*スウィート・ホワイトディ*


 星奏学院の卒業式は、毎年、ホワイトデイなのだ。

 周辺の高校よりもかなり遅い。

 だが、本当に春の陽射しを感じながら卒業することが出来るので、嬉しかったりもする。

 今年はかなでの大好きなひとも卒業してしまう。

 横浜の名門の医学部への進学も決まり、まさに、旅立ちには相応しい順風満帆さだ。

 かなでは在校生として、卒業式には出席することにしている。

 もう音楽室でも、屋上でも、森の広場でも大好きなひとと逢うことはないのかと思うと、寂しくてしょうがない。

 いつも笑ってくれて励ましてくれていたひとが、もう学院からいなくなるのだ。

 かなでは胸の奥が切なくてしょうがなかった。

 だが、いつまでも感傷には浸っていられない。

 新しい旅立ちなのだから。

 自分達の恋もステップアップするのだから、明るい未来を見つめなければならない。

 

 卒業式の朝、いつものように大地とモモと一緒に散歩をした。

「こうして制服姿で散歩をするのも、これで最後だね」

「何だか寂しいですが、もっと素敵なことが起こるためには仕方が無いことですから」

「そうだね。これからもっと明るい未来になるためには欠かせないことだからね」

「はい」

 かなでが笑顔で言うと、大地もまた笑顔になった。

「大学に行ってもなるべくはモモの散歩には出ようと思っているから。その時は一緒に行こう」

「はい!」

 こうして朝の清々しい空気を大好きなひとと共有する。

 なんて幸せなことなのだろうかと、かなでは思わずにはいられなかった。

 幸せ過ぎて、泣きそうになる。

 こんなに幸せなことはかつてなかったのではないかと思う。

 かなでは、もう二度と戻っては来ない大地との高校生活にノスタルジックな想いを込めながら、ふたり一緒に高校生でいられる最後の時間を楽しんだ。

 

