もうすぐ父の日。 いつも父親には感謝をしている。 表立って派手なことはしないが、いつもスマートかつさり気なく、暁慈たちをサポートしてくれている。 父親の大きな優しさとさり気ない行動は、暁慈にとっては目標になっている。 だからこそ父の日には日頃の感謝を込めたい。 父親が無言のまま背中で様々なことを教えてくれるからこそ、こうして頑張っていくことが出来るのだ。 似顔絵だとか、父親のお手伝い券だとかは、暁美に任せたら良い。 暁慈が小さな頃もそのようなプレゼントを贈っていたが、とても喜んでくれた。 今年も兄弟でアンサンブルを組んで、演奏を披露する。 父親が好きな“ジュ・トゥ・ヴ”を演奏するつもりだ。 毎年の定番演奏曲となっている。 暁慈も大好きな曲だ。 少しばかり甘い曲ではあるが、母親のロマンティックな演奏が好きだった。 今回は妹を産んだばかりの母親には負担がかかるから、演奏は一緒にしないが、それだからこそ、良い演奏をしなければならないと、暁慈は思った。 暁慈にとって、最高のヴァイオリニストは母親であるから、今回は楽しんで貰えれば良いと思っていた。 兄弟たちでコソコソと音合わせをする。 みんなでひとつの曲を作るアンサンブルは、かなり楽しい。 演奏していると本当に良いものを作り出しているのだという実感が湧き上がる。 兄弟だからこそ出来るものがあるのだ。 母親のヴァイオリン練習室でアンサンブルの練習をしていると、香穂子がやってきた。 「母さん、ひなたは大丈夫なの?」 「うん。ひなちゃんは、今、暁彦さんが見ているから大丈夫だよ。ただ眠っているだけだし…」 「そうなんだ。お母さん、練習を見に来たの?」 あさひが笑顔で言うと、香穂子は穏やかな笑みを向ける。 「みんなの姿を写真に残そうと思って」 香穂子がデジタルカメラを掲げながら言うと、一番下の暁美が走って抱き着いてゆく。 「ママーっ!」 「あきちゃん」 ひなたが生まれてからというもの、兄になろうと一生懸命である反面、何処か赤ちゃんがえりをしているところがある。 それはかつて暁慈もあったことだ。 あさひが生まれた頃、卒業したはずのおっぱいをねだって飲んでいたのをうっすらと思い出す。 両親はからかうようなことはしないが、暁慈にとってはほんのり恥ずかしい想い出だ。 「ママ、あちょでだっこちてっ!」 「うん、良いよ。後で抱っこをしてあげるからね」 「あいー」 暁美は嬉しそうに声を上げていた。 「じゃあみんな、アンサンブルの練習をしていてね。みんなの様子を写真に残すから」 香穂子はカメラを構えると、一生懸命撮影を始める。 今は妹がよくカメラの被写体になっているが、母親は分け隔てなく全員のアルバムを作ってくれる。 それが嬉しい。 香穂子はひとりひとりの写真を撮ってゆく。その間、暁慈たちはアンサンブル練習に集中していた。 「さてと、みんなの写真は撮れたよ。有り難う。データは暁慈に渡すから、後は加工をお願いね」 「解った」 母親が撮っていたのは、父の日に渡すポートレート。 暁慈が加工をして、兄弟でメッセージを書くのだ。 それが一番のプレゼントだと、母親も言っていた。 アンサンブル演奏と兄弟のポートレート。 これ以上にない幸せなものだと、暁慈は思った。 母親が部屋から出ようとすると、暁美がすがりつく。 「ママ、おっぱい、いっぱい」 暁美の甘え振りに、香穂子は優しい笑みを浮かべた。 「暁美、まだアンサンブルの練習が終わっていないよ」 あさひが言っても、暁美は嫌々と首を振るだけだ。 「しょうがないね。あきちゃん、部屋に行こうか」 香穂子は息子を抱き上げると、暁慈に視線を送る。 