今年最後の日は愛する人と過ごしたい。 それは恋する乙女の切なる願いだ。 カウントダウンイベントに顔を出すのも良いし、二年参りに行くのも良い。 楽しくて賑やかなのも良いが、それではふたりきりのロマンティックは堪能できない。 ロマンティック溢れる年越しにするのなら、やはりふたりで静かに大晦日を過ごすのが一番良いと思う。 派手さはないが、だがふたりしか知らないとっておきの想い出を作ることが出来るのだ。 だから今年は愛する人とロマンスに溢れたクリスマスを過ごしたい。 ロマンティックに、そして静かに。最高の大晦日を愛する人と迎えたい。 そばを食べて静かに迎えるのも良い。 少し背伸びをして、スパークリングワインを飲みながら過ごすのも良い。 ロマンスが溢れたら、それだけで幸せな気分になれるから。 愛する人とふたりきりでいられたら、もう他には何も要らない。 これが最高の大晦日だと思う。 大晦日といえば、ジルベスターコンサートで年越しをすると決めている。 香穂子はソリストではあるが、呼ばれることも増えて来ている。 今年は、吉羅が見に来てくれることになっている。 ふたりの地元である、みなとみらいでのジルベスターコンサートに、香穂子が出演するからだ。 ずっとジルベスターコンサートに出たかった。 念願が叶って、香穂子は本当に嬉しい。 香穂子は、わざわざ真夜中に集まってくれた観客に、そして吉羅に感謝をしながら、ステージに立つ。 この小さな空間のなかで、多くの人と年を越すことが出来るのが、嬉しかった。 今日のドレスは、吉羅が選んでくれたものだ。 吉羅にすぐそばで見守ってくれているような気になる。 香穂子はドレスを何度も撫でて、緊張をおさめようとした。 香穂子は、吉羅のために、観客のために精一杯の演奏をしようと、心に誓うと、背筋を伸ばして、ステージに向かった。 客席には吉羅がいて見守ってくれている。 だから、大丈夫。 何とかなる。 そう思いながら、香穂子はヴァイオリンに集中した。 ジルベスターコンサートだから、零時を示す瞬間に、演奏をきちんと終えなければならない。 そんな制約があるせいか、香穂子はより緊張する。 しかも、遊び心も忘れてはならない。 香穂子は、来年の干支の被り物を、頭に被る。 ドレスとはミスマッチではあるが、香穂子はまたこれが楽しいのだと思った。 いよいよ、ジルベスターコンサートが始まる。 招待席には、吉羅が座って、香穂子の演奏を静かに楽しんでくれている。 ここまで来れたのは、本当に吉羅のお陰だと、香穂子は思う。 吉羅が色々と尽力してくれたからこそだ。 香穂子は、そんな感謝の想いも込めながら、ヴァイオリンに集中した。 ヴァイオリンを奏でていると、心が澄んでゆく。 香穂子は、ヴァイオリンと指揮者の動きに集中し、時間のことは忘れていた。 いよいよ、曲のクライマックスだ。 香穂子はヴァイオリンにだけ神経を集中させながら、演奏を続ける。 そして、まさにその瞬間に、ヴァイオリンを奏で終える。 同時に新年を示すように、派手なクラッカーやくす玉が割れた。 演奏を楽しんでいた観客も大いに楽しみ拍手を送る。 香穂子は用意していた干支の被り物を、頭に被る。 その姿を見た吉羅が、苦笑いを浮かべた。 きちんと新年の瞬間に演奏が終えられたことが香穂子は嬉しくて、にんまりと笑わずにはいられなかった。 新年を客席と一緒に迎えたあと、それに相応しい音楽を奏でる。 香穂子は、新しい年の初々しさに表情を綻ばせながら、ヴァイオリン演奏を楽しむ。 新年の瞬間にヴァイオリンを弾いていられるなんて、なんて幸せなのだろうかと、香穂子は感謝する。 香穂子にとっては、何よりも素敵な時間だった。 ジルベスターコンサートが終わり、香穂子は急いで着替えると、吉羅が待つロビーに向かう。 これからは吉羅とのんびりとロマンティックに、時間を過ごすのだ。 「お待たせしました、暁彦さんっ!」 「香穂子、良い演奏だったよ」 「嬉しいです」 ふたりは、早速、どちらからでもなく、しっかりと手を繋ぐ。 「あの干支の帽子だけは、頂けないね。似合ってはいたがね」 「お祭りですから」 「そうだね。君を可愛く見せる効果はあったかもしれないがね」 吉羅は思い出したのか、フッと笑う。 「うちに行こうか」 「はい」 吉羅と手を繋いで、駐車場に向かう。 外は耳が痛くなるぐらいに寒い。だが、空気はとても清らかで澄んでいる。 香穂子は、新しい年の空気を思いきり吐き出す。 すると、香穂子は、身体までが浄化されたような気分になった。 車に乗り込み、暖房がかけられる。 「まだ、言っていなかったね。明けましておめでとう、香穂子。今年も、これからもよろしく」 吉羅は、香穂子の身体をしっかりと温めるように、抱き締めてきた。 「明けましておめでとうございます、暁彦さん。今年も、これからもよろしくお願いします」 お互いにしっかりと視線を絡ませて、にっこりと微笑みあう。 香穂子と吉羅はお互いに息が出来なくなるほど強く抱き合ったあと、濃密に唇を重ねあう。 甘い、甘いキスに、香穂子は蕩けてしまう。 今年最初の抱擁とキス。 これを受けるだけで、誰よりも幸せな女性な気持ちになる。 香穂子は、吉羅の温もりを今年も一番に感じることが出来て幸せに思った。 「今年も最高の年越しです。暁彦さんと、一番に一緒にいられるのが、嬉しいです」 「私もだよ」 吉羅は甘く微笑むと、香穂子にもう一度、蕩けるようなキスをしてくれた。 甘くて、深いキスを。 「さあ、行こうか。うちでゆっくりしよう。コーヒーでも飲みながらね」 「はい」 車がゆっくりと出る。 今夜は街も眠らない。 だが、らんちき騒ぎではなく、どこか厳かだ。 吉羅の新しい家である、山手の住宅に向けて走るのが、清々しくて、心地が良かった。 家に到着すると、吉羅が好きなコーヒーを淹れ、パウンドケーキを薄くスライスする。 それをふたりで楽しみながら、遠くに見える市街地の灯りを見つめる。 「このような年越しも良いね」 「はい」 「だけど私は、もっと濃厚な新年を迎えたいね。情熱的な……、ね」 吉羅は意味深に呟くと、香穂子を抱き上げる。 「さあ、ふたりきりの新年を祝おう」 「はい」 ふたりきりで、情熱的な新年を過ごしに向かった。 |