大好きなひとの笑顔は、いつもいつも見たい。 その笑顔を見ているだけで、こちらが気持ち良くなってしまう。幸せになってしまう。 だからこうして、いつも笑顔でいてくれるように、どんな努力でもしたくなる。 デートの待ち合わせが、こんなにドキドキするなんて思ったことはなかった。 香穂子と約束をするたびに、遠足前の子供以上に興奮してしまう。 幸せなのは解っているから。 突き抜けてしまうぐらいに楽しいことも、充分に解っているから。 だからこそ、いつも興奮し過ぎて眠れない。 今日はどんな素敵でご機嫌な一日が待っているかを想像するだけで、かなり楽しかった。 楽しすぎるといっても過言じゃない。 バーチャルなデートを楽しんで、それが飛び跳ねてしまうぐらいに楽しかったから、結局は一睡も出来なかった。 デート前の女の子のように、デートに何を着ていくか散々迷って、兄に小ばかにされてしまったり。結局は何も決めることが出来なかったりして、かなりカッコ悪い時間もまた幸せ気分だった。 デートスタイルもビシッと決めようと思っていたのに、結局、カジュアルなパーカーに、ヴィンテージもののジーンズ。自分らしいと思いながらも、果たして香穂子と釣合いがきちんと取れるのだろうかと、考えたりもしていた。 視界に眩しいぐらいの春の光が飛び込んで来た。 温かくて、このままトランペットを演奏したくなるほどに幸せでハイな気分を運ぶ風が、和樹の鼻先を通り抜けた。 「火原先輩!」 「香穂ちゃん!」 明るい春の光よりも温かな香穂子の声に微笑みながら、和樹は大きく手を振った。 今日も想像以上に可愛い。 ガーリーな生成のチュニックワンピースに、白いレースのカーディガン。レングスも白いレースでとても可愛い。 巷に溢れるスタイルだけれども、香穂子が一番可愛いと和樹はこころから思っていた。 「今日も凄く可愛いよ! 香穂ちゃん!」 屈託なく言うと、香穂子は照れたように上目遣いになる。視線が定まらないところが、また可愛いくてしょうがなかった。 「火原先輩もお洒落で素敵です」 照れながら呟く香穂子が可愛い過ぎて、このまま強く抱き締めたくなってしまう。 お互いに恥ずかしさと嬉しさにドキドキしながら、暫くの間、見つめあった。 きっとこれは、幸せな恋をしているものにだけ与えられる、甘い時間。 ただ見つめあっているだけでも、嬉しかった。 「あ」 お互いに目敏く持っているものを見つけて、視線を絡ませる。 「やっぱり楽器は手放せませんね、お互いに」 くすくすと笑うあうと、互いに楽器の入ったケースを見せあう。 「楽器は違うけれど、お互いに音楽を楽しもうって思っているのは同じだもんね。音楽を愛している気持ちもね」 「はい!」 香穂子が明るく真っ直ぐに返事をしてくれたものだから、余計にそう思えてしまう。 楽器を持っているのは、何時でも香穂子とミニセッションをしたい気持ちと、恋を守る御守りのようなものと、ふたつの意味合いがある。 「…じゃあ、行こうか?」 「はいっ!」 香穂子は明るく笑いながら、和樹の横に立って、同じ歩幅で歩いて行く。 空いている香穂子の手にドキドキしながら、和樹はさり気なくその手を握り締めた。 触れるだけで熱い。 瞳の奥までやけてしまい、熱さの余りに酔っ払いそうになってしまう。 だけど、それは決して不快なものではなく、むしろ好ましいものだ。 しっかりと手を繋いで、ふたりは赤レンガ倉庫へとゆっくり歩いていった。 「こんなに良い天気だから、お昼は何か買って、公園で食べようよ」 「大賛成です! 凄く気持ちが良いでしょうね!」 歩きながら、ずっと香穂子の横顔をばかりを見つめていた。 だから全く前を見ることなんて出来ない。 他の風景なんて見ていたら、本当に勿体ないと思ってしまったから。 「あっ! 先輩、前っ!」 「あ、あ!」 視界をようやく前に向けると、鼻先を車が通過していく。