*ねこのファンタジア*


 森の広場には、可愛いネコたちが沢山いる。

 金澤が、ネコたちに餌付けをして名前までつけている。

 そのせいか、学院の生徒たちは、ネコを大切に可愛がっているものが多い。

 だが、それを良く思っていない者も多いのではないかと、香穂子は思っている。

 その筆頭と思われているのが、理事長の吉羅だ。

 吉羅が、森の広場に住み着いているにゃんこたちを排除するかもしれない。

 そんな噂がまことしやかに流れていた。

 ネコを可愛がっている金澤も、その噂は知っていた。

 だが、にやにやと笑うだけで、いっこうに手を打とうとはしなかった。

 ネコ好きの金澤らしからぬ行動に、香穂子は何かあるのだろうと思った。

 ネコたちの楽園が維持されることへの確信すら感じられる。

 それは吉羅と長い付き合いであるから、その心理や行動を知り尽くしているだろうかと、思った。

 吉羅の噂に関しては、金澤はほとんど取り上げようとはしない。それもかなりの信頼関係があるからだろうと、香穂子は思わずにはいられない。

 素敵な関係だと思う。

 ふたりの関係性は本当に羨ましい。

 先輩と後輩、上司と部下だとか、そのようなものを感じられそうで感じない。

 これが、ふたりの羨ましい程の関係性を維持しているのだろうと、香穂子は思っていた。

 

「吉羅がネコの排除? ない、ない。ネコ神様に誓ってもな」

 金澤は、理事長が森の広場のネコを排除するかもしれないという噂を訴える生徒を、今日もあしらっていた。

 このあたりは徹底している。

「吉羅は何だかんだでんなことはしないな。だから、お前たちも心配するな」

 金澤はさらりと言うと、生徒たちを追い返した。

 香穂子の耳にも同じような噂が入るが、やはり信じられない。

 自分で確かめたいという気持ちも、香穂子にはたっぷりとあった。

 香穂子はひとり、森の広場で、散歩兼、練習するためにのんびりしていた。

 ネコたちが観客になってくれるのも、香穂子としては好ましい。

 香穂子がヴァイオリンの練習を終えて、ひと休みしていると、ネコたちがご機嫌にお尻を振りながら走っていくのが見えた。

 本当に楽しそうだ。

 何か嬉しいことでもあるのだろうかと、香穂子は思わず追いかけたくなった。

 ネコたちの井戸端会議なんて、可愛くて素敵だと思ったからだ。

 香穂子が追いかけてゆくと、ネコが集団で喉を鳴らしているのが聴こえた。

 香穂子は益々興味が沸いてしまい、思わず覗いてしまった。

 するとそこには、見たことのある上質なスーツを着た男が、ネコたちに餌をやっていた。

「吉羅理事長!!!」

 吉羅が屈んで、ネコたちの頭を優しく撫でながら、ドライフードをふんだんにあげている。

「ウメさん、タビ、元気だったか?」

 甘いテノールの美声で、吉羅はネコたちに語りかけていた。

 まさか。吉羅が、金澤が名付けたネコの名前を総て知っているとは、思ってもみなかった。

 しかも、ネコたちはかなり吉羅になついている。

 香穂子は、吉羅が、ネコを排除するわけがないと、深く確信した。

 しかも、金澤並みにネコを可愛がっている。

 香穂子はほっこりとした温かな気持ちになりながら、吉羅をそっと眺めていた。

 日だまりにいるように温かい。

 ふと吉羅と目が合った。こちらに気づいているかのように、じっと見つめた。

「日野くん、隠れていないで、出てきなさい」

 やはり吉羅は気づいていたようで、真っ直ぐこちらを見ている。

 隠れても吉羅には直ぐにバレてしまうだろう。

 香穂子は仕方がなく、すごすごと吉羅に姿を現した。

 香穂子の姿を見つめ、吉羅は神経質そうに目を細める。

 怒っている。

 だが、吉羅からは逃げられない。

 香穂子はゆっくりと吉羅に近づいていく。

 ウメさんやタビとは顔馴染みのせいか、嬉しそうに喉を鳴らしながら、近づいてきた。

「ウメさん、タビ!」

「ウメさんは二代目、タビは三代目だ」

「へ?」

 吉羅は、森の広場のネコたちにはかなり詳しい様子だった。

「お優しいんですね」

 香穂子は吉羅の隣に腰を下ろして、ネコの様子を見つめる。

 ネコたちは本当に幸せそうだ。

 余ほど吉羅になついているのだろう。

 見つめているだけで、香穂子までが幸せな表情になった。

「本当に可愛いですね」

 香穂子は、吉羅の穏やかな笑顔が少年のようで、可愛いと思った。

「ネコは無駄口を叩かないからね」

 吉羅は、“可愛い”を、ネコが可愛いと取ったようだ。確かにそうだが、香穂子は吉羅が可愛いと思ってのことだった。

 何だか恥ずかしい。顔がほてって熱くて、ドキドキしてしまう。

 香穂子は息が出来ないぐらいにドキドキしてしまい、うっとりとした気持ちになった。

「日野くん、顔が赤いがどうしたのかね?」

「あ、あの、そ、その、まあ……」

 言葉を上手く紡ぐことが出来なくて、香穂子はしどろもどろになった。

 その様子を見ながら、吉羅はくすりと穏やかに笑う。

「君はネコが羨ましそうな顔をするね。ネコのえさが欲しいのかね?」

 吉羅はクールに言いながらも、甘い意地悪さを滲ませている。

「ネ、ネコのえさが欲しい訳じゃないですっ!」

 香穂子は自分の心を見透かされているような気がして、ついむきになってしまった。

「そうかな」

「そ、そうです」

 吉羅は百戦錬磨のビジネスマンであるせいか、勘はかなり鋭いのだ。

「ネコと同じように君にもご馳走しようかと思ったのだがね。甘いケーキを」

 ケーキと吉羅。

 なんて甘過ぎる組み合わせなのだろうか。これ以上はないだろう。

「いかがかね、日野くん」

 こんな魅力的な組み合わせは他にはない。

 香穂子は素直に頷いた。

「はい、ご一緒します」

 香穂子の明るい返事に、吉羅も薄く笑いながら頷いた。

「では、行こうか」

 吉羅に誘われて、香穂子はついて行く。

「これも餌付けなのかもしれないね……」

「え……?」

「いいや、こちらの話だよ」

 吉羅はほくそえむ。

 香穂子も、こんな餌付けなら大歓迎だと思う。

 ちょっとくすぐったくて、幸せな餌付け。

 ネコ神様が見せてくれた奇跡なのだ。

 このネコたちの楽園を大切にしている想いが通じたのかもしれない。

 ネコ神様は本当にいると思いながら。

 ネコ神様は、恋の幸せを運んでくるのが得意技なのかもしれない。

 それならばなんてロマンティックなんだろうか。

 甘い甘い夢を見せてくれる神様に違いないと、香穂子は思った。



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