久々に、吉羅に大桟橋ホールのコンサートに誘われて、香穂子は少しだけおしゃれをしてコンサートに向かう。 カジュアルなクラシックコンサートだから、おしゃれもほんのりとしている。 大桟橋なので自分で向かうと言ったのだが、吉羅が学院か一緒に行こうと誘われて、理事長室へと向かった。 「理事長、日野です」 「ああ、待っていたよ。入りたまえ」 吉羅がスマートに声を掛けられ、香穂子はほんのりと笑顔を浮かべて中に入った。 「こんにちは、理事長。お仕事は如何ですか?」 「ちょうどキリの良いところまで終わったところだよ。日野君、行こうか」 「はい、お願いします」 香穂子が笑顔で答えると、吉羅はフッと笑って頷いてくれた。 駐車場に出て、車に乗り込む。 学院の門から出た途端に、吉羅は軽く香穂子の手を握り締めた。 「君の手は暖かいね」 「暁彦さんの手も温かいです」 「今夜はゆっくり出来るかな?」 「はい。勿論です」 香穂子が笑顔で頷くと、吉羅は「それは良かった」と言ってくれた。 吉羅は、香穂子の手を握り締めながら、大桟橋まで連れていってくれる。 ほんのりとさくら色に染まる春が、一足先にやってきたような気がした。 駐車場に車を置いて、ふたりはホールに向かう。 クラシックのコンサートだから、学院の生徒もちらほらと見掛ける。 だが吉羅は、香穂子を堂々とエスコートをしてくれている。 吉羅のこのようなところが、香穂子には好ましかった。 クラシックコンサートを楽しみながら、香穂子はほわほわとした幸せを感じる。 大好きなひとと、こうして一緒に音楽を楽しめるなんて、本当に嬉しかった。 コンサートが終わり、顔見知りに挨拶をしてから、ホールを出た。 ホールを出る頃には、躰が中心からガタガタと震えてしまうぐらいに寒かった。 軽く震えていると、吉羅が手を握って、そのままコートのポケットの中に入れてくれた。 こうすると、信じられないぐらいにぽかぽかと温かい。 こうしていると、もっと寒くなってしまっても構わないと思ってしまう。 「ぽかぽかして温かいです」 「それは良かった」 吉羅とふたりで大桟橋のデッキに出ると、本当に夜景が綺麗で、ついうっとりと見つめてしまった。 「暁彦さん、夜景がとても綺麗です!」 「喜んで貰えて嬉しい。少しここで散歩をするかね?」 「はい」 吉羅とふたりならば、寒さは少しも感じない。 寒さがロマンティックな演出すらしてくれているような気分になった。 吉羅と、更に大桟橋の上に向かう。 見晴らしの良い部分に立つと、不意に足下に足跡がプリントされていた。 「ここだと、3塔が総て見られるんですね」 「願い事が叶う…あれだね」 「願い事を……」 香穂子は願い事をしながら、清らかな気分になる。 香穂子の願い事は、ヴァイオリンのことと吉羅のことと、いつも決っているのだ。 願い事を終えるのと同じタイミングで、吉羅から声を掛けられる。 「香穂子」 「…え?」 顔を吉羅に向けた瞬間、香穂子は唇を重ねられていた。 3塔が見える場所でキスをするなんてロマンティックなのだろうかと思う。 香穂子は吉羅に抱き寄せられてキスを受けながら、なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられなかった。 「…3塔が見えるところを制覇してみるかね? 夕食はその後からでも遅くはないからね」 「はい…」 吉羅は頷くと、香穂子の腰を抱いて頷いてくれた。 次は神奈川県庁前のポイントまで、吉羅が車で連れていってくれる。 車から降りて、再び香穂子はお願いをした。 その度に、吉羅は抱き寄せては甘いキスをくれる。 