*節分のおもひで*


 節分は子供のための行事ではないかと思う。

 小さな子供たちのために、香穂子は楽しく過ごして貰おうと思う。

 暁慈は特に楽しみにしていて、自分で鬼の面を作るのだと言って張り切っている。

「ママー、鬼さんのお面をちゅくるよ」

「はい、はい」

 息子がま白の画用紙に好き勝手に絵を描くのを見る。

 鬼は何処か怒っている時の吉羅に似ているような気がした。

「何だかこの鬼さん、お父さんに似ているような気がするんだけれど」

 香穂子が苦笑いを浮かべながら訊いてみると、暁慈は真面目腐った顔で唇を尖らせた。

「…だって、鬼しゃんは怖いんでしょ? 怒った時のとーしゃんが一番怖いから…」

「なるほどね」

 吉羅は決して甘い父親ではない。特に暁慈に対しては、厳しい。一番上だからということもあるだろう。

 だが、甘やかす時は本当に甘やかせる。

 吉羅は、そのあたりのメリハリをきちんとつけて子育てに参加をしてくれている。

 香穂子にとっては有り難い限りだ。

 きちんと吉羅を怖がり、そしてきちんと尊敬して大好きでもある。

 暁慈と吉羅はまさに理想的な親子関係を気付いていると言えた。

「あきちゃん、鬼の絵はお面にするから、ママが輪郭だけを描くから、中身はあきちゃんが書いてくれるかな?」

「あい!」

 暁慈は素直に言うと、香穂子が輪郭を描くのをじっと見つめてきた。

「何だか緊張しちゃうなあ」

「大丈夫だよっ! ママ、じょーず」

「有り難う、あきちゃん」

 暁慈に言われると、一生懸命鬼の絵を描こうと思う。

「じゃあママが輪郭を描いたから、あきちゃんは、その中身を描いてくれるかな? あきちゃんは絵が上手だからね」

 香穂子がにっこりと笑うと、息子は笑顔で鬼を描き始めた。

 一生懸命、鬼の絵を描く息子に目を細めながら、香穂子は幸せな気分になっていた。

 こうして暁慈がいて、吉羅がいて、そしてお腹には次の子供がいる。

 こんなにも満たされたことは、いまだかつてなかったことだ。

 本当に幸せだ。

 だからだろうか。

 ヴァイオリンの演奏にも、より華やかさと暖かみが生まれてきたと言われた。

 それが何よりも嬉しかった。

「でけたっ!」

 暁慈が自慢げに声高らかに宣言をして、自慢の作品を香穂子に見せてくれる。

 やはりほんの少しだけではあるが、怒った時の吉羅に似ている。

 何処か優しさも感じられる鬼の顔に、香穂子も自然と癒されて、満足した。

「良い鬼の絵が出来たね。これで節分の準備はひとつ終わったね」

「あいー!」

 暁慈は嬉しそうに言う。

 後はお面になるように、鬼の面に穴を開けて、ゴムを通すと完成だ。

「有り難うあきちゃん、とっても素敵な鬼の面だよ」

 香穂子が褒めると、暁慈は嬉しそうに鬼の面を眺めている。

「これから、あきちゃんには鬼のお面係になって貰わないとねー。あきちゃんが作ってくれるのが一番だよ」

「あい!」

 暁慈は、香穂子から沢山褒められたのが嬉しかったらしく、いつまでも鬼の面を見つめていた。

 

 来年からは更に楽しい節分になることを予感しながら、香穂子は手巻き寿司の準備にかかる。

 寿司飯を作る際は、暁慈がしっかりと手伝ってくれる。

 団扇で一生懸命扇いでくれた。

 一人前に、可愛いカフェエプロンをして、一端の料理人のようでとても可愛らしい。

 カフェエプロンは、吉羅とお揃いのものだ。

 吉羅がわざわざ作らせたのだ。

 吉羅の親バカぶりが見受けられる。

 本当に息子を愛してくれているのをひしひしと感じて、香穂子は嬉しくて仕方がなかった。

 吉羅が帰ってきたら、親子三人半で楽しい節分をしよう。

 美味しいご飯を食べて豆撒きをしたら、さぞかし楽しいことだろう。

 吉羅が帰ってくるのが、本当に楽しみだった。

 

