今日が本当のクリスマス。 なのに世間は宴が終わったかとばかりに、お正月への準備を急いでいる。 なんてもったいないと、香穂子は思ってしまう。 まだまだロマンティックな魔法は続いているというのに。 香穂子はベッドサイドの時計を見て、そろそろ起きなければならないと思う。 愛する男性はと言えば、寝息を立てて柔らかく安らかに眠っていた。 初めてふたりで朝まで過ごした時、大好きなひとは誰かが横にいては眠れないと言っていた。 だが、今は違う。 こうして傍らでぐっすりと眠ってくれる。 初めての朝は、お互いに感動していて上手く眠れなかっただけで、二度目からはきちんと眠れるようになった。 これには吉羅が一番驚いていた。 今も吉羅はゆっくりと眠っている。 香穂子はその寝顔に笑みを浮かべた後、バスローブを身に着けてベッドから出た。 窓の外を見ると、うっすらと白いものが舞い上がっている。 雪だ。 積もりそうにはない量だったが、何だかロマンティックに思えた。 車通勤をしている吉羅には、困ったことになるだろうから、このまま止んでくれることを祈る。 香穂子がブラインド越しに窓の外を見ていると、不意に温かな胸に背後から抱き締められた。 「…急に寒くなってしまって驚いたよ…」 吉羅の深みのある声が聞こえて、香穂子はくすりと甘い笑みを漏らす。 「…起きる時間まで、まだあるだろう…?」 「はい。窓の外がどうなっているのかを見たかっただけなんですよ。クリスマスの朝がどのようになっているのかを…」 香穂子が穏やかに甘く呟くと、吉羅は更に強く抱き締めてくる。 「…まだ暗い…。冬至を過ぎたばかりだからね」 「そうですね。ですが、窓の外を見たかったんですよ…。何だか清らかな感じがしたから…」 香穂子がしみじみと呟くと、吉羅は突然抱き上げてきた。 「後少しだけ、君を堪能したいんだ。戻るよ」 「はい」 吉羅は香穂子を軽々と抱き上げると、ベッドに運んで寝かせてくれる。 何だかお姫様になったような気分になり、嬉しかった。 「…今夜…君は帰ってしまうんだったね…?」 「はい」 「この週末まで一緒にいないか…? 帰るのはそれからで…いや…、そこから正月明けまでいると良い」 吉羅は香穂子をいつも以上にしっかりと抱き締めると、もう帰さないとばかりに拘束する。 「今夜は帰ります。そして明日の夕方にまた来ますから。お正月の準備が何も出来ていないですから、それをする時間がいるんですよ。だから、二日だけ…帰ります」 香穂子は、まるで小さな子供に言い聞かせるように言うと、吉羅は渋々「しょうがないね」と答えてくれた。 「正月休みは君を独占しても構わないということだね?」 「…はい…」 香穂子がにっこりと微笑むと、吉羅はようやく納得したように頷いてくれた。 「有り難うございます、暁彦さん」 香穂子は吉羅に笑顔で礼を言った後、その唇にためらいがちにキスをした。 「有り難う」 「私もふたりで過ごすお正月休みをとても楽しみにしているんですよ」 「私もだよ」 香穂子と吉羅は微笑みあうと、お互いの温もりを共有した。 不意に時計を見ると、そろそろ朝食を作ってあげなければいけない時間になる。 香穂子は吉羅の抱擁をそっと解いた。 「…暁彦さん、朝ご飯を作ってきますね」 「ああ。有り難う」 「暁彦さんはもう少しゆっくりとなさって下さいね」 香穂子は先にベッドを出ると、シャワーを浴びて服を着替えに行く。 素早く支度を済ませた後で、香穂子は茶粥を作り始めた。 吉羅と付き合い始めた頃に教えて貰った料理だ。 吉羅と共に過ごした朝には、必ず作るようにしている。 茶粥を作りながら、簡単なおかずも作る。 余り料理のレパートリーは多くないから、品数は少ないのだが。 食事の準備が整うと、吉羅がスーツ姿でやってきた。 