*怪我の功名*


 夏の熱気から秋のノスタルジーに変わると、やってくるのが体育祭。

 音楽科は自由参加ではあるが、響也に巻き込まれて、かなでも参加することになった。

 大好きなひとは普通科だから、もちろん参加している。

 大地は、救護班の班長も務めていて、高校最後の体育祭は忙しそうだ。

 かなでは救護班に女子が多いのが気にかかったが、仕方がないことだと自分自身に言い聞かせることにした。

 かなでが出場するのは、パン食い競争とムカデ競争、そして玉入れ。

 音楽科は出場人数が少ないために、幾つかの競技を掛け持ちをしなければならないのだ。

 響也はといえば、リレーと騎馬戦という、華やかな競技に参加する。

 どちらも大地が参加する競技と被っているので、どちらを応援するかは悩みどころだ。

 かなでが玉入れ競争に参加するために待機していると、大地がやってきた。

「ひなちゃん、調子はいかがかな?」

「大地先輩、ガンバリマス」

 かなでがわざと歯を見せて笑ってVサインをすると、大地は眩しいぐらいに爽やかな笑みを浮かべた。

「頑張れよ。ひなちゃんが出る競技だけは音楽科連合を応援するから」

「有り難うございます」

 大地に応援されたら百人力だ。競技にもしっかりと取り組めるというものだ。

「ひなちゃん、くれぐれもケガには気をつけるように。特に手首はダメだよ。膝小僧を擦り剥くぐらいだったら、救護班から俺が、直ぐに駆け付けて、手当てをするから」

 ウィンクをされて、かなではドキドキしてしまう。

 大地のウィンクはかなりの威力がある。

「あ、有り難うございますっ!」

 つい声をひっくり返らせながら言ってしまった。

「じゃあ頑張れよ。また、後で」

「は、はい…」

 大地の背中を見送りながら、今直ぐダンスをしてしまいたいぐらいに、嬉しくなってしまう。

 かなではにんまりと笑いながら、競技に供える。

「ヤッパリ榊先輩って、小日向ちゃんしか見えていないよねー。オケ部の後輩がこんなに沢山いるというのに、小日向ちゃんしか見ていない」

 友人が呆れ返るように言って溜め息を吐く。

「榊先輩って、小日向ちゃんに対してはかなり過保護だよねー。お父さんみたいな恋人なのかなあ」

 友人たちは何処か羨ましいような口振りで言いながら、かなでをからかう。

「さてと、私たちも玉入れで頑張ろうか、小日向ちゃん」

「うん!」

 かなではガッツポーズをして、みんなに頑張ることをアピールしてみせた。

 玉入れは、小学生に戻った気分になれて、とても楽しかった。

 かなでは小さな躰でピョンピョン跳ねながら、沢山の球を籠の中に入れていった。

 普通科には及ばなかったが、そこそこの結果が出て、かなでは満足だ。

 相変わらず大地のクラスがトップを走っている。

 午前中最大のハイライトは、最後の騎馬戦だ。

 これには大地も参加しているから、かなでも応援する。

「こればっかりは、小日向ちゃんは普通科を応援するか」

「榊先輩が出ているんだもんねー」

 みんなにツンツンと肩を小突かれるのが恥ずかしい。

「おい、かなで。音楽科をしっかりと応援しろよ!」

 響也にわざと言われてしまい、かなでも困ってしまう。

 音楽科も応援はしているが、やはり大好きなひとを一番に応援してしまう。

「うん、小さく応援しているよ。頑張って」

「何だ、小さくかよ」

 しょうがないとばかりに、響也が苦笑いを浮かべているのが印象的だった。

「ひなちゃん!」

 音楽科の中を掻き分けて、大地がやってくる。

 綺麗に筋肉がついている大地の理想的なスタイルを見るのは、ときめくのと同時に、恥ずかしくなってしまう。

「これから頑張ってくるよ」

「い、いっぱい、いっぱい、応援していますから」

 かなでが力強く言うと、大地は眩しいとばかりに目をスッと細めた。

「…一番応援してくれるかな?」

 甘く低い声で耳元で囁かれると、かなでは飛び上がってしまいたくなる。

 甘いドキドキに、心が震えてしまいしょうがなかった。

「一番応援します…」

 恥ずかしい華やぎに、かなではアタフタとしながらも、俯き加減で囁く。

 耳まで真っ赤になるぐらいに恥ずかしかった。

「有り難う。しっかりと頑張るよ」

「はい、頑張って下さいね」

 かなでが小さく手を振ると、大地は甘く微笑んでくれた。

「じゃあ頑張ってくる」

「頑張って下さいね。行ってらっしゃい」

 かなでが小さく手を振ると、大地は手を上げて応えてくれる。

 その広い背中にーかなではときめきを覚えていた。

 

 騎馬戦が始まる。

 やはり榊大地と如月響也の一騎打ちになり、大いに盛り上がった。

 血気盛んな響也と、ポーカーフェースの落ち着いた大地の対戦は、見ていて見応えがあった。

 しかしいくら響也が残っても、音楽科はまたもや普通科に負けてしまった。

 

