*雨ふり*


 先ほどから雨が降り出した。
「暁ちゃん、おやつの時間だよ」
 息子を呼びに行くと、窓辺で照る照る坊主を作って、歌を歌っていた。
 通い始めたプリスクールで教えて貰った歌だ。
「てるてるぼーじゅ、てるぼーじゅー」
 日頃、母親のヴァイオリンを聴いているせいか、きちんとした音程で歌を歌っている。
 これには流石だと思う。
「暁ちゃん、照る照る坊主を作っているの?」
「あい。だって暁ちゃん、雨は嫌だもの」
「そうだね。お外で遊べないものね」
「だって、ほいちょだって行けないから」
 “ほいちょ”とは暁慈語で、買い物に行くことを意味している。それは香穂子もよく知っている。
「ほいちょは雨でも行けるよ?」
「だって濡れる」
「そうだね」
「とうしゃんのくーまに乗れるんだったら良い」
 暁慈は雨を見ながら、溜め息を吐いていた。
 その様子を、香穂子はくすりと微笑みながら見つめていた。
 ふと見ると、照る照る坊主は四つある。
「照る照る坊主が四つだね」
 大きなものがひとつ、中ぐらいのものがひとつ、小さいのがひとつ、そしてもっともっと小さいのがひとつある。
「あい。これがとーしゃん、これがママ、これが暁ちゃん、これが赤ちゃん」
 ちゃんと自分の家族の分の照る照る坊主を、暁慈は作っている。
 赤ちゃんはまだ香穂子のお腹の中にいるから、本当に小さく作られていた。
「…有り難う暁ちゃん。素敵な照る照る坊主を作ってくれて、ママも赤ちゃんも、お父さんも喜んでいるよ」
「ホントっ!」
「本当だよ。こんな素敵な照る照る坊主を作ってくれて、とても嬉しいよ」
 暁慈は嬉しそうに笑う。
 本当に笑ったところも吉羅にそっくりなのだ。
「…みんなで明日あしょびに行こう。だから晴れたほうが良い」
「そうだね。お父さんに頼んで、みんなで何処かに行こうね」
「あいっ!」
「さあ、おやつを食べようね。暁ちゃんの大好きなグレープフルーツのゼリーだよ」
「やったー」
 暁慈はダイニングに向かって駆けて行く。その背後を、香穂子はゆっくりと追いかけた。

 吉羅が帰って来ると、暁慈はいつものように誰よりも早く迎えに行く。
 香穂子はその後ろをのんびりと追いかけた。
「おとうしゃんっ! おかえりー」
 暁慈はいち早く吉羅に抱き付くと、いつものように高いところで抱っこをして貰う。
「ただいま、暁慈」
「おかえりなさい、暁彦さん」 
 香穂子が笑顔で吉羅を迎えると、そっと唇にキスをくれた。
 吉羅がスーツからラフなスタイルに着替える手伝いをした後、香穂子はキッチンへと戻る。
 今はこうしてふたりの世話をするのが何よりも嬉しかった。

「とーしゃん、ちょっと来てー」
「何かな?」
 息子に連れられて、吉羅はリビングの窓辺に向かう。
 するとそこには四つの照る照る坊主家族がぶら下がっていた。
 一生懸命作ったのが解るぐらいの可愛い力作だ。
「暁慈が作ったのかね?」
「あい」
「うちの家族と同じ数だね」
「あいっ! とーしゃん、ママ、暁ちゃん、赤ちゃんっ!」
 暁慈が得意そうに説明をしてくれるのが嬉しくて、吉羅はつい目を細めて見てしまう。
「有り難う。これで明日は晴れだね。明日はお父さんもお休みだから、みんなで何処かに出掛けられそうだね」
「だからあしょびに行くっ!」
「ああ、みんなで行こうか」
「あいっ!」
 暁慈の笑顔を見ているだけで吉羅は疲れが吹き飛ぶのを感じた。
「さあご飯を食べに行こうか」
「あいっ!」
 自分にすりよってくる息子が本当に可愛い。
 吉羅は息子を連れてダイニングに向かう。
 愛する香穂子が待っているダイニングへと。

