*スウィート・ヴァレンタイン*


 大好きなひとは、甘いクラシック音楽は好きだけれども、甘いお菓子は好きじゃない。

 しかもバレンタインは二次試験が間近でタイミングも悪い。

 チョコレートをプレゼントしようか、それとも、受験応援グッズをプレゼントしようか、迷うところだ。

 かなでは友人たちと横浜駅近くのショッピングモールやビルを梯子することにした。

「ダークチョコレートを使った、大人テイストの手作りデザートとかないかなあ…」

 かなでは本屋で一生懸命レシピ本を探す。

 友人たちが買っているキットではなくて、ちゃんと自分で作りたい。

 ビターで美味しいスウィーツを作って、大地にいつも有り難うと言いたい。

 受験で大変だというのにいつも支えてくれているのだから。

 大地には感謝してもしきれないとかなでは思う。

「ダークチョコレートを使った、大人のフォンダンショコラかあ…」

 かなでは、その本をじっと見る。

 本は高いので買えないから、一生懸命材料を携帯電話の録音機能に吹き込んだ。

 これを元に材料を揃えたら良い。寮母さんにもいつも材料を分けて貰っているから、それも利用して作ろう。

 とにかく、大地にはとっておきのデザートを作りたかった。

 かなでは寮には足りない材料を買い揃える。

 カカオ成分が85パーセントのダークチョコレートを買い、それをメインに作ることにした。

「ひなちゃんは器用だよね。羨ましいよ」

「ひなちゃんみたいな彼女だったら本当に良いよ! 榊先輩が羨ましいなー!」

 友人たちが口々に言うものだから、何だか恥ずかしくて真っ赤になってしまった。

 友人たちの買い物にも付き合って、本当に楽しい気分で、菩提樹寮に戻ってきた。

 今夜は温かなシチューだ。匂いで解る。

 美味しいご飯を食べ終わったら、早速、フォンダンショコラを作ろう。

 とても美味しく作りたい。

 大地のためにも。

 今年のバレンタインは、デートらしいデートなんて出来ないけれど、それでも今までで一番素敵なバレンタインになるには違いなかった。

 どうか大地がこのチョコレートのデザートを気に入ってくれますように。そればかりを祈ってしまう。

 かなでは、インターネットでもレシピを確認した後で、ダークチョコレートを使ったフォンダンショコラを作る。

 恋する女の子はいつも真剣だ。つい、甘い甘い恋を夢見て、それ以上に甘いお菓子を作ってしまう。

 かなでは甘い菓子を作りながら、いつしか幸せな気持ちになっていた。

 チョコレートを湯煎にかけたり、生地を作ったり。

 なんて楽しいのだろうかと思う。

 かなでは幸せな気分をフォンダンショコラに詰め込んで、一生懸命にスウィーツを作った。

「出来た!」

 ようやく出来て時間を確認すると、もうかなりの時間になっていた。

 かなでが慌てて片付けていると、携帯電話が鳴る。

 ひばりの着信音は大地だ。

 かなでは直ぐに飛び付いた。

「はいっ!」

「ひなちゃん、俺だよ。驚いた?」

 大地は申し訳無さそうに電話の前で苦笑いをしている。

「大丈夫です」

「うん、有り難う」

 大地はホッとしたように溜め息を吐いていた。

「勉強の気分転換に、ひなちゃんの声が聞きたかったんだよ。ひなちゃんの声を聞くだけで、沢山、元気が貰えて嬉しいよ」

 そう思って貰うとどんなに嬉しいか。

「大地先輩、受験勉強はいかがですか?」

「まあまあかな。だけと勉強をし続けるのは、余り良くないからね。適度な気分転換と元気のチャージが必要だよ。俺にはひなちゃんなんだけれどね」

「それは嬉しいですよ。私も大地先輩の声を聞くだけでいっぱい元気になりますから」

「有り難う」

 大地が柔らかくて温かな雰囲気で笑ってくれたのは、見ていて直ぐに解った。

「さてとひなちゃんの声を聞いたから、もうひと頑張りしようと思うよ。ひなちゃん、電話を切るね。また電話をするから」

「はい、待っていますね」

「うん。待っていてね。じゃあ」

「勉強頑張って下さいね」

 かなでが声を掛けると、大地が、しっかりと頷いてくれたような気がした。

 かなではラッピングの準備をしながら、大地の笑顔を思い出していた。

 どうやってバレンタインチョコレートをあげようか。

 今は本当に大事な時ではあるから、余り煩わしたくはなかった。

 かなではフォンダンショコラを作り終えるとかなでは、とびきりのラッピングをした。

 