 今日は吉羅が早く帰ってきてくれる。

 それだけでも華やいだ気分になる。

 早いと言っても8時ギリギリだ。

 しかしこれでも吉羅が相当努力をしてくれているのは、香穂子にも充分解っている。

 8時に間に合うようにテーブルをセッティングしたところで、吉羅が帰ってきた。

 帰ってきた途端に、暁慈は玄関先に飛び出していく。

「とーしゃん! おかえりー!」

 暁慈に最近は一番に吉羅を取られてしまうために、香穂子はほんのりと切ない。

 これも致し方がないのではあるが。

「とーしゃん、あきちゃんねー、今日、いぱーい、ママのお手伝いをしたよー」

「それはご苦労様だったね。有り難う暁慈」

 吉羅は息子を労うと、この上なく優しいまなざしをわが子に向けた。

 手巻き寿司を食べるために、暁慈はカフェエプロンをして、準備万端だ。

 暁慈が食べられないものも具材として準備をしているが、子供にも大丈夫なツナなどはしっかりと準備をしておいた。

「暁慈、張り切っているね」

「とーしゃんもいっちょにエプロンすう」

「解ったよ」

 結局、息子には勝てなくて、吉羅はカフェエプロンをした。

 親子三人で食卓を囲んで手巻き寿司を楽しむ。

 なんて楽しいことなのだろうかと、香穂子は思わずにはいられない。

 暁慈は、まだまだ小さいので大半は吉羅と香穂子がかなり手伝ってやらないと寿司を巻くことが出来なかったが、それでも一生懸命やる姿に、成長を感じていた。

「あきちゃん、頑張ってひとりでする。もうすぐお兄ちゃんになるから」

「そうだね。お前はもうすぐ兄になるから、しっかりしないといけないからね」

「あいっ!」

 暁慈は何処か誇らしげに返事をすると、笑顔になっていた。

「さてと、恵方巻きを食べないとならないね。暁慈、黙って願い事を心の中で言いながら、海苔巻きを食べるんだよ」

「あいっ!」

 父親に言われた通りに、暁慈は黙って海苔巻きを食べる。

 何処か真剣な表情は本当に可愛らしくて、香穂子はつい笑みを零した。

「願ったっ!」

「次は年の数だけ豆を食べようか」

「あいーっ!」

 暁慈は張り切って返事をしたものの、僅かに三粒の豆に、心からがっかりしてしまったようだ。

「あきちゃん…こえだけ?」

「そうだ。年の数だけ豆は食べるものだからね」

「ちゅまんない…。こんなちょっぴん…」

 小さな手のひらに乗せられた豆を見て、暁慈は心底がっかりしてしまったようだ。

「あきちゃん、早く大きくなる…」

「そうだね、早く大きくなりなさい」

「あい」

 暁慈は僅かな豆を切なそうに食べていた。

 

 いよいよ豆撒き。

 本日のメインイベントと言っても良い。

 暁慈は枡の中に入った豆を持ってご満悦だ。

「暁彦さん、あきちゃんが作った鬼の面なのでこれを被って下さい」

「解った」

 吉羅が鬼の面を被って、いよいよ戦闘開始だ。

「おにはー外、ふくはー内ー」

 鬼の面を被った吉羅に豆をぶつけながら、暁慈は楽しそうに笑う。

 吉羅家に春がやってきた。

 

「暁慈、今年は鬼の役をお父さんと一緒にお願いね」

「解った。俺がゆうひのお面を着ければ良いんだね」

「そうよ。お願いね」

「解った」

 大きくなった息子の背中を見ながら、香穂子は微笑む。

 香穂子は、収納庫に入ると、ずっと大切に保存している箱を取り出して開ける。

 そこには歴代の鬼のお面が入っている。

 一番古い暁慈のものを取り出して、香穂子は笑う。

「大きくなったね、あきちゃん…。だけどこれは暁彦さんにそっくりだね」

 香穂子は、幸せなノスタルジーを感じながら、静かに笑った。

 今年も吉羅家には春がやってくる。



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