「暁慈、あきちゃんを連れて行くわね」 「解った」 暁慈は頷くと、一番下の弟を母親に任せることにした。 アンサンブルの練習はお開きになる。 後は、父の日ランチのメニューを考えるだけだ。 母の日と同様に、喜んで貰いたかった。 父親の大好物は意外なぐらいにシンプルな茶粥だ。 暁慈は、茶粥用の美味しいお茶を、わざわざ奈良県から取り寄せたのだ。 茶粥に合うおかずということで、中華風の魚貝サラダや、ヒジキ、更にはメインはローストビーフを用意する。 美味しいから喜んでくれるのではないかと思った。 あさひと暁慈がメインシェフで、暁愛がサポート、おチビチームは出来ることをやって貰う。 意外にも甘味が好きな吉羅のために、夏らしいクリームあんみつをデザートに用意した。 全くバランスが取れてはいないメニューではあるが、父親の好きなものを中心に考えるとこうなってしまったのだ。 当日は朝から忙しい。 暁慈たちは張り切って準備をしようと思っていた。 当日は朝食の後からキッチンに入り、ランチ作りに精を出す。 「…暁美とゆうひはクリームあんみつのデコレーションをしてくれ」 「あーい」 ふたりとも仕事が与えられたのが嬉しいのか、一生懸命にやっている。 その間、ローストビーフを作ったり、サラダを作ったりする。 勿論、肝心の美味しい茶粥も忘れてはいない。 やはり地元でよく出ているお茶を使えば、美味しく出来るだろう。 暁慈たちは、父親が心から喜んでくれることを、楽しみにしていた。 香穂子と吉羅は、子供たちに追い出されて、ひなたを連れて散歩していた。 ようやくひなたもバギーカーを使って外出する時期になってきた。 吉羅と娘との三人での散歩も、父の日の素敵なプレゼントなのだ。 香穂子は嬉しくてしょうがなかった。 「子供たちはどんな父の日をしてくれるんでしょうか?」 「あの子たちが一生懸命やってくれているだけで、私は嬉しく思うよ。香穂子、有り難う。あんな風に素晴らしく5人の子供を育ててくれて。感謝しているよ」 「私こそ暁彦さんには有り難うですよ。暁彦さんが父親としての役割をしっかりとして下さっているからこそ、あの子たちは真直ぐ育っているんです。ご存じですか? 暁慈があなたの後を継ぎたいと思っていることを…。今やあの子の夢は、あなたと一緒に働くことなんですよ」 「ああ。私も今から楽しみにしている…」 吉羅は息子の成長に、目を細めた。 ランチが出来た頃、両親が散歩から帰ってきた。 同時に、家の中庭が望める日の当たるダイニングルームに連れていく。 テーブルには吉羅の大好きなものを並べており、父親は嬉しそうに笑った。 「有り難う」 吉羅は香穂子と一緒に席に着くと、先ずは茶粥から食べ始めた。 父親は静かな笑みで頷いてくれる。 美味しく思ってくれているようだ。 これには子供たちは全員ホッとしていた。 デザートであるクリームあんみつを食べながら、いよいよアンサンブル演奏だ。 父親の好きな曲である“ジュ・トゥ・ヴ”だ。 暁慈たちは、父親に日頃の感謝を込めて演奏をした。 吉羅は子供たちの成長ぶりと優しさに、泣きそうになる。 それほど感動していた。 生まれてきて有り難う。 そう感謝する。 アンサンブル演奏が済むと、子供たちからはメッセージが書かれたポートレートが贈られる。 本当に嬉しくて幸せで、吉羅は子供たちを思い切り抱き締めた。 ギュッと抱き締めると、本当に幸せが溢れてくる。 「有り難う…、暁慈、あさひ、暁愛、ゆうひ、暁美、ひなた…」 吉羅は子供たちの名前を呼ぶと、更に強く抱き締める。 今年もまた最高の父の日になった。 |