*プロポーズ*


 もう香穂子しかいない。

 いや、出逢った時から、香穂子だと決めていたのかもしれない。

 だからこそ、香穂子が高校生の頃から、ずっと支援をしていたのかもしれない。

 運命の相手であると、本能で気づいていたのかもしれない。

 だからこそ、ずっとここまでやってこれたのかもしれない。

 運命の相手を見つける力が正しかったことは、もう証明されている。

 こうして香穂子と長い付き合いになったのだから。

 これ以上の相手にもう二度と巡り会うことはないと、分かっていたかもしれない。

 香穂子に告げなければならない。

 そして、ふたりの関係が新しいステージに向かうことを、お互いに選びとらなければならないと、吉羅は強く感じる。

 けじめをつけて、更なる愛を深める段階に、ふたりはたどり着いたのだ。

 ふたりで同じ道を歩いてゆく。

 その選択が必要なのだ。

 明るくも前向きで、しかもお互いに素晴らしく高めあう選択が必要なのだ。

 それにはもう結婚しかないと思う。

 香穂子と結婚をして、新たな基盤を作り、自分を高めたい。

 香穂子にプロポーズする。

 それを決心した。

 それ以外に、選択はないし、それが最良のものだということは、充分に分かっている。

 吉羅は珍しく緊張している自分に苦笑する。

 これ以上ないぐらいに緊張している自分に、苦笑すらしたくなる。

 こんなにも緊張するなんて、いまだかつてなかった。

 吉羅は、初めて告白をする中学生のように、ドキドキしてしまう。

 ドキドキするなんて言葉は、使ったことはないと思うぐらいに、吉羅は今回の緊張が特殊であることを悟る。

 香穂子にプロポーズするために準備をしたエンゲージリングを、果たして受け取ってくれるだろうかと思う。

 早すぎるだとか、キャリアに生きたいだとか、言わないだろうか。

 そればかりが気になってしまう。

 出会ってからは随分経つ。

 結婚に充分な年月だ。

 それに、もう離れたくはない。

 これ以上のスレ違いにも耐えられないと、吉羅は思った。

 香穂子と幸せな家庭を作りたい。

 香穂子と一緒に安らぎのある家族を作りたい。

 吉羅は、香穂子に断られたら、それこそ苦しい立場になるだろうと思う。

 本当に自分の一生がかかっているプロポーズなのだと、吉羅は思った。

 向こう側から香穂子が駆けて来るのが見えた。

 吉羅の姿を見て、遅れてしまったのだと、勘違いしたのだろう。

 今日は緊張し過ぎて、吉羅は約束よりもかなり早く来てしまったのだ。

 香穂子が焦る顔を見て、大丈夫だと声をかけなければならないだろう。

 頬を薔薇色に染めながら走ってくる香穂子は、本当に可愛かった。

 この場で抱き締めてしまいたくなるぐらいに。

「お待たせしました、暁彦さん。少し遅れてしまいましたね」

「大丈夫だよ。約束の時間よりも、少し早いぐらいだよ」

 吉羅は時計を見せた。すると香穂子はホッとした表情になる。

「私がいつもよりも早く着いているからね。私はいつも、ギリギリか遅れるぐらいだからね」

 吉羅が苦笑いを浮かべると、香穂子も同じように笑った。

「さあ、飲み物でも飲みなさい」

「はい。では、走ってきたので、オレンジジュースを」

 香穂子が飲み物を頼んでいる間も、吉羅はほんのりと緊張していた。

 本当にどうかしている。

 こんなにも緊張したことは、いまだかつてなかったのだから。

 香穂子は、運ばれてきたオレンジジュースを美味しそうに飲んでいる。

 その姿が、また可愛いと思ってしまう自分がいた。

 香穂子がジュースを飲み終わったら、ドライブに連れて行こう。それが一番素敵だ。

 吉羅は、香穂子の様子をただじっと見つめていた。

 

 吉羅の車に乗って、楽しみにしていたドライブに連れていって貰う。

 本当に楽しみだ。

 香穂子は何度も吉羅を見た。

 今日の吉羅はいつもとは少し違う。

 何処か緊張しているように見えた。

 ドキドキしているような、そんな雰囲気すら感じる。

 何にそんなにもドキドキしているのか、香穂子には分からなかった。

 そもそも吉羅が緊張することなどあるのかとすら、思ってしまった。

 吉羅の車は海辺をひたすら走っている。

 こうしているだけで、本当に楽しくなる。

 吉羅の横顔を見つめながら、香穂子は吉羅の緊張が何なのかが、気になった。

 緊張とはいっても、緊迫したものではなく、あくまで甘い雰囲気が滲んでいる。

 それがどのような意味になるのか、香穂子には分からなかった。

 車は海沿いを走っていたが、再び横浜市街地へと向かって走り出している。

 香穂子が好きな場所を巡ってくれているような気がした。

 

 香穂子にプロポーズをするのは、教会と決めていた。

 しかも姉が眠る教会だ。

 ふたりが本格的に出逢った場所であるし、思い出も詰まっている。

 プロポーズには相応しい場所だと思った。

 既に神父には、駐車場と教会の使用許可を取っていた。

 吉羅は車を駐車場に止めて、教会に向かう。

 いよいよ香穂子にプロポーズをするのだ。

 吉羅は、香穂子の手をしっかりと握り締めると、そのままゆっくりと、教会の中に入っていく。

 神様が立会人だ。

 そして、吉羅の姉も。

「教会の中に入るのは久しぶりです。なんだか素敵です」

 香穂子の声が明るく透明に弾んだ。

 とても可愛い。

「さあ、祭壇まで歩いて行こうか」

「はい」

 繋いだ手を更にしっかりと握りしめて、吉羅は祭壇へと歩いてゆく。

 式もここで行いたい。

 吉羅は香穂子を連れて祭壇の前まで行く。

 香穂子と向き合い、見つめあった。

 香穂子はようやく何が始まるのか、気づいたようだった。

 吉羅は、用意していたエンゲージリングを香穂子に差し出す。

「香穂子、結婚してくれないか?」

 遠回しに言うのはまどろっこしいので、ストレートに言う。

 すると香穂子は泣き笑いの幸せそうな笑みを浮かべて、頷いた。

「はい」

 胸がいっぱいとばかりに深呼吸をする。

「有り難う」

 吉羅は香穂子の左手を取ると、薬指にエンゲージリングをはめる。

「有り難うございます、暁彦さん。私、暁彦さんの奥さんになります。して下さい」

 香穂子は眩しいほどの笑みを浮かべる。

「幸せにする」

 吉羅は香穂子に誓うため、口付ける。

 ふたりで紡ぐ幸せな人生が、今、始まる。

 困難も多数待ち受けてはいるだろう。

 だが、香穂子とふたりならば乗り越えてゆけるだろう。

 それは確信出来る。

 吉羅は、これからの人生は幸せなものしかないと感じていた。




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