*大切な記念日*



 記念日は欠かせない。

 それは香穂子と付き合うようになってから、ずっと守っていることだ。

 以前の吉羅ならば、女性の記念日なんてどうでも良いことだった。

 だが、ようやく出逢えた、見つけられた将来最高の伴侶に対しては、どんな細やかな記念日であったとしても、ずっと大切に時間を刻んで行こうと決めたのだ。

 それは愛するものの笑顔が見たいから。

 それ以上にない。

 心から愛している者との時間はどれもかけがえがなく、大切な物だから。

 香穂子とふたりで刻んでいく時間は、かけがえのないものだということが解っているから、それを味わいたかった。

 今日はふたりにとっては大切な日。

 出会った日なのだから。

 吉羅が理事として正式に赴任する前、香穂子とは教会の墓地で出会ったのだ。

 お互いに最初は敵対をしていたから、苦い出逢いだった。

 だが、それが吉羅にとっては、生涯最高の出逢いになった。

 こんなにも素晴らしい出逢いは他にはないのではないかと思う。

 吉羅は、カサブランカの花束と、香穂子が大好きなケーキを持って、自宅へと向かった。

 もうひとつ、とっておきのプレゼントがある。

 それは、香穂子には内緒だ。

 香穂子ときちんと付き合うようになって間もなく四年。

 そろそろ、次のステップに行かなければならないことを、吉羅は解っている。

 香穂子とふたりで、次の歩みを紡がなければならないと、吉羅は思っていた。

 

 車を駐車場に入れて、吉羅は自分の家に向かった。

 香穂子が待っている暖かな家だ。

 香穂子がいる時だけ、温かな“我が家”になるのではないかと思った。

 セキュリティを解除して、香穂子の待つ家に入る。

「ただいま」

「お帰りなさい、暁彦さん」

 二人きりの時だけの呼び名である、“暁彦さん”と呼んで、香穂子は笑顔で出迎えてくれた。

「シチューを作りましたよ」

「香穂子、指先は怪我をしていないだろうね?」

 つい吉羅は香穂子の指先を心配してしまう。

 ヴァイオリニストとしては、指先が最も大切だからだ。

「大丈夫ですよ。過保護で心配症ですよ、理事長」

 香穂子はくすりと笑いながら、イタズラっ子のような茶目っ気たっぷりの表情で見つめてきた。

「君の指先は大切だからだ」

「有り難うございます。理事長」

 香穂子は笑みを浮かべると、吉羅を見上げた。

 その表情が余りにも可愛くて、吉羅は思わずキスをしてしまった。

 本当に可愛い笑顔だ。

「香穂子、どうぞ」

 吉羅は先ず、ケーキと花束を手渡す。すると香穂子はカサブランカよりも華やかで可憐な笑みを浮かべてくれた。

 それがとても素晴らしい。

 吉羅はこれ以上に魅力的な笑みは他にないのではないかと思った。

「有り難うございます、暁彦さん。とても嬉しいです」

「それは良かった……」

 吉羅はふっと笑みを浮かべると、香穂子を柔らかく抱き締め、もう一度キスをした。

 香穂子の嬉しそうに華やいだ表情が、最高潮になる。

「香穂子、もう一度、ただいま。夕食にしようか」

「はい」

 はにかんだ香穂子が可愛くて、吉羅はしょうがなかった。

 

 夕食のビーフシチューはなかなかだった。

 香穂子はどんどん料理の腕を上げて来ている。それが吉羅にとって、嬉しいことだった。

 温かな愛するものが作った料理を食べる。

 それがとても嬉しくて幸せだった。

「デザートは、ケーキを切りますね。美味しい紅茶が手に入ったので、ピッタリですね」

「そうだね」

 幸せそうにデザートの準備をする香穂子が、吉羅は可愛くてしょうがなかった。

 ずっとふたりで、このような温かな時間を紡いでいければと、思わずにはいられない。

 香穂子の夢を叶えるための基地として、ふたりの生活があれば良いと、思わずにはいられない。

 吉羅は、この時間をもう離すことは出来ないと、強く感じずにはいられなかった。

 香穂子とふたりの温かな時間を抱き締めたい。

 その美しい後ろ姿を見つめながら、感じずにはいられなかった。

「ケーキがとても美味しそうですね!」

 香穂子は明るくご機嫌な声でケーキを取り分けた。

「紅茶は火傷をしないように」

「大丈夫ですよ。暁彦さんは本当に過保護ですよ」

 クスクスと笑いながら言う香穂子が、愛しくてしょうがなかった。

 デザートの準備が出来、香穂子も席につく。

 本当に幸せそうだ。

「美味しそうですよね」

「多分美味しいと思うよ」

 香穂子はまるで子どものような笑顔で、吉羅を見つめてくれた。

「本当に!生クリームが絶品ですよ」

「それは良かった」

 吉羅は香穂子の笑顔にかなり癒される。

「暁彦さん、覚えて下さっていて、有り難うございます。今日は、出会った記念日ですね。あれからもう五年ですね。本当にあっという間で、早かったです」

 香穂子は懐かしそうに思い出して、瞳を綻ばせる。

「あの時は面倒だと思っていたが、今は、叔父には感謝しているよ。あれがなければ、私たちは出会わなかったんだからね」

「……そうですね。だけどあれは、偶然ではなくて、必然だったと思っていますよ。今は……」

 香穂子はにっこりと笑うと、吉羅をまっすぐ見る。その瞳もきらきら輝いていて、とても綺麗だ。

 吉羅は思わず見惚れてしまう。

「そうだね。必然なのかもしれないね。そうだね、きっと」

 吉羅は、香穂子に微笑みかけると、その小さな手を取った。

「私はこの必然に感謝しているよ。こうして君と共にいられる。これからもずっとふたりで記念日を重ねて行こう」

「はい。暁彦さん」

 香穂子は嬉しそうに、柔らかな笑みを浮かべると、吉羅の手を握り返した。

「……香穂子、記念日を重ねるために、結婚しないか?」

 吉羅は、少し緊張しながら、香穂子にプロポーズをする。

 少し低いトーンだが、甘い声がごく自然に出た。

 吉羅は香穂子に、婚約指輪が入ったケースを差し出した。

 香穂子は目を見開いた後、優しく温かな涙を、そっと頬に溢す。

「……はい…!」

 香穂子の凛とした声が。高らかに吉羅の心に響いた。

「有り難う」

 吉羅は香穂子の左手を取ると、その薬指に指環をはめる。

 香穂子は泣き笑いの表情を浮かべながら、すんだ瞳を吉羅に向けてくれた。

 吉羅が最も欲しいと思っている、美しく凛とした瞳を。

 出会った日が、ふたりにとって、また素晴らしい記念日になった。



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