雨の横浜は何処かノスタルジックでロマンティックだ。 青空も似合うが、メランコリーな曇り空もとても似合っている。 かなでは、大地と待ち合わせ場所である、みなとみらいのレストランから見える、日本丸やみなとみらいの様子を眺めながら、少しロマンスを感じていた。 行き交う人々をぼんやりと眺めるのも良い。 カップルを見ると、ほんのりと幸せすら感じた。 大地は予定よりも少しだけ遅れるらしい。 忙しいひとだからしょうがない。 それにこのレストランならば、外を見ているだけで楽しいから、充分に待っていられる。 リザーブしてあるから席の心配もない。 ふと小さな子供たちの声が聞こえて、かなではレストランの入口付近を眺めた。 すると理事長一家が幸せそうにレストランに入って来るのが見えた。 とても幸せそうにそこにいる誰もが笑っているものだから、かなではつい笑顔になる。 理事長夫妻は、かなでにとっては憧れであり、理想的なカップルだ。 妻がヴァイオリニストで、夫が多忙な学校法人理事長であり、敏腕ビジネスマン。 忙しさは、大地と匹敵するだろう。 いや、それ以上なのかもしれないが。 かなでは、ふたりのバランスの良い幸せがとても憧れだった。 いつかあのようになれたら良いと、思わずにはいられない。 かなではついうっとりと一家の様子を見ていた。 かなでが最初に出会った頃は、一人目の子供がいて、二人目がお腹の中にいた。 今や一番上の女の子はしっかりお姉ちゃんになり、下の男の子は走り回る年代になっている。 かなでもすっかり大学生になったので、当然といえば当然なのだが。 ふと、理事長夫人である香穂子のお腹を見ると、突出ているのが分かる。 三人目の赤ちゃんがお腹にいるのだろう。 幸せが詰まっているようで、見ているだけでも嬉しくなった。 かなでは、モノクロームでクラシックな雰囲気の横浜の風景から、幸せ色のパステルカラーに包まれた吉羅一家に視線を奪われていた。 見つめているだけで、幸せのお裾分けをして貰っているようで嬉しかった。 このまま見つめていても飽きない。 そんなことさえ思ってしまうような幸せな風景だった。 かなでがニコニコと笑っていると、突然目の前が陰った。 「お待たせ、ひなちゃん」 優しくて甘い声に、かなではつい笑みを零す。 「大地先輩!」 驚いたと同時に、逢えたのが嬉しくて、かなでが満面の笑みを後から浮かべると、大地はくすりと笑った。 「俺というものがいながら、ひなちゃんをうっとりさせるなんて、一体、何を見ていたのかな?」 大地は何処かからかうような、それでいてほんのりと嫉妬が滲んだような笑みを浮かべている。 「あちらです」 かなではそっと視線を吉羅一家に向けた。 大地は、かなでの視線の方向にあるものを確認すると、納得したような笑みを浮かべた。 「なるほどね。ひなちゃんがうっとりとしていた理由が解ったような気がする」 大地も何処か憧れのようなまなざしを向けている。 「理事長一家は相変わらずお幸せそうだね」 「そう! 本当にお幸せそうで憬れてしまいます」 「そうだね。まさに理想的。特にひなちゃんにとってはそうだろうね」 「はい。日野さんのように、ヴァイオリンも家族もきちんと両立が取れたらって思います」 本当に憬れる。 ヴァイオリニストとしては一流なのに、あくまで家庭を大切にしながら自分のペースで仕事をしている。 かつ、常に一線であり続けているのだ。 それがかなでには奇蹟のように思えた。 「理事長の理解もかなりのものなんだろうね。理事長を見ていると、日野さんにべた惚れというか。もう、愛しているオーラをさり気なく出しているよね。何だか、子供よりも奥さん命って感じだよね。こんな旦那様はなかなかいないか」 大地はくすりと笑っている。 本当にこのような旦那様は他にいないのかもしれないと、かなでは思う。 将来、大地とあのように素敵なカップルになれるだろうか。 そうなれたら最高なのにと、かなでは思わずにはいられなかった。 「お待たせ致しました。本日のスープです」 料理がやってくる。 かなでが大好きなカボチャの冷製スープで、思わず笑顔で大地を見た。 「ひなちゃんが好きだからね」 「有り難う…」 かなでは幸せな気分でスープを飲み始めた。 遠くからの甘い視線に気が付いて、香穂子は視線を向けた。 すると、お馴染みの可愛らしいと思っている、榊大地と小日向かなでのカップルが、こちらを幸せそうに見ていた。 甘い視線にくすぐったくなる。 「暁彦さん、ほら、あのふたり…」 吉羅も、大地たちに視線を向けると、ほんのりと幸せそうな笑顔を向ける。 「榊君と小日向君か…。相変わらず仲が良さそうだね」 「そうですね」 ふたりを見つめていると、香穂子は甘酸っぱい気持ちを抱いてしまう。 幸せな気分で、ついくすりと笑った。 「ふたりを見ていると幸せな気分になれますね、本当に」 「あちらもそう思っているのかもしれないよ」 吉羅はフッと笑うと、香穂子を見つめた。 「小日向君は、本当に君のことが好きで憬れているようだね。私が阻止したくなるぐらいに甘い視線を君に送っているからね。君はあくまでも私のものだからね」 吉羅は恥ずかしがることなく、ストレートに言うと、香穂子を真直ぐ見つめる。 「…もう、暁彦さんは…」 香穂子は照れ臭く思いながらも嬉しくて、笑顔になった。 「ああやってふたりきりで甘い時間を過ごすのも良いし、こうして家族と一緒にかけがえのない時間を過ごすのも素晴らしいことだね」 「はい」 「ふたりもいつか私たちのようにかけがえのない時間を共に過ごすことになるんだろうね」 「それだったら、本当に嬉しいです」 「そうなるよ」 ふたりはお互いに顔を見合わせると、満面の笑顔を向ける。 こんなにも幸せな気分は他にないと思う。 やがて、子供たちが大好きな、カボチャの冷製スープが運ばれてきた。 「わーい、ママっ! カボチャのしゅーぷ!」 「じゃあ食べましょうか、みんなで」 「あいっ」 子供たちと和気藹々とスープを味わいながら、吉羅と香穂子は、かけがえのない幸せを噛み締める。 出来ることならば、大地とかなでも同じように、かけがえのない幸せを噛み締めて欲しいと思った。 カボチャの冷製スープを飲みながら、かなでは大地をちらりと見る。 大地と一緒に、吉羅一家のような温かな家庭を持つことが出来たなら。 ヴァイオリニストの夢と、大地と一緒に温かな家庭を作る夢。 日野香穂子を見ていたら、欲張りな夢をどちらも叶えることが出来るのではないかと、かなでは思った。 「ひなちゃん…、口の周りにカボチャのスープが着いてるよ?」 大地にくすりと笑われながら指摘をされて、かなでは恥ずかしくて堪らなくなる。 ふと吉羅一家を見ると、母親の香穂子が子供の口の周りをナプキンで拭いていた。 「…あ…」 まるで小さな子供みたいで恥ずかしくなる。 「ひなちゃん、小さな子供にこうするようになると手が回らないから、君もスープをつけないようにしないとね」 くすりと笑いながら大地はかなでの唇を軽く拭く。 「ああいう風になれたら良いね…。俺たちも…」 大地の言葉に、かなではただ頷いた。 いつか吉羅一家のようになりたいと願いながら。 |