 バレンタインの日は、デートの約束なんて特にはしてはいない。

 本当に、折角作ったバレンタインチョコレート菓子だから、大地にはきちんと渡したかった。

 大地の家まで行って、バレンタインチョコレートデザートを渡して帰ってくれば良いから。

 かなでは、こっそりとプレゼント渡そうかと思っていた。

 カードをつけて、精一杯のメッセージを書く。

 

 大地先輩へ。

 いつも有り難うございます。

 これからもどうぞよろしくお願いします。

 受験、頑張って下さいね。

 小日向かなで

 

 かなではメッセージを書いて、ラッピングをした箱に忍ばせる。

 フォンダンショコラの他に、大地の好きなコーヒー豆を入れておいた。

 かなでは迷惑がかからないように、日課になった豆柴モモとの散歩の時に渡そうと決めていた。

 菩提樹寮の前で、大地とモモを待つ。

 気分転換だからと言って、大地はずっとモモの散歩を続いていた。

 デートをする時間も最近では取れないから、せめてもの時間ということもあるのだろう。

 かなでも大地には逢いたいから。

「ひなちゃん!」

「わんっ!」

 大地とモモが元気そうに声を掛けてくれる。

 かなでにとっては嬉しい瞬間でもある。

「大地先輩! モモ!」

 ふたりが駆け出してくるのを、ほんわかとした幸せな気分で見つめる。

「じゃあ、散歩に行こうか」

「はいっ!」

 かなでが笑顔で返事をすると、大地は微笑みながらしっかりと手を繋いでくれる。

 大地曰くは、“両手に花”らしい。

 たしかにとかなでは思う。

 かなでと大地はのんびりと歩きながら、散歩コースの定番、元町公園へと向かった。

 公園に入ると、モモと束の間“これ持ってこい遊び”をする。ボールを投げて持って来させる遊びだ。

 遊んだ後は、みんなでベンチに座って休憩をする。

 大地と一緒にベンチに腰掛けながら、ほんの少しドキドキする。

「…大地先輩…、ハッピーバレンタインです…」

 男の人に本格的にチョコレートを渡すのは初めてだから、緊張してしまう。

「有り難う、ひなちゃん」

 大地は笑顔でしっかりと受け取ってくれた。

 かなでは思わず笑顔になる。

「開けて良いかな?」

「どうぞ。ビターチョコレートを使ったフォンダンショコラですが」

「有り難う、あ、コーヒーもある。手作りか、どうも有り難う」

大地にお礼を言って貰えるだけで、モモのように飛び上がってしまうほどに幸せだ。

「ひなちゃん、ひとつ食べて良いかな?」

「ど、どうぞっ!」

「有り難う…」

 大地は幸せそうにフッと笑ってくれると、フォンダンショコラを一口食べる。

 どうか気に入って貰えますように。

 かなでが祈るような気持ちでいると、大地は笑顔で頷いてくれた。

「うん! 美味しい。有り難う、ひなちゃん! コーヒーによくあうよ」

「良かった!」

 大地が笑顔で美味しいと言ってくれたから。それだけでかなでは幸せだ。

「…ね、ひなちゃん、味見してみる…?」

「…え…?」

 かなでが目を見開いていると、大地は唇を近付けてくる。

 甘くてビターな極上のキスが下りて来た。

「…ね、美味しかっただろ? ハッピーバレンタイン」

 大地がウィンクをしながら囁き、かなでは小さく頷くことしか出来なかった。




Top