*君だから*


 高校生の頃から、食事や気晴らしに付き合って貰っている。

 それが、デートだと言われたら、「そうではない」と、キッパリと冷たく言いはなっていただろう。

 それが、相手を守ることになるということは、誰よりもよく解っているのだから。

 だが、いつも彼女と一緒にいると楽しかった。

 一番、ストレスが発散出来る時間だった。

 何よりもかけがえない、大切な時間になったのは、確かだった。

 一番楽しい時間だったのは、真実だ。

 大切な時間。

 そして、何よりも得難い時間だった。

 彼女が一緒にいるだけで、何でもない空間が素晴らしい空間になるのは、間違いないことだった。

 これ以上ないほどの時間だった。

 その時間を永遠のものにしたい。

 そうするには、どうしたら良いのか、自分には解っている。

 それに、この機会を失えば、香穂子は自分のものにはならない。

 それは確信していた。

 

 吉羅は、待ち合わせ場所まで、香穂子を迎えにゆく。

 いつものように、わざと気まぐれに誘うのではなく、今日はきちんと誘いたかった。

 香穂子に伝えなければならないことがあるのだから。

 吉羅が、臨海公園前に到着すると、香穂子が笑顔で待っていてくれた。

 吉羅に軽く会釈をしてくれる。

 きちんと礼節を守ってくれているのだ。

 それが吉羅には少し不満だ。

 ふたりの距離を感じてしまうからだ。

 だが、距離はいらない。

 いや、欲しくない。

 香穂子が高校生の頃は、この距離を保つのは必須だった。

 この距離がなければ、

 香穂子を守ることは出来なかった。

 だが、今は違う。

 香穂子はもう高校生ではない。

 恋愛に関しても、自己責任が求められる年齢になっているのだ。

 だからこそ、対等に付き合える時期になったのだ。

 このままズルズルとするよりは、ここできちんとしたほうが良いと、吉羅は思う。

 誰よりも大切な存在である香穂子を、不安や中途半端な気持ちにさせたくはなかった。

 

「おはようございます、吉羅理事長」

「理事長、は、いらない。今日はプライベートだからね。私に肩書きは関係ない。君も学院の学生だというのは今日は関係ないからね」

 吉羅は、この瞬間、お互いの肩書きはいらないと思った。

 要らないどころか、意味はない。

「今日は魚にしようか?」

「食事ですか?それとも、場所ですか?」

 香穂子はくすくす笑いながら言う。

 一緒に出掛け始めた最初の頃、「魚」と吉羅が言い、香穂子は「魚料理」だと思い、ふたを開けたら、「水族館」ということがあった。

 これには香穂子は笑いながら、拗ねていたのだが、こんなことすらも、事細かく覚えているというのは、やはり、お互いに大切な時間だと思っているのは間違いはなかった。

 あれからもう、二年経つ。

 香穂子は大学生だ。

 恋愛にも、きちんと責任を持たなければならない年齢なのだ。

 吉羅は、水族館に向けて車を走らせる。

 こうしてドライブをしているだけで、とても幸せな気持ちになった。

 香穂子を車に乗せて走るのが、吉羅にとっては、何よりも幸せな時間になっていた。

 

 ふたりでのんびりと水族館を歩く。

 アテンダントによる、ガイドツアーにも参加することは出来たが、吉羅はふたりきりでのんびりと見ることにした。

 香穂子は楽しそうに他愛ないことを話ながら、水槽を見て回る。

「吉羅さん、鰯の大軍、キレイですね!」

「美味しそうかね?」

「そこまで食い意地ははっていませんよ」

 香穂子は口を尖らせて、水槽を見る。

「今日は美味しい魚料理の店に行こうか」

「期待してます」

 香穂子は、おしゃべりと水槽を見るのに夢中になりながら、ふらふらと歩く。

 足元が暗いせいか、香穂子は軽く躓いた。

「おっと、お約束だね、君は」

 吉羅は手慣れた仕草で、香穂子を軽々と受け止める。

「さあ、こうしたら、君も躓かないだろう」

 吉羅はわざとクールに言いながら、しっかりと手を握り締めた。

 手を握りしめると、香穂子は一瞬、戸惑ったような反応をした。

 だが、直ぐに吉羅を頼るようにギュッと手を握りしめてきた。

 こうして手を握りしめてくる香穂子が、可愛くてしょうがない。

 吉羅はこのまま抱き締めたくなった。

 香穂子と手を繋いで、水槽を眺める。

 なんて素晴らしいのだろうかと、思わずにはいられない。

 こうしてふたりでいる時間は、何よりも大切な時間になっている。

 吉羅は強くそれを思いながら、香穂子の手が離れないようにしっかりと握りしめていた。

 

 食事は新鮮な魚介を楽しむ。

 新鮮な魚介をふんだんに使った和食にした。

 イタリアンも良いが、やはり和食のほうが、今日は良いと思う。 

「吉羅さんが連れていって下さる食事は全部美味しいです」

 香穂子は携帯電話で写真を熱心に撮っている。

 香穂子の携帯電話には、吉羅がプレゼントした、魚のストラップが付けてある。

 大事にしてくれている。

 それがとても嬉しかった。

 食事をしている香穂子を見るのが、吉羅は何よりも好きだ。

 本当に幸せそうに食べるから、ご馳走するかいがある。

 香穂子はデザートまで堪能し、笑顔になっていた。

 

 折角、海の近くまで来たのだから、ふたりで散歩する。

 吉羅はごく自然に、香穂子の手を取った。

 ふたりで手を繋いで、歩く。

 今が伝える時だ。

 伝えなければならない。

「日野くん、これからもずっとこうして、逢わないか」

「もちろんですよ。お会いしましょう」

 香穂子は勘違いをしている。

 吉羅は、訂正しなければならないと感じた。

「いや、私が言いたいのは、理事長と学生としてではなく、これからは、恋人として会えないかと、いうことだ」

 香穂子が固まったように立ち止まる。

 一瞬。断られると思った。

 だが、香穂子は喜びを滲ませた顔になる。

「はい、嬉しいです。ずっと待っていましたから」

 香穂子は泣き笑いの表情を浮かべた後、吉羅に抱きついてくる。

 温かくて、柔らかい、優しい温もり。

 吉羅はそれを思いきり抱き締める。

「有り難う、日野くん。君を誰よりも大切に、愛しているから」

「私も吉羅さんが大好きです」

 香穂子は嬉し泣きをしながら、笑う。

 吉羅は香穂子の頬を両手で包み込むと、唇を近付ける。

 そのまま甘いキスをした。

 これがふたりのスタートラインとなった。

 恋がようやく動き出す。



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