幼い頃から節分は楽しみだった。 流石に中学生になり、妹や弟が増えると、口を出して言えなくなるが、今でも好きな行事のひとつである。 「今日はねー、幼稚園で豆撒きがあるんだー。強い鬼さんのお面を作ってくるよー」 暁慈の横にちょこんと座って、下の妹であるゆうひが楽しそうに話している。それを聴いていると、暁慈もつい笑顔になった。 「ママ、今日は学校から早目に帰ってくるから、手巻き寿司の準備を手伝うからね」 「有り難う、あさひ」 暁慈の直ぐ下の妹であるあさひは、お姉さんぶって言っている。 「俺はいっぱい食べるから!」 あさひの直ぐ下の弟で、一番活発な暁愛が朝から元気いっぱいに宣言をする。小学校3年生だからよく食べるのだ。勿論、暁慈も現在中学一年であるから、よく食べるのだが。 「みんな節分は楽しみだものね。あきちゃんもいっぱい楽しもうね」 三代目“あきちゃん”を襲名している、まだ三才の弟暁美は、母親の香穂子に満面の笑顔を浮かべていた。 父親と言えば、相変わらずクールに食事をしているが、冷たそうに見えてもまなざしはとても明るく温かかった。 朝の吉羅家は、5人の子供たちが騒ぐので賑やかだ。 そして香穂子のお腹には6人目の子供がいる。 更に吉羅家は賑やかになるだろう。 今のところ、長男暁慈が次女ゆうひの面倒を主に見て、長女あさひが小学校が同じということもあり、暁愛の面倒を見ているが、結局は兄に頼ってくるのだ。 「今日は暁慈、ゆうひを頼んだよ」 「解った」 いつもは母親の香穂子が、幼稚園の送り迎えをしていたのだが、妊娠中の為、吉羅が大事を取らせて、暁慈と交替で送ることにしている。 お迎えは、香穂子が行っている。 今日は吉羅が朝から重要な会議があるために、暁慈が見送りに行くことになっているのだ。 「今日はお兄ちゃんと一緒だから嬉しいよ」 「有り難う、ゆうひ」 父親は少しだけ苦笑いをしたが、それは娘の関心を引けなかったからかもしれない。 だが、父親が一番関心を引きたいのは、母親の香穂子であることは間違いないだろうが。 父親がいつもよりも早く食卓を離れ、仕事に向かう。 それを母親が見送りにいく。 こちらが赤面してしまうほどに、本当に仲良し夫婦なのだ。これはいつも思っている。 子供たちにとっては両親が理想であることは、間違なかった。 父親である吉羅暁彦の背中を見る。 家族を守ってくれているとても頼もしい背中だ。 いつからか、あのような背中を持つ男になりたいと思うようになった。 父親の背中を見ながら、暁慈は、将来、父親をサポートして、それ以上の人間になりたいと思っていた。 父親と母親は玄関先で恥ずかしがることなく、さり気ないスマートなキスをした後、見送る。 母親は特に恥ずかしがることなく、暁慈を見た。 「暁慈、今日はゆうひをよろしくね」 「ああ。解った」 香穂子の笑顔が照れ臭くて、暁慈はついクールな素振りをしてしまった。 「じゃあママ、いってきまーす」 「はい、ゆうひちゃん、行ってらっしゃい。暁慈、お願いね。行ってらっしゃい」 母親に見送られて、暁慈は妹と手を繋いで幼稚園へと向かう。 暁慈が通っている中学と比較的近いので、通学は楽だ。 「お兄ちゃん、今日の節分は楽しみだね。鬼のお面を楽しみにしていてね!」 「どんな怖い鬼の面になっているかを楽しみにしているよ」 「あいっ!」 小さな妹の手がしっかりと繋いでくる。 柔らかくて守らなければならない存在だ。 「今日はおうちでの節分が楽しみっ! ゆうひもね、ママのお手伝いをするんだよー。お兄ちゃん、お寿司を美味しく作ってあげるから楽しみにね」 「ああ、楽しみにしているよ、ゆうひ」 ゆうひは暁慈に満面の笑みを浮かべてくれる。