吉羅と結婚してから、穏やかで甘く情熱的な日々を幸せに過ごしている。 今夜も吉羅に激しく愛されて、香穂子はとろとろと幸せな気分でまどろんでいた。 吉羅の肌の温もりをダイレクトに感じられるのが、とても気持ちが良い。 吉羅に小さくなって身を寄せると、柔らかく抱き締めてくれるのが心地好かった。 不意に寝室のドアが激しく叩かれて、香穂子はハッとして目を開ける。 「ママー、パパーっ、あきちゃんおしっこっ!」 愛し合っているところを息子に見られない為に用心して鍵をかけているのだが、暁慈は鍵を何度も開けようとドアノブを回している。 香穂子が躰を起こして、ネグリジェに手を伸ばそうとすると、吉羅が制止する。 「お前は眠っていなさい。私が連れていく」 「…お願いします」 吉羅は素早くバスローブを着ると、ドアを静かに開けた。 「パパ!」 くまの抱き枕を引き摺ってきた暁慈が、吉羅の顔を見るなりホッとしたような笑顔を向ける。 「パパ、おしっこっ」 「解った。一緒に行こう」 「うん。ね、ママは一緒に行かないの?」 両親とトイレに行きたいとばかりに、暁慈は見つめてくる。これには困ってしまう。 「…ママは、疲れて寝ているんだよ。毎日、暁慈のことやヴァイオリンのことやお家のことでいっぱい頑張っているだろう? だからゆっくり寝かせてあげてくれないかな?」 「…解った…」 少しばかりしゅんとしていたが、直ぐに吉羅の手を握ってくる。 「じゃあ、パパとだけで行く」 「…行こうか」 吉羅は小さな手を引くと、ゆっくりとトイレまで連れていった。 まさか吉羅暁彦が、こんなにも息子をかいがいしく面倒を見ているなんて、誰も想像出来ないだろう。 だが、吉羅にとっては最高に癒される瞬間のひとつだったりするのだ。 「暁慈、終わったら言いなさい」 「あい」 暁慈はきちんと自分ひとりでトイレを済ませると、手を洗って廊下に出てくる。 「有り難う、パパ」 「部屋に帰って寝ようか」 「うん」 暁慈を部屋まで連れていき、ベッドに寝かせる。そうすると気持ち良さそうに大きな吐息を吐くと、暁慈は吉羅を見上げる。 「おやしゅみ、パパ…」 「おやすみ、暁慈」 吉羅は暁慈に上掛けを掛けてやった後、そっと部屋を出た。 こうして、ごく当たり前の親子の繋がりが、吉羅には嬉しくて仕方がない。 今までろくに知らなかった家族愛を、こうして経験することが出来るのが、嬉しくてしょうがない。 吉羅はベッドルームに入ると、バスローブを脱ぎ捨てて、ベッドに入る。 「有り難う…」 香穂子が礼を言うと、吉羅はそっと抱き寄せてきた。 「ご褒美に温めてくれるかね?」 吉羅は香穂子の躰に自分の身を寄せる。 香穂子ははにかみながら、滑らかな肌を吉羅にすり寄せた。 「温かいが、私はもっと心地好い温もりが欲しい」 「…暁彦さ…っ!」 いきなり組み敷かれてしまい、香穂子はうろたえてしまう。 「君をまた抱きたくなってしまったよ…。良いね?」 「あ…」 香穂子が甘い呼吸をすると、そのまま官能の世界へと誘われた。 朝食を作りながら、香穂子は胃が重たいような気分になる。 以前に経験した症状で、香穂子はハッとした。 まさか。 「ママー、パンッ!」 暁慈が嬉しそうにパンを要求するものだから、香穂子はおかわりのパンを皿に出してやった。 「どうぞ、あきちゃん」 「有り難うっ」 暁慈は笑顔で言うと、嬉しそうにパンを食べ始める。 吉羅は香穂子が作った茶粥を静かに食べている。 不意に、吉羅は香穂子の顔色を覗きこんだ。 「香穂子、顔色が悪いが、具合が悪いのかね?」 「大丈夫だと思うんですが…」 そこまで言ったところで、吐き気を催した。 「大丈夫かね!?」 吉羅は直ぐに香穂子の躰を抱きながら、心配そうに背筋を撫でてくれた。 「大丈夫です。直ぐに治まります。ご飯も食べられそうですし…。あ、随分マシです…」 「だったら良いのだけれどね」 香穂子が微笑むと、吉羅はホッとしたように息を吐いた。 「気分が悪いようなら、病院に行こう。心配だ」 「大丈夫です」 香穂子が否定しても、吉羅は眉を潜めるばかりだ。 