*恋するヴァレンタイン*


 大地と付き合い始めての初めてのバレンタインデー。

 とはいえ、大地は受験生であるから、バレンタインデートなどは出来ない。

 だがせめて手作りのビタートリフと、バレンタインブレンドのコーヒーをつけてプレゼントをしたい。

 バレンタインデートをしたいだとか我が儘は言えないし、言いたくもない。

 大地には受験勉強のエールの意味も込めて、バレンタインチョコレートをプレゼントをしたかった。

 かなでは、ダークチョコレートを購入し、これを元にトリュフチョコレートを作るつもりだ。

 元町商店街で、かなでが買い物をしていると、偶然、大地を見かけた。

「あ、ひなちゃん!」

 大地も同時にかなでを見つけてくれ、こちらにやってきた。

「大地先輩!」

「買い物でもしてたの?」

「はい」

 大地は甘い笑みを浮かべて、ちらりと袋の中を見た。

 チョコレートを入れているからバレてしまうだろうか。

 ほんのりとドキドキしながら、かなでは大地を見た。

「大地先輩は気分転換ですか?」

「うん、そうだよ。ラストスパートだからね。頑張らないと」

 大地はフッと笑うと、そっとかなでの手を握り締めてきた。

「ひなちゃん、少し一緒に気分転換をしないか?」

「はい」

 ふたりでこうして手を繋ぎながら、商店街を歩く。

 こういった何気ないことが、かなでには最も大切で幸せなことのように思えた。

「大地先輩、勉強はかなり忙しいですか?」

「最後の追い込みがあるからね。だけど、こうしてひなちゃんに逢えたから、大丈夫。しっかりとやる気を出せるから」

「私も大地先輩に逢えただけで、幸せです」

「最近、俺が受験間近だから、君と余り逢えなかったのがかなり寂しかったんだ。だから受験が終わったら、きちんとデートをしようか」

「はい。楽しみにしていますね」

「うん」

 ただ元町を歩くだけのデートでも、かなでには充分に幸せだった。

「大地先輩、214日はほんの少しでも良いので時間は取れませんか?」

 訊いている間、心臓がタンブリングする。

 大地は受験生だから、無理なお願いであることは分かっている。

 大地はフッと甘く微笑むと、静かに頷いてくれた。

「もちろん、構わないよ。ひなちゃん」

 大地の言葉が嬉しくて、かなではついホッとして笑った。

「有り難う」

「うん。ひなちゃん、気を遣ってくれてこちらこそ有り難う。益々、勉強を頑張れるよ」

 大地の笑みには、堂々とした余裕すら感じられる。

 大地のことだから、恐らくは大丈夫だと思うが、それでも陰ではかなりの努力をしている姿は、かなでも頑張らなければならないと思わせてくれる。

 このひとのそばにいれば頑張れると、かなでは思わずにはいられなかった。

 かなでと大地は一緒に坂道を上がって、菩提樹寮までやってくる。

 気分転換のリミット。

 それはかなでにもよく分かっている。こういったものは、メリハリが大切なのだ。

「じゃあひなちゃん。俺はタイムリミットだから」

「はい。頑張ってくださいね」

「うん、またね、ひなちゃん」

 お互いに繋いだ手を離したくはないと思いながら、ふたりは離した。

14日、午後から学院に行くからその後で」

「はい」

 かなでは大地を見送りながら、ほんのりと幸せな気持ちになる。

 大好きなひととバレンタインデーに逢える。

 それだけで至福だった。

 

 バレンタインデーの前日、かなでは大忙しだった。

 オーケストラ部のメンバー全員に配るミニチョコ、ニアや幼馴染みに配る物。

 そして…。

 誰よりも大好きなひとに渡すチョコレートを、念入りに作ったのはいうまでもなかった。

 甘い物が余り得意だとは言えないあのひとのために、かなではチョコレートを慎重に作る。

 ビターチョコレートを使ったトリュフチョコレート。

 コーヒーに合うように作ったつもりだ。

 受験勉強で大変な大地が、少しでも気分転換になるように。

 かなでは、恋心の総てを滲ませながら、チョコレートを作った。

 