年の離れた弟妹というのは、気持ちを和ませてくれる存在だと思わずにはいられなかった。 幼稚園に入ると、途端に、ゆうひの友人の母親や、教諭とやたら声を掛けられる。 「まあ! 今日はお兄ちゃんがお見送りなんですね!」 「はい。ゆうひをよろしくお願いします」 教諭にきちんと挨拶をした後、ゆうひの手を離す。 すると妹は手を振りながら友達の輪の中に入っていった。 「お兄ちゃんはお父さんに本当に似ていますね」 「親子ですから」 どうして母親たちや教諭たちが騒いでいるのかが分からずに、暁慈はクールに応対をした。 「ではよろしくお願い致します」 あくまでも礼儀正しく挨拶をした後で、暁慈は、中学校へと向かった。 暁慈が学校と塾を終えて家に帰ると、既に帰宅していた妹たちが大騒ぎになっていた。 キッチンを覗くと、みんなが楽しんで母親を手伝っているのが見えた。 お揃いのエプロンをして本当に楽しそうだ。 特にあさひとゆうひが楽しそうだ。 暁愛は帰ってきたばかりらしく、綺麗なエプロンだった。 ヴァイオリンの特別レッスンから帰って来たばかりなのだろう。 兄弟の中では一番ヴァイオリンの才能があると、暁慈は常日頃から思っているのだ。それは母親も同じらしく、自分で教える他に、ヴァイオリンの特別レッスンも受けさせているのだ。 勿論、兄と同じ私立中学にも行きたいと思っているらしく、そこは頑張っているようだ。 「ただいま」 「おかえりーお兄ちゃん!!」 「おかえりなさい、暁慈」 母親と弟妹たちが走って出迎えてくれる。 「お兄ちゃんもお寿司の手伝いをしようよ」 ゆうひが制服を引っ張ってくれている。 だが暁慈は苦笑いを浮かべながら、妹を見た。 「ゆうひ、勉強をしなければならないからお兄ちゃんは手伝えないよ。だから、お前たちで母さんを手伝ってやって」 優しく言い聞かせるように言うと、妹はかなり残念そうな顔をする。 「解った…」 暁慈を母親は優しい表情で見つめてくれていた。 父親が早目に帰ってきてくれて、節分恒例の手巻き寿司パーティが始まる。 今年の恵方に向いて、皆で無言で食事をするのには、流石に笑えた。 妹や弟は、それなりに願い事があるらしく、かなり真剣だ。 暁慈の願い事と言えば、父親のようになりたいということ。 暁慈にとってはずっと憬れていることでもあった。 恵方巻きを食べている時だけは静かで、後は賑やかだった。 年の数だけ豆を食べるさいには、末っ子の暁美が文句を言っていた。 いよいよ豆撒きだ。 ゆうひが作ってきたちっとも怖くないお面は暁慈が、暁愛が作った恐ろしい面は父親がつける。 最近はふたりで鬼の役をしている。 妹弟たちに散々豆をぶつけられて逃げ回った。 「鬼は外ー!」 「福はうちー!」 豆をぶつけられた後、母親とあさひが掃除機を掛ける中、暁慈は自室に戻った。 「あれ?」 勉強机の上には、リボンが掛かった小さな箱が置いてあった。その上には小さなメッセージカードが置いてある。 あきちゃんへ。 いつも有り難う。 父母より この字は恐らく母親のものだ。 そして懐かしい“あきちゃん”という呼び方。 暁愛が生まれるまで、ずっと母親に呼ばれていたのだ。 包装紙を開けると、そこには暁慈が欲しいと思っていた万年筆が置かれていた。 父親が愛用しているものと同じだ。 それが嬉しくて、暁慈は満面の笑みを浮かべた。 暁慈にとって両親は尊敬するひとであるし、父親は目標である。 いつかこの万年筆に相応しい人間になるために努力しよう。 明日は立春。 暁慈には一足早い春が来た。 |