 翌朝、生憎の雨になり、暁慈は窓を見ながらしょんぼりとしていた。
「あしょびに行くのに、雨だよ。折角、照る照る坊主を作ったのに…」
 暁慈はしゅんとして眉を顰めている。
「暁慈、今日は屋根のあるところに行くから、そんなにしょんぼりとしなくても良い」
「あい…。照る照る坊主さんが効かなかった…」
 暁慈のがっかりとした言動に、香穂子はつい可愛いらしいと思ってしまう。
「暁ちゃん、毎日、晴れているとね、お花や木や動物、そして暁ちゃん自身も生きてはいけないんだよ。綺麗な青空はそれはとっても綺麗だけれど、雨の日のグレーの空も綺麗だし、嵐の日の空もまた怖いぐらいに綺麗なんだよ。それに毎日晴れて青空だったら、当たり前になってしまって、“綺麗だ”って感じられなくなっちゃう。ママはそんなのは嫌だな…」
「あい…」
「だからね、そんなお顔をしたら駄目だよ。ね? 雨の日があるから晴れの日がもっともっと楽しくなるんだよ」
 香穂子が優しく言い聞かせるのを、吉羅はじっと聴いてくれている。
「暁慈、雨の日の楽しいことを探せば、雨の日もまた楽しくなる。今日はそれを探しに行こうか」
「…あい…」
「よし」
 吉羅に頭を撫でられて素直に頷く暁慈がとても可愛い。
 暁慈は気を取り直したのか、元気いっぱいに朝食を取り始めた。

 雨なので、今日のお出かけは水族館だ。
 ゆったりと魚が見られるからか、暁慈は本当に喜んでいた。
「本当にうれちい! 楽しいね!」 
 余りに大きな水槽だから、吉羅に肩車をして貰って暁慈は魚を熱心に見ていた。
 楽しく水族館を楽しんだ後は、暁慈の大好きなハンバーグを食べに行った。
 その後は、デパートに行く。
 盛り沢山の休日に、暁慈はすっかりご満悦だった。
「雨の日もお前が楽しく過ごせるようなものを買おうか」
「あいっ!」
 子ども用のレインコートやレインブーツ、傘のある売り場に行き、暁慈に好きなものを選ばせる。
 すると“雨降り”の歌が流れ始めた。
 とても楽しいリズムだからか、暁慈はすっかり気に入ってしまっている。
「とーしゃん、“やもめ”って何?」
「蛇の目だ。傘のことだよ」
 “蛇の目でお使い嬉しいな”のところを聞き間違いをしていたようだ。
 これには吉羅も香穂子もつい笑ってしまう。
 暁慈は楽しそうにしながら、ブルーのレインコート、レインブーツ、傘の組み合わせを選んだ。
「君も雨の日に転んでしまっては困るからね」
 結局、香穂子もファッショナブルなタイプのレインブーツとコートを買うことになった。
「これで雨の日が楽しみになったね、暁ちゃん」
「あいっ!」
 暁慈の元気いっぱいの声に、吉羅と香穂子はお互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 一日めいいっぱい遊んだせいか、吉羅と風呂に入った後、暁慈は直ぐに寝入ってしまった。
 その寝顔を見るのはとても安らぐ。
 吉羅と香穂子は、ふたりで肩を並べて、暁慈の寝顔を見つめていた。
 横には、今日買って貰った雨の日用具一式が置かれている。
 本当に嬉しいらしい。
「明日から雨乞いをしそうですね? この勢いだと」
「そうだね」
 吉羅もまたくすりと笑っている。
 ふたりで息子に癒されながら、心からの幸せを感じていた。
 ここからは甘いふたりの時間だ。
「さてと、奥さんと休日の夜をたっぷりと楽しませて貰おうかな。まだ休みは始まったばかりだからな」
「そうですね」
 ふたりは微笑みあった後で唇をそっと触れ合った。
 暁慈の部屋の電気を静かに消して、吉羅と香穂子は自室に戻った。
 蕩けるように甘くて幸せな時間を味わう。
 こうして幸せを感じられるのは本当に嬉しいこと。
 幸せに感謝しながら、ふたりは雨の夜の甘いカクテルのような時間を楽しんだ。



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