 バレンタインデー当日は、流石に午後からそわそわする。

 そわそわしている女子も男子も多いのは、とっておきの恋のイベントだからだろう。

 かなでも、いつ、大地が現われるのか。

 そればかりを気にしてしまい、何も手につかなかった。

 

 放課後になり、かなでは部活に向かう。

 ひょっとして音楽室で逢えるかもしれない。

 かなでが、沢山のチョコレートを持って音楽室に入ると、既に人だかりが出来ていた。

 黄色女の子の声が聞こえて、大地が女子生徒に囲まれていることが直ぐに解った。

 これには流石に切なくなる。

 かなでは、女の子たちに笑顔で対応をしている大地を見て、胸がチリチリと痛んだ。

 切なくて苦しい。

 辛い。

 胸の奥底から嫉妬が湧き出て来て、自分でもどうして良いのかが、分らなかった。

 かなではしょんぼりとした気持ちと、イライラで唇を噛み締めると、オーケストラ部の男女どちらのメンバーにもチョコレートを配った。

 大地が女の子たちに囲まれているのを気にしながらも、かなではチョコレートを配る。

 そして、幼馴染みの律と響也には、大きなパッケージのものを渡した。

 その様子を大地が気にしながら見つめているのが分かる。

 だが、嫉妬で拗ねてしまった気持ちはどうすることも出来なかった。

 かなでのバッグの中には、大地へのチョコレートが残るだけだ。

 これを渡したいと思うが、どうしてアプローチをして良いものかが解らない。

 お互いに牽制をするようにチラチラと見てしまう。

 だが、大地はまだ女の子にチョコレートを渡されている。

 モテるのは分かっているだけにかなでは辛かった。

 かなでがうなだれて、ヴァイオリンの弦をつい触ってしまう。

「ごめん。明らかな義理以外は、今年は本命しか受け取らないことにしているんだよ」

 大地はクールに言い切ったかと思うと、いきなりかなでの手を思い切り掴んだ。

 本命だと、思ってくれているのが嬉しい。

 かなでがときめいていると、大地はそのまま音楽室から引っ張って出る。

 無言のまま、大地は屋上までやってきた。

 屋上で、ようやくふたりだけになる。

「…ひなちゃん…。俺は…君以外からバレンタインチョコレートを受け取る気はないよ…。勿論、君がくれたら…だけれども…」

 大地もまたほんのりと切なそうな瞳でかなでを見つめる。

「…私も…バレンタインチョコレートを渡したいと思っています…」

 かなでは、本命らしく綺麗にラッピングしたチョコレートと、バレンタインデーブレンドのコーヒーをそっと差し出した。

「有り難う。こんなにも嬉しいことはないよ」

 大地が照れと喜びを滲ませた幸せそうな笑みを浮かべるものだから、かなでもまた幸せな気分になった。

「大地先輩…」

「ね、ひなちゃん、開けて良いかな?」

「どうぞ」

 かなでが促すと、大地は嬉しそうに頷いて、パッケージを外す。そして、その中で一粒のトリュフチョコレートを取り出して口に入れた。

 大地の好みに合うだろうか。

 かなではドキドキした。

「うん、美味しい。俺好みだ。有り難う、ひなちゃん」

 大地は幸せそうに言うと、かなでに唇を近付けて来る。

「味見が必要だろう? ひなちゃん」

 そのままビターチョコレートの芳醇な味がする、甘さがたっぷりのバレンタインキスをくれた。

 甘い気持ちでかなではぼんやりしながら呟く。

「大好きです」

「俺も好きだよ」

 ふたりで過ごす初めてのバレンタインはとても甘かった。



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