を取って握り締めてくる。

「鬼のひなちゃんも可愛いけれども、やっぱり素顔のひなちゃんが好きだけれどな、俺は」

 大地に甘い言葉を囁かれると、恥ずかしくてもつい鬼の面を取りたくなってしまう。

 そっと鬼の面を外す。

 真っ赤になった顔を見られてもしょうがない。

「やっぱり俺はこのひなちゃんが良いな」

「大地先輩」 

 かなでは嬉しくて、つい素直な笑顔を浮かべてしまう。

「大地先輩、色々と節分のご飯を作りましたよ。どうぞ」

 かなでがリビング兼ダイニングの小さな部屋に大地を通す。

 食卓にある、節分料理の数々に、大地は笑顔になった。

「凄いね! これ、全部、ひなちゃんが作った?」

「そうですよ。恵方巻き、市販のよりは落ちますが、心は沢山籠っていますから、食べましょうか」

「そうだね」

 かなでは仕上げに茶碗蒸しを蒸して、お吸い物を準備する。

「本格的で嬉しいよ」

 大地が喜んでくれるだけで、かなでは嬉しくてしょうがない。

「茶碗蒸しも出来ましたから、今から恵方に向いて、恵方巻きを食べましょうね」

「そうだね。食べようか」

 ふたりで笑顔になった後、恵方を方位磁石で調べてから、恵方巻きをかじる。

 何も言わずに、ただ願う。

 かなでの願いは、いつまでも大地と一緒にいられること。ヴァイオリニストとして、人々に感動を与えられるようになること。

 かなでの憧れのヴァイオリニストである、日野香穂子のように。

 そして、大地が整形外科医になれるように。大好きなひとの望みが叶うように。

 随分と欲張りだとは思ってはいたが、願わずにはいられなかった。

 黙って食べながら、ちらりと大地を見る。

 すると大地もまた、真剣に願っているようだった。

 お互いの願いが叶えば良いのにと、思わずにはいられなかった。

 ようやく食べ終わり、かなではホッとしてお茶を飲んだ。

「ひなちゃん、恵方巻き、美味しかったよ。これなら必ず願いは叶うだろうね」

「そうだと嬉しいです」

「だけど、今度は味わって食べたいね」

「そうですね」

 ふたりは今度はゆっくりと恵方巻きを食べる。

 美味しくて、つい笑顔になった。

「ひなちゃんはやっぱり良いお嫁さんになるね」

「有り難うゴザイマス」

 かなでは嬉しくて、つい真っ赤になってしまった。

 酢の物も茶碗蒸しも恵方巻きも、鰯も総て美味しく平らげたら、今度は、福豆を食べる。年の数だけ食べる。

 無病息災を祈って、今度は豆を楽しんで食べた。

「後は残っているのは豆撒きだけだね。今年の鬼は可愛い過ぎて、豆をぶつけたくはないだけれどね。俺は」

 そう言うなり、大地はかなでをギュッと抱き締める。

「こうして抱き締めているほうが良いな、俺は」

 大地は甘く囁くと、かなでを離さない。

 ふたりは豆撒きではなく、甘い時間を楽しんだ。

 春が間も無くやってくる。



Top