 いよいよ卒業式だ。

 大地はその人当たりの良さと甘く端整な容姿から、ファンの女生徒がとても多い。

 バレンタインのチョコレートも沢山貰い、ホワイトデイのお返しと、律義に式の前に返していた。

 大地が余りにも沢山の女の子たちに囲まれていたから、かなではほんのりと胸が痛かった。

 意味のない嫉妬であることぐらいは解ってはいるが、それでもつい嫉いてしまう。

 未熟な乙女心故なのかもしれない。

 大地に「卒業おめでとうございます」と言いたかったのだが、結局は言えずじまいだった。

 大地を取り囲んでいた女生徒たちは、みんなきちんと伝えられたというのに、かなでは伝えられなかった。

 彼女たちとは違って、自分にはまだまだチャンスがあることぐらいは解ってはいるが、何だか寂しかった。

 高校生の大地に接するのは、かなでも同じようにラストチャンスであったからだ。

 かなでは在校生の席に座り、卒業式を見守る。

 今年の卒業生代表は、普通科は大地、音楽科は律と、かなでにとってはかなり身近なひとたちだった。

 そのせいか、今までで一番かけがえのない、そして感動的な卒業式だった。

 余り姿を見せることがない理事長の姿が見られたのも、楽しかった。

 セレブで何もかも揃ったロマンス小説をそのままいくような理事長という噂に、かなでも妙に納得してしまった。

 卒業式は本当に感動的で、かなでは何度も涙してしまった。

「ひなちゃん、別にあんたが卒業するわけじゃないでしょ」

「やっぱり彼氏が卒業するのは感動するし、ましてや代表だからねえ…」

 友人たちはみんな呆れたり、慰めたりしてくれていた。

 特に大地が答辞を読んだ時は、大泣きしてしまい、読んでいた大地が苦笑いをしてしまったほどだ。

 卒業式が終わり、かなでは直ぐに大地のところに行こうとした。

 だが、大地は既にいなくて、かなでは探し回るはめになった。

「榊先輩いないよね? 何処に行ってしまったんだろうね」

「ボタンが欲しかったのにな」

 皆が口々に言っている。

 かなでは大地を探しながら、ひょっとしていつもお昼休みにふたりでこっそりと過ごしていたところではないかと思った。

 森の広場にある穴場中の穴場だ。

 かなでが駆け付けてみると、やはり大地がいた。

「やあ、ひなちゃん、来てくれると思っていたよ」

 相変わらずの口調で言うと、大地は柔らかい笑顔で近付いてくる。

「ここなら君とゆっくり話が出来ると思ってね」

「大地先輩…」

 かなではドキドキしながら、大地を見上げる。

「ご卒業おめでとうございます」

 お祝いの言葉なのに泣けて来る。やはり同じ世界で無くなるのは寂しい。

「有り難う、ひなちゃん」

 大地は微笑むと、かなでの頭を撫でてくれた。

 こうして頭を撫でられると、また泣きそうになる。

「ひなちゃん、泣いちゃダメだよ。新しい旅立ち何だからね…」

「…はい…」

 一生懸命に笑うと、大地はまた微笑んで、かなでの頭を撫でてくれた。

 何度こうして頭を撫でられただろうか。

 かなではもうこうして頭を撫でて貰えないかと思うと、泣けてくる。

「…ひなちゃん、ほら…泣かないんだよ」

 大地は困ったように言うと、かなでの頬を両手で包み込んでくる。

 何て温かいのだろうか。

 本当に心地好くて、思わず目を閉じてしまう。

 すると大地の顔が近付いてくるのが解った。

 甘い甘いとっておきのキスがかなでの唇にプレゼントをされる。

 とっておきのロマンティックなキスに、かなでの涙はいつしか乾いていく。

 唇が離れた後、かなでは頭をぼんやりとさせながら、大地を見つめた。

「ひなちゃん、これからもよろしく。君とはずっと一緒に歩いていきたいと思っているよ。だから泣かないで、新しい旅立ちを楽しもう。だけど、想い出を残しておかなくちゃならないね」

 大地は微笑むと、制服のブレザーからボタンを外してくれた。

「どうぞ。一緒に素晴らしい時間を過ごしたお礼だよ」

「はい、有り難うございます。欲しかったんです。宝物にします」

 皆が欲しがっていた記念のボタンを貰えるなんて、とても幸せだ。

「後、今日はホワイトデイだからね。どうぞ」

 大地はホワイトデイのプレゼントにと、白く小さな箱をプレゼントしてくれた。

「有り難うございます。開けて良いですか?」

「どうぞ」

 かなではドキドキしながら小さな箱のリボンを解く。

 箱を開けると、シルバーの可愛らしいペンダントが入っていた。

「わあ! 有り難うございます!」

 アクセサリーをプレゼントして貰えるなんて思ってもみなかったから、嬉し過ぎてつい声を上げてしまう。

「有り難うございます」

「着けて貰えるかな」

「はい」

 かなではこのまま踊り出したくなるのを何とか抑えて、ペンダントを着けようとする。

 しかし緊張してしまって、上手く出来なかった。

「貸してみて」

 大地はさり気なくかなでの後ろに回ると、ペンダントを掛けてくれた。

 大地の指先が首筋に触れて、背筋が甘く震える。

「はい、出来たよ」

「有り難うございます…」

 かなでは頭を下げると、ときめきで頬を蒸気させる。

「うん、似合っているよ」

「有り難うございます」

 大地が目を甘く細めて褒めてくれるのが嬉しかった。

「ね、ひなちゃん、学院生最後にしたいことがあるんだけれど良いかな?」

「はい」

「じゃあ、座って」

「はい」

 かなでが訳も分からず返事をして腰を下ろすと、大地はいきなり膝を枕にして寝転んできた。

「………!!!」

 恥ずかしさと驚きで、かなでは目を丸くする。

「…ひなちゃん、暫くこうしていて…」

「…はい…」

 かなではフッと微笑むと、大地の髪を撫でた。

「大地先輩…卒業おめでとうございます。これからもよろしくお願いします」

「有り難う。ひなちゃん、これからもよろしく」

 卒業。

 それは新しい旅立ち。

 これからはふたりで新しいステップを登っていく。

 このラブステップが、更に新しい幸せを運んできてくれると、かなでは感じていた。



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