何処から見ても完璧なビジネスマンだ。隙は全くない。 吉羅を見ていると、自分と恋人なのは夢なのではないかと思う。 本当に吉羅はどこから見てもパーフェクトだった。 食事を静かに穏やかにする。 また明日の夜までは逢えないと思うと、香穂子はほんの少しだけ寂しくなった。 吉羅が食事を終えると、香穂子をじっと見つめて来る。 「…ご両親の元に君を帰さなければならないのは解っているのに、やっぱり名残惜しいね。明日、また逢えるというのに」 「私もです…」 「ここに君の荷物も沢山置いてあるから、泊まっていっても大丈夫だろうが、ずっと君を帰さないわけにはいかないし…」 吉羅はそこまで言ったところで、ハッと小さく息を呑んだ。 「暁彦さん、どうかされましたか…?」 香穂子が不思議そうに吉羅を見つめると、フッと笑みを浮かべた。 「香穂子、準備は今日中に出来るのかね?」 「大丈夫てすが…」 「だったら、家まで送って行くから、直ぐに準備をしておいて欲しい」 「…はい」 香穂子が素直に返事をすると、吉羅はフッと笑った。 「有り難う…。君のご両親にきちんと挨拶をしておかなければならないと思ってね」 「…え…?」 甘いときめきの余りに、香穂子は、鼓動をかなり早める。 まさか。 ひとつの甘く感動的な申し出が脳裏に宿り、香穂子は鼓動が激しく高鳴るほどに緊張する。 「…君のご両親に、きちんと伝えるつもりだ。近いうちに君が欲しいと…」 吉羅の言葉に、香穂子は感きわまって泣き出してしまった。 こんなにも嬉しくて感動的な言葉は他にないのではないかと思う。 「…有り難うございます…。嬉しいです…」 嬉しさの余りに、香穂子が涙をいっぱいこぼすと、吉羅は困ったように微笑む。 「君と離れ離れに住むのがそろそろ限界になってきたからね」 吉羅は香穂子の手を握ると、そっと微笑んだ。 「出来る限り、私は君のそばにいたいと思っているよ」 「…私も…暁彦さんのそばにずっといたいです」 「有り難う」 香穂子は嬉しさの余りに何度もはにかんだ笑みを浮かべた。 吉羅と一緒に横浜の家へと向かう。 帰りには挨拶をしてくれるのだ。 近いうちに一緒になる。 これ以上に素敵な言葉はないのではないかと思う。 これこそクリスマスの魔法だと、香穂子は思わずにはいられなかった。 吉羅を待つ間、香穂子は細々とした準備にかかる。 クリスマスにまさか挨拶をしてくれるなんて、思ってもみないことだった。 本当にサンタクロースはいるのだと、香穂子は強く感じる。 「お母さん、今夜からまた…」 母親に打ち明けると、少し寂しそうに微笑む。 「吉羅さんのところで過ごすんでしょう? 解っているわよ。何だか、あなたをもう花嫁に出した気分になるわ」 母親の一言に、香穂子は苦笑いを浮かべるしかなかった。 夕方まで、香穂子は吉羅の家で過ごすための準備を色々とする。 吉羅の誕生日もあるから準備は多岐に渡ったが楽しかった。 素早く準備を終えて、父親も帰って来る。 そして、いよいよ吉羅が迎えにやってきた。 吉羅は丁寧に手土産を持って来てくれ、家族は緊張ぎみにリビングへと通す。 「おかまいなく。今日、お伝えしなければならないことが私にはあります」 静かに落ち着いたトーンで吉羅が言えば、両親は少し固くなる。 「近いうちに正式な申し出を致しますが、お嬢さんを頂きにあがります」 吉羅は落ち着いた声でキッパリと言い切ってくれた。 香穂子は嬉しさの余りに泣きそうになる。 幸せな空気がリビングに覆う。 「娘を宜しくお願いします」 ただそれだけを父親は言うと、黙ってしまう。 泣きたいぐらいの幸せに香穂子は、笑みをこぼしながらも涙もこぼす。 最高のクリスマス。 これ以上の幸せはないと思いながら、香穂子は笑みを浮かべた。 |