「君に何かあれば、私も暁慈も困るからね…」 吉羅は苦笑いを浮かべながら香穂子を見上げる。 「ちんぱいっ!」 暁慈と吉羅は同じような心配顔を浮かべて、香穂子を見上げている。 本当によく似ているふたりだ。 「本当に大丈夫なんですよ。だからふたりともご飯を食べて下さいね。片付きませんから」 香穂子は笑った後、吉羅の近くで軽く茶粥を食べた。 吉羅と暁慈の仕度を手伝った後、香穂子はふたりを見つめる。 香穂子が心から愛するふたりの男性。 とても幸せな瞬間だ。 「暁彦さん、いってらっしゃい」 「いってくるよ」 吉羅は香穂子を抱き寄せると、甘く触れるようなキスをした。 子供の前でもお構いなしに、吉羅は香穂子にキスをする。 「具合が悪かったら直ぐに病院に行きなさい。タクシーを呼べば良いから」 「はい。有り難うございます」 香穂子がにっこりと元気良く笑うと、吉羅はその頬を撫でてくる。 「そろそろ、その敬語は止めて貰えないかな? 私たちは夫婦なのだからね」 「そ、そうですね」 恥ずかしくてドキドキしながら目を伏せると、吉羅はフッと笑った。 「いってくるよ」 「はい。いってらっしゃい」 吉羅を見送った後、香穂子は息子を連れてリビングに向かう。 ハウスクリーニングをしてくれるスタッフもいるから、特にやることはないのだが、休みの日ぐらいは自分でやりたいと思う。 いつもは、香穂子のヴァイオリンの活動のために、かなり甘やかして貰っているのだから。 籍は入れたが、結婚式は春に挙げるため、色々と細々な準備がいる。 掃除をした後、その準備をするのが、また、楽しいのだ。 暁慈と遊びながら準備をしていると、また吐き気が込み上げてきた。暁慈を身籠もった時と似ているので、直ぐに解る。身に覚えが最近はありすぎる。 香穂子はふとカレンダーを見る。最近、月のものがいつ来たのかが分からなくなるぐらいに前に来ている。 恐らくお腹のなかに子供がいるのだろう。 香穂子は買い物に出たついでに検査薬を買い、試してみることにした。 病院に行くことも出来たが、ひとりで行けば、吉羅ががっかりするのではないかと思ったのだ。 やり方は解っているから直ぐに検査をすると、予想通りに陽性反応が出た。 香穂子は陽性反応をじっと見つめながら、喜びが込み上げてくるのを感じた。 暁慈を身籠もった時は、不安でしょうがなかったが、今は違う。吉羅も喜んでくれると解っているから。 「あきちゃん、パパに今日は良いことを報告出来るようだよ」 「良いこと…?」 「パパもあきちゃんも、きっと喜んでくれるよ」 「あいっ!」 香穂子が微笑むと、暁慈は吉羅そっくりの笑顔で笑った。 「じゃあチョコレートちょうだいっ!お祝い」 「しょうがないね」 香穂子は苦笑いをすると、息子にアーモンドチョコレートを一粒だけ渡す。 「どうぞ」 「有り難うっ!」 暁慈は美味しそうにアーモンドチョコレートを食べながら、ニコニコと笑っている。 食べ終わると、舌からアーモンドを出した。 「ママ、チョコレートのたねっ」 これには香穂子もおかしくて笑うしかなかった。 吉羅が帰ってくると、暁慈とふたりで出迎える。 「おかえりなさい」 「ただいま」 香穂子にキスをした後で、吉羅は暁慈を抱き上げて、クローゼットへと向かう。 香穂子は着替えを手伝った後で、夕食の仕上げに掛かった。 親子ふたりでひそひそ話をしているのを見つめながら、香穂子が準備を終えて腰を下ろした。 「香穂子、君は私に何か言いたいんじゃないのかね?」 吉羅の言葉に頷くと、にっこりと微笑んだ。 「二人目を授かったみたいです。まだ、病院にはちゃんと行っていないので正式ではないですが、検査薬にはちゃんと…」 吉羅はその瞬間、香穂子を強く抱き締めてくる。 「有り難う…」 ただそれだけを呟くと、吉羅は香穂子を抱き締めて離さない。 どれだけ喜んでくれているのが解り、香穂子は泣きそうになった。 「…これからはもっと君を大切にする…」 吉羅は甘く囁くと、香穂子を抱き寄せてくれた。 「有り難う…、私こそ…」 ふたりはしっかりと抱き合うと、幸せをシェアしていた。 |