幸せで甘いロマンティックな行為。 ライトアップされた3塔が、彩りを添えてくれていた。 次は赤レンガ倉庫。 車で連れていって貰えるから、寒くはない。 それに何よりも吉羅が温かいのだ。 抱き締めてキスをしてくれるから。 お願いをする度に抱き締めてキスをしてくれる。 これだけで充分温かいのだ。 「これで3塔巡りはお終いだよお嬢さん。夕食を食べに行こうか?」 「はい」 香穂子が頷くと、吉羅はしっかりと手を握り締めてくれる。 寒風が吹くというのに少しも寒くはない。 これは恐らく、吉羅のお陰だろう。 ずっと寄り添ってくれるからこそ、ぽかぽかと春の日溜のように温かいのだから。 「暁彦さん、きっとひとりだったら、かなり寒かったと思うんです。だけど、暁彦さんと一緒だから、少しも寒くはなかったですよ」 「それは良かった。私も温かかったからね。だが、既に冷えてしまったかもしれないね…」 「…え…?」 「…唇が…」 吉羅は甘く掠れた声で言うと、香穂子を抱き寄せて唇を深く奪ってくる。 唇から温もりが全身に伝わっていった。 幸せでしょうがない温もりが。 息が出来ないぐらいに激しくて温かなキスにぼんやりとしながら、香穂子は躰が暖かくなるのを感じた。 「…食事に行こうか」 「はい」 吉羅は、香穂子を最高の女性として扱ってくれる。 それが嬉しくて、華やいだ気分になる。 吉羅が連れていってくれたのは、みなとみらいの夜景が一望出来るレストラン。 正式な付き合いをする前の高校生の頃から、よく連れていってくれたレストランだ。 何度となくうっとりとして、帰りたくないと思ったものだ。 勿論、そのようなことは言い出せなかったけれど。 あの頃は、吉羅と正式に付き合うことが夢のまた夢のように思えた。 だが、叶うと信じて夢見ていた。 吉羅との恋が成就するように、何度も祈ったものだ。 今、こうして実現しているのが嬉しい。 あの時は、本当にこっそりと、3塔に願いをかけたものだ。 幸せな願いを。 こうして叶っているのだから、3塔にお願いをするのは、良いことなのかもしれない。 香穂子はほんのりとそんなことを思っていた。 夜景が見えるレストランの特等席に座る。 幸せ過ぎて、香穂子がくすりと笑うと、吉羅が柔らかな笑みを浮かべながら見つめてきた。 「どうしたのかね?」 「3塔の願い事は叶うなあって思っていたんですよ」 「ほう…。どのような願い事なのかね?」 吉羅は興味津津な表情で訊いてくるが、香穂子はくすりと笑いながら澄した表情をする。 「秘密です」 「ほう…。だったら、今夜…、たっぷりと君には尋問しなければならないね?」 吉羅のわざと意地悪な表情に、香穂子はクールに微笑む。 「…暁彦さんが聞き出せるなら」 「宣戦布告は後で聞こうか…」 吉羅はそこまで言うと、声を顰めた。 「…勿論…、ベッドの中でね…」 「…もう…」 香穂子は恥ずかしさと甘いはにかみに、そっと目を伏せた。 「さあ、今は休戦だ。食事を楽しもう…」 「はい」 ロマンティックな夜景を見ながら美味しい食事をする贅沢に、香穂子は幸せと感謝を感じていた。 吉羅と息が切れるほどに愛し合った後、香穂子は甘えるように吉羅に擦り寄る。 「そろそろ教えてくれないかね? お嬢さん?」 吉羅の言葉に、香穂子はフッと笑う。 「…暁彦さんと、正式にお付き合いをしたいと祈ったんですよ…」 「…そうか…。君は本当に可愛いね…。更に愛したくなったじゃないか…」 吉羅は微笑むと、香穂子をギュッと抱き締める。 そのまま組み敷くと、熱くて甘くて、そして楽園にいるような幸せをくれる。 香穂子は幸せに溺れながら、3塔に感謝をしていた。 |