ウェディングドレスの採寸に、有名デザイナーのアトリエへと向かった。 香穂子は、あくまでもレンタルで構わないと主張したのだが、吉羅がそれを聞き入れてはくれなかった。 「一生に一度のドレスなんだからね。遠慮はしなくて良いから」 「そうですが、一度しか着ないからこそ、もったいないような気もするんですよ」 「ずっと大切に持っていれば良いんだよ。将来、娘がそのウェディングドレスを着るというのも有りだろうし…」 「妊婦用のウェディングドレスを…?」 香穂子が苦笑いを浮かべながら言うと、吉羅はようやく気付いたように苦笑いをした。 「そうだね。それだとちょっと困るね」 吉羅は香穂子のお腹を撫でると、笑った。 香穂子のサイズを採寸し、デザイナーと打ち合わせをする。 「とてもクリアーなイメージの方なので、シンプルで清楚なデザインのものが良いかもしれませんね」 「私もこういうデザインが良いかと思います。彼女に一番似合う。香穂子、君はどうかな?」 吉羅が見せてくれたデザインのラフを見て、香穂子も思わず微笑む。その横から暁慈がちゃっかりと顔を出した。 「あきちゃんもこれっ!」 吉羅と暁慈という、香穂子が愛して止まないふたりから言われると、その気になる。 「…綺麗ですね。私も、これが良いと思います」 「では、このデザインでお願いします」 吉羅はデザイナーにデザインを指示すると、軽く礼をする。それを真似するかのように暁慈も「お願いちます」と頭を下げた。 これには吉羅もデザイナーも微笑ましいとばかりに微笑んだ。 「宜しくお願いします」 香穂子が深々と礼を言うと、初老の品が良いデザイナーは笑顔で頷いてくれる。それが嬉しかった。 デザイナーの事務所から出ると、香穂子と吉羅は息子の手を引いて駐車場へと向かう。 こうして親子三人で触れ合う時間が、何よりも嬉しかった。 車に乗り込むと、暁慈はウェディングドレスのパンフレットを熱心に眺めている。 「ママ、きれいなのを着るの?」 「うん、そうだよ」 「だったらあきちゃん、この隣の男の人になるっ!」 暁慈が興奮気味に言うと、吉羅はいささか苦笑いをした。 「暁慈、その役はお父さんに決っているから駄目だよ」 「ダメっ! あきちゃんがするっ! ママと結婚コーンしゅるんだもんっ!」 暁慈は父親にライバル心をむき出しにして見つめている。 「パパは別のひととしてっ!」 「お父さんは暁慈のお父さんだから、お母さんと…ママとは既に結婚しているんだよ。だから、暁慈はママと結婚出来ないし、お父さんも他のひとと結婚出来ないんだよ」 吉羅は苦笑いをしながら息子を見つめ、あどけない顔にそっと触れる。 「…だって、じゅるいよ。パパはいっつもママと一緒にねんねしてるから、あきちゃんにママくれても良いじゃん。バアバアに、ママとパパはいつも一緒にねんねしているって言ったら、バアバアはふたりはとても好きあっているからしょうがないって。だけどあきちゃんだってママもパパも好きだよ」 暁慈の早口を聴きながら、香穂子は真っ赤になってしまう。 母親にそんなことを話していたのかと思うと、恥ずかしくてしょうがない。 「…もう…あきちゃん…」 香穂子がはにかむように言うと、吉羅は甘く微笑む。 「暁慈、結婚式には君の役割はちゃんとあるから大丈夫だよ。君の仕事はリングボーイと言って、パパとママに指輪を届ける役だ」 「…しゅる! あきちゃん、リング…しゅる…!」 暁慈はすっかりご機嫌になり、嬉しそうに笑っている。 素直な息子の笑顔に、香穂子は微笑まずにはいられなかった。 内輪の披露宴を行なうホテルでランチを取った後、ふたりは披露宴の打ち合わせに入る。 