 いよいよ待望のお弁当タイム。

 今日は大地が好きな豚のしょうが焼きをメインにした、運動会用のお弁当にした。

 森の広場でふたりでお弁当を広げる。

 ピクニックデートのようで楽しかった。

「これで午後からも頑張れそうだ。有り難う、ひなちゃん」

「それは良かったです。救護班は忙しそうですからね」

「だから少し休ませて貰おうかな」

 大地は軽く言うと、いきなりかなでの膝を枕にして横になった。

「……!!!」

 いきなり過ぎて恥ずかしくて、かなでは心臓がエンジンになっつ飛び上がりそうになる。

「あ、あのっ、大地先輩っ!」

 かなでが恥ずかしさとときめきで、最高潮にドキドキしているというのに、大地は全く平気なようだ。

「あ、あの、大地先輩っ!?」

「少しだけこうさせていて、ひなちゃん…」

「は、はいっ!」

 大地の甘えるような色気のある声には逆らえなくて、かなではドキドキしながら頷いた。

 大地の深みのある甘いテノールは本当に威力があり、何度聴いてもドキドキし過ぎてしまう。

 大地の顔を覗き込むと、ちゃっかりと眠ってしまっている。

 本当に整った容貌だと思う。

「…もう…」

 かなではわざと悪態を吐くと、大地のくせのある髪を柔らかく撫でる。

 こんなにも無防備な大地が見られるのも、恋人の特権ではないかと、かなでは思った。

 優しくて心地が好い風が吹いてくる。

 温かくて優しい風は、黄昏色が滲んでいて、心地が好いと思うのと同時に、胸の奥がキュンと締め付けられるような切なさがある。

 かなでは、甘い切なさと秋の匂いに、恋が溢れ出すのを感じていた。

 

 お腹も気持ちもしっかりとチャージが出来たから、かなでも大地も午後からの競技に張り切って出る。

 かなでが出るのはパン食い競争だ。

  一番似合っていると、響也に推薦されてしまったのだ。

 午後になると流石に救護班は忙しいらしく、大地はかなでに声を掛けに来てはくれなかったが、それでも遠くから手を振ってくれた。

 いよいよ、かなでの番になり、スタートする。

 アンパンがスムーズに取れたのは、かなでの大好きなウチキパンのものだからだろう。

 後でおやつに食べたい。

 一生懸命走ってゴールを目指す。

 ゴール直前のところで、不意に足が取られて絡まってしまう。

「きゃっ!」

 ふらふらとバランスが悪くなり、かなではそのままグランドに転んでしまう。

「ひなちゃんっ!」

「あたた」

 焦る大地の声が聞こえてかなでが体勢を整えると、救護コーナーの机を乗り越えて大地がやってくる。

「ひなちゃん!」

 大地が風のようにやってくる。

 まるで困難を打ち払って姫を助ける王子様のように、大地はかなでの前に現われた。

「ひなちゃん、大丈夫!?」

「…大丈夫です…え…!?」

 ふわりと躰が浮上がったかと思うと、いきなりお姫様抱っこをされてしまった。

「…だ、大地先輩!?」

「直ぐに手当てをするから」

「え、あ!?」

 かなでの心臓がドキドキとしている間に、大地は華麗に走っていく。

 そのままパン食い競争のゴールを一位で突っ切り、救護室へと向かってしまった。

 かなでは恥ずかしいやらときめくやらで、真っ赤になりながら救護室へと向かった。

「…大丈夫ですよ、擦り剥いただけですから…」

「ダメだ。きちんと手当てをしないと。ひなちゃん、手首や足首、膝とか痛くない」

 大地は流石に外科医志望なだけあり、テキパキとしてくれる。

「擦り剥いたところが少し痛いぐらいですよ」

「消毒をしないとね」

 大地はかなでの膝に着いた泥を綺麗に精製水で落とすと、消毒を丁寧にしてくれる。

「今日はもうおとなしくしておかなければならないよ」

「はい…」

 大地は皮膚呼吸が綺麗に出来るタイプの絆創膏を貼ってくれた。

「一応、触診しておくよ」

「あ…」

 大地がむき出しの脚に触れてくる。触れられたところが熱くなり、大地は官能的に見つめてくる。

 ときめくのとはまた違ったドキドキに、かなでは甘く苦しくなった。

 全身が心臓になってしまったかのようだ。

 顔まで真っ赤にしていると、ちらりて官能的に大地に見つめられてしまった。

「おしまい」

「あ、有り難う…」

「もうここで休んでおくんだ」

「大丈夫ですよ」

「ダメだ」

 大地はかなり過保護に言うと、かなでを椅子に座らせる。

 かなでは大地の横にちょこんと座らさられた。

「小日向さん」

 体育祭の実行委員がやってきて、かなでに声を掛ける。

「はい」

「先ほどのパン食い競争、小日向さんが一着という結果になりました」

「へ…?」

 途中で棄権したはずなのにと、かなではきょとんとする。

「榊先輩がゴールを駆け抜けたのでこのような結果になりました。ご報告まで」

 実行委員は、かなでと大地を交互に見ると、ニヤニヤと笑う。

 実行委員が行ってしまった後、大地はかなでにいたずらっぽく微笑む。

「これぞケガの功名というやつだね」



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