|
高校生の頃、吉羅に恋する余りに、まるで追いかけるように鎌倉の町を観光したのを思い出しながら、香穂子は今も横にいる吉羅を見上げた。 「鎌倉なんて久しぶりですね。こうして暁彦さんと一緒に歩けるのが嬉しいです」 「そうだね。初めて一緒に鎌倉を歩いたのは、君が高校生の頃だったからね。あのときは、君とこうなるなんて、考えないようにしていたよ」 吉羅は懐かしそうに目を細めた。 「考えないようにしていたんですか?」 「正確に言えばね、それが事実だね。考えないようにしていたよ。こうなると想像すると、私が自分の気持ちに引きずられてしまうような気がしたからね。あのときは、さすがに君と恋愛関係になるのは、まずかったからね」 吉羅は苦笑いをしながら、香穂子の手を握りしめた。 「そうですね。私が高校生で、通う高校の理事長というのは、確かにまずいですから」 香穂子も苦笑いせずにはいられない。 あのときは、そんな壁があるなんて、香穂子は全く考えもしなかった。 そのあたりが子供だったのだろうと、香穂子は我ながら思った。 「あの時と同じルートを辿ろうか。今度は、ふたりが偶然に出会うなんていうことは頼らずにね」 「はい」 あのときは、デートというよりは、どちらかといえば、遠足だった。だが、今日は違う。 恋人たちの甘いデートの時間なのだ。 先ずは長谷で大仏を見物する。 あの時は中には入らなかったが、今日は大仏のなかに入る。 吉羅と手を繋ぎながら大仏のなかに入るのも、なかなか楽しかった。 見晴台にも向かい、そこで鎌倉の風景を堪能する。 「暁彦さん、学院はどちらでしょうか?」 「学院はあちらの方向ではないかね?」 香穂子と吉羅は、寄り添って海や美しい風景を見つめる。 こうしていると、心が清んでゆくのと同時に、幸せで満たされてゆく。 「香穂子、寒くはないかね?」 吉羅は甘く柔らかな声で艶やかに呟くと、香穂子と繋いだ手を、そのままトレンチコートのポケットに入れる。 「暁彦さん、温かいです」 「だったら良かった」 吉羅は温かな声で呟くと、香穂子の手を更に握り締めた。 「もう冬の足跡が聞こえてきたからね。紅葉も盛りだし、もうすぐ町はグレーに染まるね」 「そうですね。だけど、それがまたロマンティックなんだと思います」 「確かにね」 吉羅はその通りだとばかりに頷くと、香穂子を更に引き寄せた。 ふたりでくっつくような位置にいると、本当にほわほわとして温かい。 温かさが心地よくて、幸せがじんわりと心を満たしてくれた。 「次は江ノ島だね。ランチもしなければならないね」 「はい。生しらすが食べたいです」 「生しらすもギリギリの時期だからね。食べていこうか」 「はい」 前回、鎌倉に遊びに行った時には、江ノ電を使って散策をした。今日は最初から吉羅と一緒だから、車なのだ。 「暁彦さんのストーカーのように、前回はくっついていましたから、江ノ電使いましたが、ドライブも良いものですね」 「そうだね。君が高校生の頃も楽しかったが、今はもっと楽しいね。それはきっと、ずっと君と一緒にいるからかも、しれないけれどね」 吉羅はフッと笑いながら、車を江ノ島方面に向けて、走らせていく。 晩秋の海は何処か寂しいが、それでも温かな雰囲気を醸し出している。 香穂子は、キラキラ輝く水面を見つめながら、つい笑顔になった。 車は、吉羅が懇意にしている和食の店の前で停まる。 「ここでゆっくり食事をしようか。あの時は、一緒に食事が出来なかったからね」 「あの時は、江ノ島近くの食堂で生しらすどんぶりを食べました。すごく美味しかったですよ」 「私も一緒に食べたかったが、君を護るために突き放さなければという想いが、あの時は強かったからね……」 吉羅は懐かしそうにフッと笑った。 ランチは生しらすどんぶりも含めた、ミニ懐石だった。 海の幸と野菜が美味しい鎌倉ならではの料理が出て、美味しかった。 料理は勿論、美味しいが、吉羅がいるからより美味しく感じられたのも、事実だった。 「やっぱり暁彦さんと一緒に食べると美味しいです」 「私も君と一緒に食べると美味しいけれどね。ひとりの食事は味気ないのだと、君に気づかせて貰った」 吉羅は甘く笑うと、食事を楽しんでいた。 いよいよ江ノ島へと向かう。 歩いて階段を上がっても良かったのだが、エスカーを使って昇ることになった。 何だか勿体ない気もした。 「江島神社は弁天様ですから、カップルは行かない方が良いっていいますよね」 「そんな迷信、君は信じるのかね?」 「いいえ」 「私もだ」 ふたりは顔を見合わせて笑う。 「和食も良いものですね。高校生の頃は、レストランに連れていって貰って、料理の名前が難しくて、出てきた舌平目のムニエルにホッとしたり……。懐かしいです。あのときは、何も分からない自分が恥ずかしかったですよ」 香穂子は懐かしいと思いながら、苦笑いをした。 「展望台に行こうか」 「はい」 香穂子は笑顔で頷くと、吉羅の手をギュッと握り締めた。 展望台に上がり、香穂子は湘南の海を見渡す。 横には愛するひとがいる。 清々しい気持ちと甘い想いが心に広がり、充たされた気持ちになる。 「また、学院を探してしまいます」 「ここからなら、富士山を探すひとのほうが多いだろうけどね。君は、本当に学院が好きなんだね」 「ヴァイオリンと出逢った場所ですから。そして、私が暁彦さんと出逢った場所ですから」 自分にとって、学院は何よりも大切な場所だ。 香穂子の運命を変えてくれた場所でもあるのだから。 「……私にとってもかけがえのない場所だよ。沢山の思い出が詰まっている。勿論、君と出逢えた場所だからね……」 「暁彦さん……」 吉羅の言葉に、香穂子は泣きそうになる。 「あちらが学院の方角だよ」 吉羅は、横浜方向を示した。 「ずっとこうしてふたりで、学院を見ていられたら良いね。そうしよう……」 「はい、ずっと一緒に学院を見ていきたいです」 香穂子は笑顔で頷く。 吉羅と、付き合っていない頃に行った江ノ島。 こうして、恋人同士になってから、同じルートを辿れる幸せに、香穂子は満たされる。 また、思い出が出来ました。 甘い気持ちに満たされながら、香穂子は微笑んだ。
|