寒いと恋しくなるもの。 それは愛しいひとの温もり。 愛しいひとの温もりを知る前は、何も恋しくはならなかった。 温かさなんて必要ないと思っていた。 なのにそれを知ってしまうと、求めてしまう。 寒いから求めてしまうのではない。 むしろ、寒くても、暑くても求めてしまう。 それは日野香穂子を魂の底から愛しているからに違いない。 こんなにも愛するひとが出来るなんて、思ってもみなかった。 愛して、愛して、愛し尽くすなんてことは出来ないぐらいに愛している相手に巡り会えた幸せは、本当にかえがたいことだと思う。 香穂子に会いたい。 逢って抱き締めたい。 その温もりを感じたい。 こんなにも求めているのは香穂子だけだ。 これほどまで愛せる相手と巡り会えたことに感謝をしながら、吉羅は携帯電話を手に取った。 理事長室の窓からは、横浜の見事な夜景が見える。 美しくて優しい夜景。 見慣れているやけになのかもしれないが、香穂子と付き合うようになってから、とっておきの夜景だと思えるようになった。 今夜は、みなとみらい辺りで、香穂子とふたりで夜景が見たい。 吉羅は愛する者に、 連絡をする。 呼び出し音が煩わしい。 「はい、香穂子です。暁彦さん」 楽しそうな声が電話越しで聴こえてくる。 「今から会いたいのだが、大丈夫かね?」 「はい。みなとみらいホールの打ち合わせに来ているので、みなとみらいにいますが、何処まで行けば良いですか?」 「そちらまで向かおう。待っていてくれたまえ。クィーンズ・スクウェアのクリスマスツリーの前はいかがかな?」 「はい!では、そこで」 「今から20分後にはそちらに迎えるから」 「はい。お待ちしていますね」 香穂子の嬉しそうな声が、吉羅は嬉しい。 吉羅は携帯電話を切ると、まるで初めて恋をする少年のような気分になりながら、支度をした。 車を懇意にしているホテルの駐車場に置いて、吉羅は待ち合わせ場所に急ぐ。 吉羅がクィーンズ・スクウェアに到着すると、香穂子が綺麗なベージュのコートに身を包んで、クリスマスツリーを見上げているのが見えた。 とても幸せそうな表情が美しくて、吉羅は見惚れてしまう。 本当に綺麗だ。 こんなにも綺麗な女性は他にはいないのではないかと思ってしまうぐらいだ。 美しすぎて、暫し、見惚れる。 吉羅がじっと見つめているのに気がついたからか、香穂子が笑顔を浮かべて、吉羅に向かって手を振ってくれた。 「暁彦さん!お仕事ご苦労様です」 香穂子の笑顔を見つめるだけで、吉羅は自分自身も笑顔になる。 癒される。 「君こそ、打ち合わせ、ご苦労様だったね」 香穂子は輝く笑顔を吉羅に向けて、寄り添ってきた。 「もうすぐクリスマスツリーの演奏時間なんですよ。タイミングが良くて、良かったですね、私達」 香穂子が本当に嬉しそうにするのが可愛い。 「手を繋いで、ツリーを見たいです。良いですか?」 香穂子の小さな恋の願いが、とても可愛くて、吉羅はついフッと笑ってしまう。 「じゃあ、お互いに片方だけ手袋を取ろうか?」 「そうですね」 ふたりはいつも繋いでいる手から手袋を外すと、ギュッと互いの手を繋いだ。 やはりこうして温もりを感じることが出来るのが、嬉しくてしょうがない。 この手の温もりが、吉羅を最高の幸せに導いてくれる。 香穂子の温もりをダイレクトに感じるだけで、吉羅は至福を感じた。 愛しい。 香穂子が愛しくて堪らない。 それを伝えるために、思いきり手を握り締めた。 二人で手を繋いで、ロマンティックでスウィートなクリスマスツリーの演奏に耳を傾ける。 本当に可愛くて素敵な瞬間だ。 クリスマスツリーの演奏に夢中になっている香穂子の横顔を眺めるのが、何よりも幸せだ。 クリスマスツリーよりも、香穂子を見つめることに、吉羅は夢中になっていた。 こんなにも幸せなことはないと感じながら。 ツリーのきらびやかなイルミネーションも綺麗だが、香穂子以上に綺麗なものはない。 香穂子の温もりとそして幸せそうな横顔。 手を繋いでそれらを感じることが出来るだけで、幸せでしょうがないと、吉羅は思った。 クリスマスツリーの演奏が終わり、香穂子は幸せな溜め息をうっとりと吐く。 香穂子は吉羅の顔を幸せそうに見上げた。 「綺麗で可愛かったですね。素敵でした」 香穂子は無邪気な笑顔を向けると、吉羅を真っ直ぐ見つめた。 「ロマンティックですね。だからこの季節が特に好きなのかも知れないですね」 「だったら、ロマンティックついでに、夜景を堪能するかね?」 「嬉しいです!」 「急に寒くなったから、夜景はさぞ綺麗だろうね」 「はい」 香穂子は幸せそうに微笑むと、吉羅の手を更に強く握り締めた。 ふたりでウッドデッキまで出る。 外はかなり冷えているのに、カップルでいっぱいだ。 今までならば、こんなに寒いのに何をしているのかと思ってしまう。 だが、この寒さだからこそ、寄り添う口実になるのだ。 しかも、寄り添えば、暖かい。 香穂子がより近くに寄り添ってくれているから、本当に暖かいと感じるのだ。 「暁彦さん、夜景がとても綺麗ですね」 「寒くないのかね?」 「大丈夫ですよ。とても暖かいです」 香穂子は吉羅にそっと寄り添うと、温かさを共有するように微笑んだ。 「だったら、暫くはこうしていようか……」 「そうですね」 香穂子と寄り添っているだけで、とても幸せだ。 これ以上ないぐらいに。 「今日は呼び出して下さいまして有り難うございます。嬉しかったですよ」 「こちらこそ、応えてくれて有り難う」 吉羅は、香穂子をそっと抱き締める。 香穂子は恥ずかしがったが、吉羅は抱き締める。 このままでいられることが幸せだ。 こうして愛するひとと一緒にいられることが、何よりも幸せだと感じた。 「来月は暁彦さんのお誕生日ですね。お祝いするのが楽しみです」 「私も楽しみにしているよ」 幸せな季節。 それは今から始まる。
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