要望は、美味しい料理、グランドピアノの準備、そして雛段ではなく招待客全員と同じ高さのテーブルで 、小さな子供が座れるように配慮して欲しい点だった。 晴れれば中庭も使えるとのことで、香穂子はとても楽しみになる。 式自体は、吉羅家ゆかりの教会で行なうことになっている。 半日準備に費やすと、やはり疲労はかなり蓄積される。 香穂子は車のなかで少しばかり眠ってしまった。 目を覚ますと、暁慈がまだ眠っている。 今日は色々とあったせいで疲れているのだろう。 香穂子が目を覚ましたのに気付いたのか、吉羅が声を掛けてきた。 「起きたかね?」 「あ、暁彦さん、有り難うございます。私、いつの間にか眠ってしまって…」 「君はしっかりと眠らなければならないからね。お腹の子供のためにもね」 「有り難うございます。暁彦さんにずっと運転ばかりさせて、申し訳ないです」 「車を運転するのは好きだし、気分転換になるからね。もうすぐ、家だよ。着いたら一眠りすると良い」 「有り難うございます」 香穂子は静かに頷くと、そっと吉羅に寄り添った。 結婚式のような準備が終わったのは、式の三日前だった。 香穂子は流石に疲れてしまい、ほんの少しだけグッタリとしてしまう。 「結婚式の準備って楽しいですが、疲れてしまいますね」 香穂子がホッと溜め息を吐きながら言うと、吉羅はその躰を抱き締めてくれる。 「すまないね…。後、少しだから頑張ってくれ」 「だけど心地の良い疲れですから、大丈夫ですよ」 香穂子がニッコリと笑うと、吉羅は頬を柔らかく撫でてくれた。 「悪阻も落ち着きましたし、今は普通以上に元気なぐらいですよ」 「だったら良いのだけれどね」 香穂子はくすりと笑うと、吉羅に甘えるように凭れ掛かる。 「暁彦さんの方がもっと疲れているんじゃないですか? 私はそちらの方が心配です」 「大丈夫だよ。いつもこうして君には癒して貰っているからね」 吉羅は柔らかなヴェルヴェットのような声で言うと、香穂子のお腹を抱き締める。 「まだ、胎動は感じないですよ? お腹は随分と大きくなってきていますけれど…」 「もう少しかな?」 「もう少しですよ」 香穂子が吉羅の髪を撫でながら呟くと、暫く目を閉じる。 優しい時間。 幸せの象徴のように香穂子は感じていた。 結婚式当日、暁慈の世話は吉羅に任せて、香穂子は花嫁の準備に集中させて貰った。 「本当にお綺麗ですね。これじゃあ、吉羅さんが惚れるのは無理がないですよ」 「有り難うございます」 メイクの女性に褒められて、香穂子はニッコリと微笑む。 くすぐったい甘い瞬間だ。 香穂子がベールを掛けて貰い、椅子に座っているところで、ノックが響く。 忙しいノックは、恐らく暁慈なのだろう。 「香穂子、準備はどうかね?」 「はい。殆ど終わりました」 香穂子が声を掛けると、吉羅と暁慈が控室に入ってくる。暁慈も吉羅もお揃いのタキシードを着ていて、素晴らしく似合っている。 やはり暁慈は吉羅によく似ている。 本当に美しくて見惚れてしまうほどだ。 「お二人とも似合っていますよ」 「有り難う。そう言って貰えると、とても嬉しいね」 吉羅は暁慈を抱いたまま香穂子に近付く。 暁慈を下ろした後、香穂子の手を取った。 「素晴らしく綺麗だ、香穂子」 「ちれいっ!」 暁慈も香穂子をうっとりと見てくれているのが嬉しい。 「これからも宜しく」 「はい」 「じゃあ行こうか」 「はい」 暁慈を抱き上げた吉羅は、香穂子をエスコートしながら教会へと向かう。 素敵なリングボーイ。 そして素晴らしき旦那様に恵まれて、香穂子は新しい世界に一歩踏み出した。 |