思わず肝が冷えた。 「有り難う、香穂ちゃん」 「何もなくて良かったです」 香穂子がにっこりと微笑んでくれたから、また甘い幸せが奥深いところから湧き上がってきた。 「ちゃんと前は見ないとダメだね」 「そうですね。火原先輩に何かあったら、私は嫌だから…」 「香穂ちゃん」 香穂子の言葉が、こころの深い場所までじんわりと浸透してくる。それが、嬉しくてたまらなかった。 香穂子といるだけなのに、楽しくて幸せでしょうがない。 ここがどこだろうと恐らくは関係ないだろう。 鼻歌なんて口ずさんでしまう始末だ。 「その曲、素敵ですね」 「うん。有名なトランペッターの曲なんだ。ほら、ラジオにも使われている」 「あ! 知っています! 何だか聞いているだけで楽しくなっちゃいます!」 「でしょ? おれも大好きな曲なんだよ!」 春の霞んだ青空には気持ちが良いぐらいにピッタリの曲だ。 和樹がご機嫌に鼻歌で奏でていると、香穂子が嬉しそうに笑ってくれていた。 本当に可愛い。 ドキドキして、喉がからからに渇いて、息が出来ないぐらいに苦しいのに、どうしてこんなにも楽しくて幸せなんだろうか。 「お昼はカツサンドが良いねー」 「はいっ! 今度、お弁当を作る機会があったら、必ずカツサンドを作りますね!」 「マジ! 凄い嬉しいよ」 このまま飛び上がってしまいたくなるぐらいに嬉しくて、和樹はまた音楽を奏で始めた。 「あ、新鮮なフルーツを素材したアイスクリームがありますよっ!」 「食べようか」 「もちろんです」 かなりひとが並んでいても、ふたりでメニューを覗きながら並ぶから、全く苦じゃない。むしろ楽しいぐらいだ。 「香穂ちゃんは何にする?」 「マンゴーとストロベリーで迷っているんです…。うん、やっぱり季節だから甘いストロベリーにしよっ!」 「じゃあおれはマンゴーにするよ。美味そうだし」 香穂子がどちらも食べられれば、きっとニッコリと笑ってくれるだろう。誰よりも香穂子の笑顔を見たいから、和樹はマンゴーを選択した。 ふたりの順番が来て、それぞれのフレイバーを注文したが、それは和樹が支払った。 「火原先輩、それでは申し訳ないです…」 「香穂ちゃんにしてあげたいから、受け取って」 「はい。有り難うございます」 ふたりしてペアのようにアイスクリームを食べると、いつもの百倍も美味しいような気がする。 「美味しいですねっ!」 「そうだね。とっても美味しいよっ! 香穂ちゃん、良かったらマンゴー味見して」 「有り難うございますー」 香穂子は鼻歌を歌いながらご機嫌に、マンゴーのアイスクリームをぺろりと舐める。 一瞬、ドキリとした。 今のはひょっとして“間接キス”。 急に意識をしてしまい、和樹は耳まで真っ赤にさせる。 息が早くなるぐらいに緊張してしまう。 「美味しいですね! マンゴーもっ! あっ、ストロベリーもどうぞ!」 アイスクリームを差し出されて、和樹は生唾を飲み込んでしまう。 香穂子と再び間接キス。嬉しくて、ときめいて鼻血が出そうだ。 和樹はキスをするのと同じぐらいに緊張しながら、ストロベリーアイスクリームをひと舐めする。 甘酸っぱい味にくらくらしてしまいそうだ。 本当に鼻血なんて珍しいものが出てしまうかもしれない。 「どうかしましたか?」 香穂子が大きな瞳に不思議そうな色を浮かべながら見つめて来る。 「あ、あの、今の間接キスだったなあって…」 「あっ!」 香穂子は今更ながらに気付くと、こちらも和樹に負けないぐらいに真っ赤になってしまった。 ふたりして恥ずかしいくせに、しっかりと手だけは繋いでいる。 ドキドキと熱さを回避するかのように、誤魔化すようにアイスクリームを食べ始める。 香穂子とのキスはどんな味がするだろうか。 きっととっておきのストロベリーの味がするに違いない。 ふたりのファーストキスはもうすぐそこに。 |